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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第三章(人の証明):巡りの証 ―流通戦―
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第四章 第8話 「言葉の定まり」

 六日目。


 風は、返るだけやなかった。

 京、東山。


 朝から、人の流れが違う。


 施しの場。

 茶屋の軒先。

 寺の門前。


 同じ言葉が、何度も交わされる。

「……伏見のやつ、もう一度食うたか」


 一人が言う。

「食うた」


 別の者が答える。


 一拍。


「……ええな」


 沈黙。


 誰も、否定せん。


「最初と違うな」

「ちゃう」


「軽いんやない」

「軽やかや」


 言葉が、揃う。


 その中心に、紹巴がいる。


 筆を走らせる。

「軽やかにして、残る」


 一拍。


「余韻は、水のごとし」

 その言葉が、誰かの口に乗る。


 また別の者へ。自然に、広がる。


「余韻、水やて」

「伏見らしいな」


 笑いが混ざる。


 否定やない。確信や。


 ---


 宇治。


 茶の香りが、少し濃い。


 伊平じいさんが、湯を注ぐ。

「増えとるな」


 若旦那が言う。

「注文がや」


 伊平は、うなずく。

「伏見が、茶を引いとる」


 一拍。


「ええ巡りや」


 茶が、流れる。

 それはそのまま――菓子へと繋がる。


 ---


 堺。


 宗十郎の店。


 帳面が、忙しくなる。


「値、上げるか」

 誰かが言う。


 宗十郎は首を振る。


「まだや」


 一拍。


「今は、流す」


 喜兵衛が笑う。

「人が先やな」


 金は、後からついてくる。

 それが分かる。


 ---


 伏見。


 通りは、明らかに変わっていた。

 足が止まる。迷わん。


「これやろ」

 客が言う。


「京で聞いたやつ」


 ひと口。


 すぐに言葉が出る。

「軽やかやな」


 隣の者が笑う。

「余韻、残るで」


 清継は、それを聞いている。

 言葉が、揃った。


 幸が、小さく言う。

「二巡」


 清継がうなずく。

「跳ねたな」


 ---


 御香宮の前。


 義藤が、立っている。

 人の流れを見ている。


 止まる。運ぶ。

 また来る。

 同じ動きが、繰り返される。


「……確信やな」


 ぽつりと。


 清継が横に立つ。

「まだや」


 一拍。


「三巡で、定まる」


 義藤は、しばし黙る。

 やがて――

 淀の方へ、目を向ける。


「この流れ」


 静かに言う。

「どこまで届くと思う」


 清継は、少し間を置く。

「止めへん限り、どこまでも」


 義藤が、わずかに笑う。

「……似ておる」


 一拍。


「淀を治めていた者に」


 風が、ひとつ吹く。


 幸が、視線を上げる。


 義藤は続ける。

「久我通堅(みちかた)」


 軽く名を出す。

「淀荘は、もともと久我家の直轄や」


 一拍。


「今は三好に握られておるがな」


 清継は、何も言わん。ただ、風を見る。

 義藤が横目で見る。


「おぬし」

 声を落とす。

「誰に教わった」


 一拍。


「この巡りを」


 清継は答えへん。

 代わりに言う。

「流れは、誰のもんでもない」


 一拍。


「せやけど」


 少しだけ視線を上げる。

「治めることは、できる」


 義藤が、静かに笑う。

「やはり、似ておる」


 沈黙。


 やがて――言う。

「伏見を」


 一拍。


「ただの町やなく、“場”として見てはどうや」


 清継が、わずかに目を細める。

「場?」


 義藤はうなずく。

「将軍家の名で、守る」


 一拍。


「流れを止めぬための区や」


 風が、強くなる。


「三好の手が及ばぬ場所」

「せやけど、表は商いの町」


 幸が、小さく言う。

「守るための巡りやな」


 義藤がうなずく。

「力でなく」

「巡りで守る」


 清継は、しばし黙る。

 人の流れを見る。止まり、選び、戻る。

 すでに――形は、できつつある。


「……できるで」


 ぽつりと。


 義藤が、静かに笑う。

「ならば」


 一拍。


「その流れ、預けてもよいか」


 清継は、答えへん。

 ただ――一歩、前に出る。


 風の中へ。

「預かるもんやない」


 一拍。


「巡らせるもんや」


 その言葉に。

 義藤の目が細くなる。

 確信や。

 この男は――ただの商人やない。


 ---


 山。


 弥七が、枝の上から京を見る。

「言葉、決まったな」


 一拍。


「もう崩れへん」


 ---


 伏見。


 通りの端で、小さな声が上がる。

「……正水紅、あるか」


 一拍。


 店の者が答える。

「ございます」


 客は、迷わん。

 買う。

 その姿を見て、別の者が言う。


「それや」

 誰も説明せん。


 せやのに、分かる。


 それが――定まりや。


 ---


 幸が、小さく言う。

「形、出てきた」


 清継がうなずく。

「あと一巡や」


 義藤が、静かに言う。

「九、か」


 清継が答える。

「せや」


 一拍。


「九で、世界になる」


 風が、また吹く。もう、迷わへん風や。

 その日。噂は――

 評価になり、

 評価は――確信へと変わった。


 そしてその確信は――

 次の秩序へ、形を変え始めていた。


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『戦国京都流通譚 正水』

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