第三章 第19話 「巡りの証」
伏見。
朝。空気は、張り詰めていた。
人が集まる。
商人。
職人。
運び手。
そして――
疑う者たち。
お葉が声を張る。
「ええか、今日は全部見せる!」
ざわめきが広がる。
「ほんまにやるんか……」
「全部やて……?」
幸が帳を広げる。
「記録、ここにあります。」
「どこから来て、誰が運び、どこへ流れたか――」
一枚、一枚、並べていく。
逃げ場はない。
清継が前に出る。
「隠すもんは、何もない。」
その声は、静かだった。だが――届いた。
弥七が周囲を見る。
「山も見とるで。」
一拍。
屋根の上。木の陰。
気配。
鞍馬衆。
誰も姿は見せない。
だが――確実に“いる”。
そして――もう一つの気配。
人の流れが、すっと割れる。
そこに立ったのは――
疋田文五郎
無駄のない構え。静かに、しかし揺るがない。
その横に、
諸岡一羽
柔らかな気配の奥に、鋭い芯。
さらに後ろ。
甚八とお葉。
そして、影のように立つ沢村甚三郎。
弥七が笑う。
「揃い踏みやな。」
お葉が小さく言う。
「今日は“見せる日”や。」
文五郎が一歩、前に出る。
声は低い。
「ここは、斬らせぬ。」
一拍。
「守る場や。」
その言葉が、場を締める。
一羽が続ける。
「剣は、見せるためにあるのではない。」
「だが――」
一拍。
「乱れを断つためには、抜く。」
静かな宣言。
それだけで、誰も軽々しく動けなくなる。
甚三郎がぼそりと呟く。
「逃げ道、全部見えとるで。」
誰に向けた言葉でもない。
だが――確実に効いた。
伊平じいさんが、樽の前に立つ。
「ほな、始めるか。」
源蔵が道具を並べる。
「叩くで。」
コン。
コン。
音が響く。
一つ、一つ。違いが分かる。
じいさんが言う。
「これは生きとる。」
別の樽。
コン。
鈍い。
「これは死んどる。」
ざわめき。商人たちが顔を見合わせる。
「ほんまや……」
「音が違う……」
源蔵が割る。中が見える。
「見てみ。」
「濁っとるやろ。」
幸が記す。
「識別、完了。」
弥七が動く。
「そこや。」
人の波の中から、男を引き出す。
逃げようとする。
だが――
一瞬。
文五郎の足が動く。
音もなく、間合いが詰まる。
男の前に、すでに立っている。
刃は抜かれていない。
だが――それで十分だった。
男が膝をつく。
「……誰に言われた。」
甚八が問う。
男は笑う。
「もう遅い。」
清継が言う。
「遅ない。」
一拍。
「今、決まる。」
沈黙。
清継は、商人たちを見る。
「選べ。」
短い言葉。
「疑うか。」
「見るか。」
一歩、前に出る。
「流れは、ここにある。」
一拍。
「全部、見せた。」
幸が帳を閉じる。
「隠し事は、ありません。」
伊平じいさんが言う。
「本物は、残る。」
源蔵が頷く。
「音が違う。」
弥七が笑う。
「逃げ場もない。」
お葉が叫ぶ。
「どうするんや!」
沈黙。
その中で――
文五郎と一羽が、静かに立っている。
抜かぬ剣。だが、揺るがぬ気配。
それが答えだった。
そして――
一人の商人が、前に出る。
「……通す。」
一拍。
「ここを使う。」
別の者も言う。
「わしもや。」
「伏見や。」
「ここなら見える。」
声が増える。流れが戻る。
いや――強くなる。
そのとき。
人の波の奥で、低い声が交わされる。
「……見たか。」
「何をや。」
「京の検問や。」
一拍。
「奥におった。」
「誰がや。」
沈黙。
そして――小さく。
「丸い巴紋や。」
もう一人が息を呑む。
「……三つ、か。」
「いや……はっきりは見えんかったが……」
「ただ、あの兵の動き……」
一拍。
「ただの番やない。」
視線が伏見へ戻る。
「……上が動いとる。」
その声は、流れに紛れる。
だが――消えない。
清継は、わずかに目を細める。
「巡ったな。」
風が吹く。水が光る。
縁が空を見上げる。
「風、変わった。」
お葉が笑う。
「せやな。」
弥七が言う。
「今度は、こっちの番や。」
伏見。
人が動く。
荷が動く。
金が動く。
すべてが、巡る。
清継が川を見る。
「流れは――」
一拍。
「止まらん。」
だが――その流れの中に、
新たな“戦”もまた、静かに入り込んでいた。




