■ 第8話「ほんまもんの証明」
人は、見たもんを信じる。
せやけど――
味わうたもんは、忘れへん。
伏見の広場に、人が集まっていた。
市のざわめきとは違う。
どこか張りつめた空気。
「始まるで」
誰かが言う。
今日は――公開試食や。
「旦那」
幸が静かに立つ。
その横に、弥七。
並ぶのは、ふたつ。
正水。
そして――よく似たもの。
「同じに見えるな」
ざわめきが起きる。
「せやな」
「どっちがどっちや」
分からへん。
それでええ。
「本日は」
幸が声を出す。
大きくはない。
せやけど、通る声や。
「同じように見える菓子を、食べていただきます」
間。
「どちらが“良いか”を、選んでください」
それだけや。
説明は、せえへん。
人に任せる。
それが――今回のやり方や。
最初のひとりが、口にする。
ひとつ目。
うなずく。
「甘いな」
ふたつ目。
少しだけ、首をかしげる。
「……あれ?」
その違いは、小さい。
せやけど――確かにある。
次々と、人が手に取る。
ざわめきが、変わっていく。
「なんやろ、こっち……」
「後に残るな」
「いや、こっちの方がええ」
意見が分かれる。
それでええ。
混ざることが、問題やった。
せやけど今は――
「比べてる」
弥七が、小さくつぶやく。
「ようやく、な」
わしが返す。
そのときや。
「ほう」
低い声が、混ざる。
場の空気が、わずかに変わる。
人垣の向こう。
立っている男。
目立たへん装い。
せやけど――
立ち方が違う。
「ええ催しや」
ゆっくりと歩いてくる。
その後ろには、数人の男。
堺の匂いや。
「比べさせる、か」
男は、菓子を見る。
「面白い」
その視線は、鋭い。
ただの客やない。
弥七が、ほんのわずかに視線を動かす。
「……旦那」
小さく言う。
「ああ」
分かる。
関わりすぎたら、あかん類や。
男は、ひとつ取る。
まず、偽り。
口にする。
「甘い」
表情は変わらへん。
次に、正水。
ゆっくりと味わう。
ほんのわずかに――目が細くなる。
「……ほう」
それだけや。
せやけど。
「分かる人やな」
幸が、静かに言う。
男は、こちらを見る。
「名は?」
唐突に問う。
幸は、一瞬だけ迷う。
せやけど――
「幸、と申します」
はっきりと答える。
男は、わずかに笑うた。
「ええ名や」
間。
「運が寄る」
その言葉は、軽いようで重い。
「どちらが、ええと思わはりますか」
幸が問う。
男は、少し考える。
周りを見る。
人の反応。
流れ。
すべてを見ている。
そして――
「どちらでも、売れる」
そう言うた。
場が、一瞬静まる。
せやけど。
「せやけどな」
続ける。
「残るんは、こっちや」
正水を、軽く示す。
「理由は」
幸が問う。
男は、わずかに口元を上げる。
「人が、覚える」
それだけや。
せやけど――
核心や。
「覚えられんもんは、消える」
間。
「それが、流れや」
その言葉に、わしは息を呑む。
この男――
見えている。
せやけど。
「面白いな」
男は、ふっと笑う。
「流れを、逆らうか」
試すような目。
その奥に――別の気配。
戦を見てきた目や。
ただの商人やない。
「逆らうんやないです」
幸が、静かに言う。
「整えるんです」
間。
男の目が、わずかに動く。
「ほう」
「濁ったままやと、流れは腐ります」
その言葉に、場の空気が張る。
「せやから」
一歩、前に出る。
「ほんまもんを、残します」
静かや。
せやけど――強い。
男は、しばらく何も言わんかった。
やがて。
「……ええな」
小さくつぶやく。
「気に入った」
その一言で、空気がまた変わる。
「名は、覚えとく」
そう言うて、背を向ける。
人の中に消える。
弥七が、低く言う。
「……危ないな」
「ああ」
ただの客やない。
せやけど――
敵とも、味方とも決まってへん。
「流れが、動きました」
幸が言う。
周りを見る。
人が、選びはじめている。
迷いながらも。
せやけど――
比べた者は、気づく。
違いに。
「……残るな」
わしは、小さくつぶやく。
流れは、まだ歪んでいる。
せやけど――
ほんまもんも、消えてへん。
人が選ぶ限り。
流れは、戻る。
少しずつでも。
確実に。
そして――
戦は、まだ終わらへん。
むしろ。
ここからが、本番や。




