第四章 第6話 「風返しの一手」
御香宮の座が終わった夜。
風は、まだ動いていた。
「……で、どうする」
宗十郎が言う。
酒は入ってへん。
誰も、軽口を叩く気配やない。
清継は、ゆっくり答える。
「止めへん」
一拍。
「噂は、止めたら濁る」
弥七が笑う。
「せやろな」
「せやから――」
清継は続ける。
「流す」
幸が、静かに言う。
「どこに」
清継は、地面に指を置く。
円をなぞる。
「同じ道や」
一拍。
「せやけど、順番を変える」
宗十郎が眉を上げる。
「順番?」
清継はうなずく。
「今はな」
「京で生まれて、広がってる」
一拍。
「せやから、歪む」
義藤が言う。
「ならば」
「伏見から始めるか」
清継は首を振る。
「違う」
指を、外へ向ける。
「もっと外や」
沈黙。
弥七が言う。
「……兵庫か」
清継がうなずく。
「港や」
一拍。
「人が混ざる場所」
源蔵が言う。
「最初から、混ざっとる」
「せや」
清継が笑う。
「混ざるとこに、正しいもんを置く」
宗十郎が腕を組む。
「どうやって」
清継は答える。
「試させる」
一拍。
「ただでな」
お葉が吹き出す。
「商売ちゃうやん」
「商売や」
清継は言う。
「時間で回収する」
義藤が、静かに問う。
「どう回る」
清継は指で線を描く。
兵庫 → 堺 → 京 → 伏見
「順や」
一拍。
「港で食うたもんは、堺に行く」
「堺で値がつく」
「京で言葉になる」
「伏見に戻る」
幸が言う。
「縦や」
清継がうなずく。
「時間や」
一拍。
「三日、やな」
源蔵が言う。
「酒も回る頃や」
清継が続ける。
「三日で一巡」
「九日で三巡」
宗十郎が笑う。
「九やな」
「せや」
清継は言う。
「九で、形になる」
弥七が、にやりとする。
「ほな、裏も動かすで」
清継が頷く。
「頼む」
弥七が言う。
「検問の連中には、“蜂蜜湯”や」
お葉が笑う。
「また甘いもんで釣るんか」
「効くで」
弥七が言う。
「疲れた兵は、甘いもんに弱い」
一拍。
「止まらへんようにする」
義藤が、その会話を聞いている。
やがて言う。
「秩序は、崩さぬ」
全員が見る。
「検問は、生かす」
一拍。
「せやけど、滞らせぬ」
清継が、わずかに笑う。
「ええな」
紹巴が言う。
「言葉は、わしが整える」
一拍。
「“軽い”は“口当たりがよい”に」
「“甘すぎる”は“余韻が長い”に」
幸が、小さく言う。
「歪み、消える」
清継が、全員を見る。
「まとめるで」
一拍。
「兵庫で、味を置く」
「堺で、値を付ける」
「京で、言葉にする」
「伏見で、戻す」
静寂。
風が、通る。
「縦は、三日」
「横は、八方」
一拍。
「巡りは、九で完成する」
義藤が、ゆっくりとうなずく。
「……風返し、か」
清継が答える。
「せや」
一拍。
「風は、返せる」
そのとき。遠くで、鐘の音が鳴る。
低く、響く。
「動くで」
弥七が立ち上がる。
「もう動いとる」
清継が言う。
誰もが、それを理解していた。
この一手は――止めるためやない。
流すためや。
せやけど。
ただ流すんやない。
巡らせる。
そして――返す。
その日。
見えぬ流れは、初めて意思を持って動き出した。




