■ 第7話「偽正水、出回る」
流れは、止まらへん。
せやけど――
形は、変えられる。
伏見の市は、昨日までと同じように見えた。
人が集まり、声が上がり、品が並ぶ。
せやのに。
「……増えてますな」
幸が、静かに言う。
「何がや」
「正水です」
間。
「……うちのやない」
その一言で、空気が変わる。
並んでいる。
形も、包みも、よう似ている。
せやけど――
「違うな」
わしが言う。
「はい」
幸は、ひとつ手に取る。
軽い。
「茶が、違います」
口に含む。
甘い。
せやけど――
「宇治の味やない」
はっきりと言う。
せやのに。
「売れてます」
周りを見る。
人が、買うている。
迷いながらも、手に取る。
「どっちでもええ、思うてる顔やな」
わしが言うと、幸は小さくうなずく。
「分からへんのやと思います」
それが、一番まずい。
覚えられる前に、混ざっている。
「……来たな」
小さくつぶやく。
そのときや。
「旦那」
弥七が近づいてくる。
「京、入ってます」
「もうか」
「早いで」
弥七は短く言う。
「堺からも、流れてる」
繋がった。
全部が。
宇治、伏見、近江、堺――そして京。
「せやったら」
幸が顔を上げる。
「決まりますね」
「何がや」
「どっちが“正しいか”やのうて」
間。
「どっちが“選ばれるか”です」
その言葉が、重く落ちる。
――京。
香の匂いが、静かに満ちていた。
内裏。
外の騒ぎが嘘のように、ここは穏やかや。
「これが、例の菓子にございます」
公家が、恭しく差し出す。
小さく整えられた菓子。
形は美しい。
「宇治の茶を用いたものと」
その言葉に、周りがうなずく。
「ほう」
「これは見事な」
誰も、疑わん。
目々典侍は、それを静かに見ていた。
手に取る。
軽い。
口に運ぶ。
――甘い。
せやけど。
「……」
ほんのわずかに、目が細くなる。
違う。
せやのに。
「いかがにございますか」
問われる。
視線が集まる。
期待。
同調。
空気。
すべてが、ここにある。
目々典侍は、わずかに微笑む。
「よう出来ております」
その一言で、場が整う。
「やはり」
「宇治のものは違う」
声が広がる。
決まった。
この瞬間――
この菓子の“値打ち”が生まれる。
目々典侍は、静かに手を引く。
(……違うのに)
心の中で、つぶやく。
せやけど、それは口にせえへん。
ここでは――
何が正しいかやない。
何が選ばれるかや。
(流れ、やな)
小さく思う。
外でも、内でも。
同じことが起きている。
静かに。
確実に。
――伏見。
「……決まりましたな」
幸が言う。
「何がや」
「流れです」
間。
「向こうが、先に“正しさ”を取ります」
京で決まれば、流れは変わる。
「ほな、どうする」
幸は、迷わん。
「変えます」
一歩、前に出る。
「流れを」
弥七が、小さく笑う。
「簡単に言うな」
「簡単やないです」
幸は、静かに返す。
「せやけど」
間。
「やるしかない」
その目は、揺れてへん。
わしは、うなずく。
「せやな」
流れは、奪われた。
せやけど――
まだ、終わってへん。
「旦那」
幸が言う。
「ほんまもん、見せましょう」
その言葉に、空気が変わる。
「どうやってや」
幸は、少しだけ笑う。
「分かる人に、届けばええんです」
間。
「そこから、変わります」
小さな流れでええ。
せやけど――
本物は、残る。
「……おもろい」
弥七がつぶやく。
「やってみ」
わしは、静かに息を吐く。
流れは、歪んだ。
せやけど――
まだ、消えてへん。
人が、選ぶ限り。
流れは、変わる。
そして――
ほんまもんが、試される時が来た。




