第四章 第9話 「濁りの手」
七日目。
風は、強くなっていた。
京では言葉が定まり、
伏見では人が戻り、
堺では金が動きはじめている。
――三巡目に入る。
その、はずやった。
「……来たな」
弥七が、低く言う。
伏見の外れ。
小さな騒ぎが起きていた。
「腹やられた!」
男がうずくまる。
周りがざわつく。
「伏見の菓子や言うてたぞ!」
その声が、広がる。
早い。
あまりにも早い。
幸が、静かに言う。
「……作られとる」
清継は、何も言わん。
ただ、その場を見る。
倒れている男。苦しんでいる。
せやけど――
「芝居や」
弥七が言う。
「目が死んでへん」
一拍。
「やられたふりや」
周りの者が、不安げにざわめく。
「やっぱり危ないんか」
「京で言うてたやつや」
言葉が、戻り始める。
逆流やない。巻き戻しや。
清継が、ぽつりと言う。
「……濁しに来たな」
一拍。
「三好か」
誰も答えへん。
せやけど、分かる。
これは――偶然やない。
「どうする」
宗十郎が問う。
清継は、すぐに答えへん。
風を見る。人の動きを見る。
言葉の流れを見る。
そして――言う。
「止めへん」
一拍。
「流す」
幸が、うなずく。
「逆やな」
清継が言う。
「濁りを、流す」
弥七が笑う。
「どうやって」
清継は、静かに言う。
「見せる」
一拍。
「全部」
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御香宮の前。
急ごしらえの台が置かれる。
人が集まる。
ざわついている。
「伏見の菓子や」
誰かが言う。
「ほんまに大丈夫なんか」
その声に。清継が前に出る。
「食うてみてくれ」
一拍。
誰も動かん。そのとき。
幸が、ひとつ手に取る。
何も言わず、食べる。
沈黙。
もうひとつ。
また食べる。
顔色は、変わらん。
「……何もない」
ぽつりと。
次に。
源蔵が食う。
「酒にも合うな」
笑う。
少し空気が緩む。
そこへ。
義藤が、一歩出る。
周りがざわめく。
「将軍家の……」
声が漏れる。
義藤は、静かに菓子を取る。
ひと口。
沈黙。
全員が見ている。
「……軽やかや」
一拍。
「余韻が、残る」
その言葉。京で定まった言葉や。
それを――
義藤が口にする。
空気が、変わる。
「ほんまや」
「大丈夫や」
「うまいで」
一気に、声が変わる。
濁りは、広がらん。
流された。
弥七が、ぽつりと。
「早いな」
清継が言う。
「流れがあるからや」
一拍。
「止めへんかった」
幸が、小さく言う。
「巡った」
そのとき。人混みの端で。
ひとりの男が、静かに立ち去る。
丸い巴の紋。
一瞬だけ、見える。
弥七が目を細める。
「……おったな」
清継は、見ている。
何も言わん。せやけど――
分かっている。
これは終わりやない。
始まりや。
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夜。
風は、まだ吹いている。
濁りは消えた。せやけど――
完全やない。
清継が、ぽつりと言う。
「三巡目や」
幸がうなずく。
「定まる」
義藤が、静かに言う。
「試されたな」
清継が答える。
「まだ来るで」
一拍。
「せやけど」
風を見る。
「もう、崩れへん」
風が、通る。
強く。
真っ直ぐに。
その日。
流れは、壊されることなく――
さらに、強くなった。




