■ 第4話「伏見封鎖」
朝やのに、音がなかった。
伏見の港は、いつもなら人の声と水の音で満ちている。
せやのに――その日は、妙に静かやった。
船が、止まっている。
一本やない。
二本、三本……いや、数えきれん。
荷は積まれたまま、動かん。
人はおる。
せやのに、動けへん。
流れが――止まっている。
「……何や、これ」
思わず、声が漏れる。
昨日までの違和感が、形になっていた。
「旦那」
幸の声は、低かった。
「あれ、見てください」
指の先。
関の手前に、人だかりができている。
役人やない。
見慣れん顔や。
「止められてますな」
近づく。
声が飛び交う。
「通行手形が違う言われた!」
「昨日までは通れたやないか!」
「荷が腐るぞ!」
怒号と焦り。
せやのに――
誰も理由を説明できん。
「おかしい」
わしはつぶやく。
止めるなら、止める理由がある。
それが、ない。
あるいは――
「見せてへん、だけか」
幸が、小さく言う。
わしは、うなずく。
そのときやった。
「止めてるんやない」
背後から声が落ちる。
振り向く。
あの男や。
昨日の――下働き。
「……あんたか」
男は、関の向こうを顎で指す。
「詰まらせてる」
間。
その一言で、すべてが繋がる。
完全に止めるんやない。
少しずつ、遅らせる。
せやから――誰も気づかん。
「どこがや」
わしが問う。
男は、迷わん。
「三つ」
指を立てる。
「ここ。近江の分岐。あと、堺」
幸の目が細くなる。
「同時、ですか」
男はうなずく。
「せやから、逃げ場がない」
偶然やない。
仕組まれている。
「誰や」
わしが問うても、男は首を振る。
「顔は見えへん」
せやけど、と続ける。
「流れの作り方が同じや」
間。
「同じ手ぇ使うてる」
幸が、一歩前に出る。
「……見えてるんですね」
男は、少しだけ笑う。
「見えるようになっただけや」
「名前は」
「弥七や」
その名が、場に落ちる。
そのとき、後ろで怒号が上がる。
荷が崩れた。
人が押し合い、さらに詰まる。
流れが、完全に止まりかける。
「……あかん」
このままやと、腐る。
その瞬間やった。
「分けましょう」
幸の声や。
はっきりと、通る。
「何をや」
「流れを」
間。
わしは、すぐに理解する。
ひとつやから、詰まる。
せやったら――
「分ける、か」
幸はうなずく。
「ここに集めすぎです」
周りを見る。
「別に流せば、動きます」
理屈は通る。
せやけど――
「どこへや」
幸は、迷わん。
「近江の抜け道」
弥七を見る。
「あそこ、使えますね」
弥七は、少しだけ驚いた顔をする。
「……ある」
「人、回せますか」
「できる」
即答や。
幸は、うなずく。
「ほな、任せます」
その言葉に、場が一瞬止まる。
弥七が、わずかに目を細める。
「……ええんか」
「見えてる人に任せる方が、早いです」
迷いがない。
弥七は、ふっと笑うた。
「ほな、やるわ」
走り出す。
その背を見ながら、わしは思う。
流れは、人でできている。
せやから――
人が変われば、流れも変わる。
「こっちも動くで」
わしが声を張る。
「荷を分けろ!」
「急ぎやないもんは後回しや!」
「流せるもんから流せ!」
声が広がる。
少しずつ、人が動く。
最初は戸惑い。
せやけど――
ひとり、動く。
またひとり。
流れが、わずかに動きはじめる。
「旦那」
幸が言う。
「これは、始まりです」
「何のや」
「流れの奪い合いの」
その言葉に、背筋が冷える。
港を見渡す。
止まった流れ。
歪められた流れ。
そして――動き出そうとする流れ。
これは、前とは違う。
もっと、大きい。
「……来たな」
小さくつぶやく。
力やない。
剣やない。
流れの戦や。
そして――
その戦は、もう始まっている。




