第10話 二体の怪物
長城から400歩ほどの位置にダルムレン本城はあった。ブランは高度を下げて本城の様子をさぐる。
歩哨はいなかった。どっかの誰かが長城を爆撃したので本城の兵士も国境警備に駆り出されてるのだろう。期せずして陽動に成功した格好だ。
本城の西側に降り立ち、城内への入り口を探す。すると孔が空いただけの窓があった。トカゲのように孔からするりと中に入った。
入った途端、脳の原始的な部分にツーンと響くいやな臭いがブランを襲った。ここがなんの部屋か分かった。厠だ。
(そういえば前金で教会の厠を直すんだったな)
とモチベが下がることを思い出した。
ゼシカを探すため厠を出た。すると廊下の右手側から人の気配を感じた。複数人いる感じだ。ブランに緊張が走る。
様子を伺うか、人がいない方に進むか。トカゲ目の少年は前者を選択した。
廊下からそっと首を出して覗いてみた。
大きな広間になっているようだ。【暗視】でくまなく観察する。
広間は数百人は入る広さがあった。床は平らに整えられた板石で、そこから天井に向かって石柱が10本ほど伸びている。天井の高さは二階建てのアパートメントほどだろう。大ホールと言っていい荘厳な空間だ。
石柱には松明が備え付けられており所々明るくなっている。その明かりが人影を作っていた。
影の数は7つ。歩きながら会話しているようだ。ブランは廊下の壁際から聞き耳を立てた。
「リンゼ様、血を分けてくださりありがとうございます」
「体調が戻られて良かったですわ、ゼシカ様。これからは遠慮なく仰ってくださいね。我々は血に困っていないのですから」
リンゼ! それにゼシカ!
ブランはもうゼシカは寝に入っていると思っていたが違った。今まさに大ホールを歩いているのだ。しかも吸血鬼領主リンゼ・シェトランまでいる。
沸き立つ血を抑えつつサッと大ホールに出て柱の影に隠れた。
石柱の影から顔を出し様子を伺う。ゼシカの周りには従者と思わしき人物が二名、リンゼの周りには見た目からして屈強な騎士が三名いた。ここで襲うのは得策ではないが、どこに行くかは把握したい。監視を続行する。
うつむきながらゼシカがしょんぼりと話した。
「申し訳ありませんでした。ここまでの道中、血を飲める場所が少なかったので」
「仕方がないことです。普通時間が経つと血は固まってしまいますからね。動物を生きたまま馬車に入れておくのもアレですし」
「そうなんです、動物を入れておいたら関所などであやしまれますから。ところで先ほど頂いた血はなんで固まってなかったんですか?」
「うふふ、その秘訣はあとでお話しましょう。その前に──」
リンゼは立ち止まりくるっと踵を返し唱えた。
「【引出 】100番」
リンゼの右手側に銀円が出現。右手を銀円に入れ、引き出すと斧のような武器が握られていた。
「お呼びでないお客を排除しなくちゃね!」
叫ぶと斧めいた武器をブランが隠れている柱に向けて投擲した。
ドガン!という轟音を立て武器が柱に突き刺さる。イレーヌが言っていたショートハルバードだ。
ブランは戦慄した。まさか柱に隠れているのがばれていた? リンゼたちとブランとの間はまだ40歩以上距離がある。なのに自分の存在に気づいたというのか?
何かの勘違いかもしれないと思って柱の影で息を殺すことにした。すると再び轟音。二本目のショートハルバードが石柱に突き刺さった。リンゼが再度投擲したのだ。
「やりすごせると思ったら大間違いよ。私、刺客に襲われすぎてるせいで勘が鋭いの」
ブランの全身から汗が吹き出した。自分の存在に完全に気づかれてる。もう隠れ続けるのは出来ない。逃げるか、闘うかだ。
(逃げる? あり得ない! 拙は怪物を殺すから人間じゃないか。怪物から逃げたら怪物のままだ)
闘志に火が灯り、体温が上がるのを感じる。闘争の時間だ。
ブランはゆっくりと柱の影から出てリンゼたちに正対した。
「あら、ずいぶんと可愛い刺客ね」
ブランはリンゼをじっと見据えた。
イレーヌが言っていたように姿は10代の少女そのものだ。ブランより2、3歳年上にしか思えない。
髪は薄紫色のロングヘアーでウェーブがかかっている。髪色に合わせるように紫色のロングドレスを着ている。よく見ると黒紫を中心に青紫や赤紫で生地色に変化をつけていた。デコルテからは双丘の谷間が覗いており、谷間の線上で水宝玉のペンダントが光っている。
顔は白粉を塗っているのか白磁のように白い。口紅は鮮烈な赤だ。瞳も唇と同じぐらい赤い。吸血鬼である証だ。
リンゼに侍っていた三人の騎士はゼシカたちを背後に誘導したあと最前面に出た。剣を抜き臨戦体制に入っている。
ブランは多勢に無勢なのを無視して要求を突きつける。
「ゼシカ公女を拙に渡してもらおうか」
リンゼが騎士たちの隙間から答える。
「渡すわけないでしょ。少しは考えてものを言いなさいよ」
「なら力づくで奪うまでだ!【引出】51番!」
ブランは銀円から符を引き出した。爆符だ。勢いよく最前面の騎士たちに向けて投げる。
「発動」
騎士たちの数歩前で起爆させた。リンゼの護衛をまとめて排除するのが目的だ。
だがブランの狙いは外れた。騎士たちの眼前に超自然の水壁が出現。爆風を遮断したのだ。
騎士たちの隙間からリンゼが右手を突き出している。状況からしてリンゼが魔術による水壁を出したのだろう。ブランはリンゼが水術の達人なのを思い出した。
「ふぅん、空術、火術、風術……【暗視】も使ってるだろうから陰術もか。その歳で少なくとも4系統。大したものね」
リンゼは水壁を解除しながら感心した。
「小僧さん。あなた、名前は?」
「怪物に名乗る名などない」
怪物という言葉を聞いた途端、リンゼの表情が硬直した。
「私は怪物じゃないわよ。人間よ」
「吸血鬼なら亜人じゃないか」
「それを言うならあなただって亜人じゃない」
「拙は亜人を殺す、怪物を殺す。だから人間だ」
リンゼはやや面食らったあと呆れたように言った。
「なにそれ。何かを殺さないと人間じゃないなんて、そんな考えの方がよっぽど怪物的じゃない」
ブランは言葉に詰まった。図星を突かれたのだ。
論理的反論が封じられた結果、口から出てきたのは感情的な罵倒であった。
「黙れ怪物!」
稚拙な叫びだったが効果はてきめんだった。
リンゼは左の口角を上げ牙を見せ、首を斜めに傾けている。激怒したのだ。
リンゼは前方に歩き、騎士の一人に話しかけた。
「あったまきたわ。ジョエル、この小僧は私がやるわ」
話しかけられた騎士 ── 並の男より頭二つ分長身の大男だ ── が答える。
「いや俺がやるよ、姉さん」
「仕事中は姉さんって呼ぶなって言ってるでしょ」
身内同士を思わせるゼロ距離な声色であった。
「それに── この小僧、たぶんあんたより強いわよ」
ジョエルと呼ばれた騎士は絶句した。悔しそうに歯を噛み締めている。よく見るとこの男も目が赤かった。
リンゼは最前面に立ち、振り返らず大声で命令した。
「ジョエル隊長以下親衛隊はゼシカ公女とその従僕を身命にかけて護衛せよ! この狼藉者はリンゼ・プレシア・シェトラン・シルバーフィールドが裁く!」
ブランも呼応して臨戦体制を取る。リンゼに対し怒気を発する。
「調伏してやるぞ怪物!」
「教育してあげるわ小僧!」
張り詰めた空気の中、二体の怪物が同時に叫んだ。




