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■ 第5話「流れの裏側」

 流れは、目に見えるもんだけやない。

 見えへんところで、先に動いている。


 伏見の騒ぎは、昼を過ぎても収まらんかった。


 せやけど――

 完全には止まらへん。


「……動いてますな」


 幸が、静かに言う。

 分けた流れが、少しずつ繋がりはじめている。


「弥七のおかげやな」


 わしが言うと、幸はうなずく。


「ええ目してます」


 間。


「見えすぎてるくらいに」


 その言い方に、わずかな含みがあった。


「気になるか」


「……少し」


 幸は、伏見の港から川の先を見る。

 その先は――京や。


「普通の下働きやないです」


 せやろな。


 あの判断の速さ。

 迷いのなさ。


 場慣れしとる。


「どこで覚えたか、やな」


 わしが言うと、幸は小さくうなずいた。

 そのときやった。


「旦那」


 弥七が戻ってくる。

 息は乱れてへん。


「抜け道、通しました」


「どこへや」


「近江へ回してます」


 その一言で、場の見え方が変わる。

 伏見で詰まった流れを――横へ逃がした。


「早いな」


「慣れてるんで」


 軽く言う。


 せやけど、その軽さが逆に引っかかる。


「近江の方も、少し動き出してます」


 幸がすぐに問う。


「どこで詰まってました」


 弥七は、迷わん。


「伏見やない」


 間。


「近江へ抜ける手前や」


「……ここやないんか」


「せや」


 弥七はうなずく。


「あと――堺」


 その名が出た瞬間、空気がわずかに締まる。


「堺まで?」


 幸が問う。


「遠いから、効くんや」


 弥七は淡々と言う。


「宇治で動いたもんが」


 指を軽く動かす。


「伏見で詰まり」


 さらに。


「近江で逃げ場を削られて」


 そして。


「堺で遅れる」


 間。


「京に届く頃には、流れが崩れる」


 誰も、すぐには言葉を出せへん。

 頭の中で、道が繋がる。

 宇治から伏見。

 伏見から京。

 その間を――刻まれている。


「……繋がってますな」


 幸が、静かに言う。

 弥七は、うなずく。


「ひとつの流れや」


 わしは、水面を見る。

 流れている。

 せやけど――その流れは、触られている。


「どこで仕込まれたか、分かるか」


 わしが問う。

 弥七は、少しだけ間を置く。


「顔は見えへん」


 せやけど、と続ける。


「流れの作り方が同じや」


「同じ?」


「せや」


 短く答える。


「人を使う」


 間。


「帳面やない」


 さらに。


「覚えてる奴を使う」


 幸の目が細くなる。


「……記録やのうて、人か」


「せや」


 弥七はうなずく。


「誰が運んだか、誰に渡すか」


 間。


「そこを引っかけてる」


 それは――

 ただの商いの手やない。


「せやから、遅れる」


 弥七は続ける。


「止めるんやない」


 間。


「詰まらせる」


 やっぱりや。


「……詳しいな」


 わしが言うと、弥七は少しだけ笑うた。


「前に、似たもん見たことあるだけや」


 軽い言い方や。

 せやけど、その“前”が重い。


 幸が、静かに聞く。


「どこで」


 一瞬の沈黙。

 弥七は、視線を外す。


「山の方や」


 それだけ言う。

 それ以上は、言わん。

 せやけど――


 十分や。


 山。

 このやり口。

 この目。


「……なるほどな」


 わしは、それ以上は聞かん。

 今は、それでええ。


「旦那」


 幸が、小さく言う。


「これ、流れだけやないです」


「分かっとる」


 宇治の茶。

 伏見の港。

 近江の抜け道。

 堺の遅れ。


 全部が繋がっている。


「奪いに来てるな」


 わしが言うと、弥七が小さくうなずいた。


「流れをな」


 間。


「せやったら」


 幸が顔を上げる。


「こっちも見ないとあきません」


「何をや」


「流れの裏側です」


 その言葉に、弥七が少しだけ笑う。


「ええとこ見てるな」


「見えてきただけです」


 幸は、淡々と返す。

 そのやり取りを見て、わしは思う。

 この二人――噛み合う。


「弥七」


 名前を呼ぶ。


「手ぇ貸せるか」


 弥七は、ほんの一瞬だけ考える。

 せやけど――すぐに答える。


「……ええで」


 軽い声や。

 せやけど、その奥は軽くない。


「ただし」


 弥七が続ける。


「流れ、ちゃんと見るで」


 試すような目や。

 わしは、うなずく。


「望むところや」


 間。


 弥七は、ふっと笑うた。


「ほな、決まりやな」


 その瞬間――


 もうひとつの流れが繋がる。

 せやけど同時に――

 見えへん流れも、動いている。

 京へ向かう流れの奥で。


 もっと深いところで。


 静かに。


 確実に。


 流れは、ぶつかりはじめている。


 これは、始まりや。

 ほんまの意味での――


 流れの戦の。


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