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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第三章(人の証明):巡りの証 ―流通戦―
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第三章 第14話 「残された記憶」

 近江・穴太。


 静かな部屋に、朝の光が差し込む。


「……水を。」

 かすれた声。

 だが――昨日よりも、はっきりしていた。

 足利義晴は、ゆっくりと目を開ける。


 側にいた者が驚く。

「御所様……!」


 道三が静かに制する。

「騒ぐな。」


 義晴は、差し出された水を口に含む。


 一口。そして、わずかに息を吐く。

「……軽い。」

 その言葉は、確かだった。


 道三が問う。

「まだ、戻るか。」


 義晴は、しばらく黙っていた。

 やがて――ゆっくりと呟く。

「……見ておった。」


 道三の目が細くなる。

「何を。」


 義晴の視線は、どこか遠くを見る。

「流れや……」


 一拍。


「止めようとする者と……」

「曲げようとする者。」


 その言葉に、道三は何も言わない。

 義晴は続ける。


「昔……」


 呼吸が少し乱れる。だが、止めない。


「都におった頃……」

「近くに……おった。」


 誰のことかは言わない。

 だが――“知っている”声音だった。


 道三が静かに問う。

「敵か。」


 義晴は、わずかに首を振る。

「……分からぬ。」


 そして、目を閉じる。

「味方の顔をしておった。」


 沈黙。


 その言葉は重い。道三が低く言う。

「まだ、おるか。」


 義晴は答えない。

 ただ――小さく、こう言った。

「……流れは、戻らぬ。」


 一拍。


「変わる。」

 その言葉は、以前とは違っていた。


 “戻る”ではなく、“変わる”。


 道三は、その違いを見逃さない。


「ならば。」

「どうする。」


 義晴はゆっくりと目を開ける。

 その目には、弱さと――わずかな光があった。

「見極める。」


 短い言葉。

 だが、それは将軍のものだった。


 場面が変わる。


 京。


 宗歓が一人、杯を置く。

「……生き延びたか。」


 誰に言うでもない。静かな声。

 障子の向こうに、人の気配。

「報告では、回復の兆しと。」


 宗歓は動かない。

「医か。」

「それとも――」


 一拍。


「水か。」


 その言葉には、わずかな興味が混じる。

 やがて、ゆっくりと立ち上がる。


「厄介だ。」

 その声は、冷たい。


「終わるはずの流れが、残ると――」

「歪みが出る。」


 障子の向こうの影が問う。

「どうなさいます。」


 宗歓は答える。

「まだ、触れぬ。」


 一拍。


「だが――」


 振り返る。その目は、完全に“敵”だった。


「誰が動かしているかは、見えた。」


 伏見。


 清継が、川を見ている。

 流れは穏やかだ。だが、その下では――

 複雑に絡み合っている。


 弥七が言う。

「どうや。」


 清継は答える。

「変わる。」


 弥七が眉をひそめる。

「何が。」


 清継は短く言う。

「流れや。」


 一拍。


「戻らん。」


 その言葉は、義晴と同じだった。


 遠く離れた場所で――同じ認識が生まれている。


 縁が静かに言う。

「繋がっとるな。」


 清継は頷く。

「せや。」


 そして、前を向く。

「せやから、崩される。」


 その瞬間――風が変わる。

 伏見も、京も。


 そして――見えぬ場所で動く者たちも。


 義晴の回復は、ただの回復ではなかった。


 それは――止まるはずだった“時”が、再び動き出した証だった。


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『戦国京都流通譚 正水』

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