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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第三章(人の証明):巡りの証 ―流通戦―
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第三章 第15話 「勝ち筋」

 伏見。


 夕暮れの川。水面が、静かに赤く染まる。

 荷は動いている。

 だが――空気は、張り詰めていた。


 お葉が、清継の隣に立つ。

 しばらく黙って、流れを見る。


「なあ。」


 清継は振り向かない。


「なんや。」


 お葉は腕を組む。

「ほんまに勝てるん?」


 一拍。


「相手、全部押さえに来とるで。」


 関銭。検問。座。

 理で固めた“網”。


 清継は、すぐには答えない。

 風が、水面を揺らす。


「戦やない。」

 静かな声。


 お葉が眉をひそめる。

「は?」


 清継は続ける。

「勝ち負けの話やない。」

「巡りの話や。」


 お葉は納得しない顔をする。

「分かりにくいわ。」


 そのとき――後ろから声がした。


「巡り、ですね。」

 幸だった。

 いつの間にか、そこにいる。


 清継は振り向かない。

「聞いとったか。」


 幸は小さく頷く。

「はい。」


 川を見る。

「押さえるということは――」


 一拍。


「流れを細くする、ということです。」


 お葉が顔をしかめる。

「細くなったら終わりやろ。」


 幸は首を振る。

「いいえ。」

「細くなると――」

「圧がかかります。」


 弥七が後ろから割り込む。

「せやな。」


 二人が振り向く。弥七は笑っている。

「堰き止めたら、水はどうなる。」


 お葉が言う。

「溢れる。」


 弥七が指を鳴らす。

「それや。」


 幸が続ける。

「逃げ場を探します。」

「広がろうとします。」


 清継は静かに言う。

「伏見や。」


 風が強くなる。

 川の流れが、わずかに速くなる。


 お葉が、少し笑う。

「つまり――」

「押さえられるほど、人が来る?」


 清継は頷く。

「せや。」


 弥七が腕を組む。

「実際、増えとるで。」

「京で通らん荷が、こっち回ってきとる。」


 幸が続ける。

「問題は、その後です。」


 お葉が振り向く。

「後?」


 幸は答える。

「流入が増えれば――」

「詰まります。」


 沈黙。


 それは現実だった。


 清継は短く言う。

「分ける。」


 弥七が頷く。

「一本道にせえへん。」


 幸が続ける。

「役割も分散します。」

「運ぶ者、仕分ける者、通す者。」


 お葉が笑う。

「うちは、人やな。」


 清継が言う。

「要や。」


 お葉は軽く肩を回す。

「任せとき。」


 一拍。


 お葉がふと聞く。

「でもな――」

「ほんまに、それで勝ちなん?」


 沈黙。


 清継は、少しだけ空を見た。


 そして言う。

「神功皇后。」


 幸の目が、わずかに動く。

 弥七は「またか」という顔をする。


 お葉は腕を組む。

「その話、好きやな。」


 清継は続ける。

「戦わずに従わせた。」

「潮を読んでな。」


 風が吹く。川が、きらりと光る。


「流れが来る時を待つ。」

「来たら、全部動く。」


 幸が静かに言う。

「……整えておく。」


 清継は頷く。

「せや。」


 弥七が笑う。

「つまり今は――」

「相手が潮を作っとる最中、か。」


 清継は答える。

「そうや。」


 お葉が、ふっと笑う。

「ほな――」

「もう勝っとるやん。」


 清継は首を振る。

「まだや。」


 一拍。


「流れは来とる。」

「せやけど――」

「掴まな、意味がない。」


 沈黙。


 四人が、同じ川を見る。

 流れは止まらない。

 だが――それを“使う”者は、限られる。


 幸が小さく言う。

「来ますね。」


 弥七が頷く。

「来るな。」


 お葉が笑う。

「忙しなるで。」


 清継は、静かに言った。

「ここからや。」


 風が抜ける。遠くに灯りが増える。


 伏見へ。人が、流れ込んでくる。


 戦はまだない。

 だが――

 勝負は、すでに始まっていた。


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『戦国京都流通譚 正水』

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