表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第一章(天の芽):水の目覚め ―伏水の兆し―
PR
3/45

■ 第3話「伏見の違和感」

 流れは、急には止まらん。


 せやから、人は気づかへん。

 少しずつ、ほんのわずかに、ずれていく。


 伏見の朝は、今日も賑やかやった。

 船が入り、荷が降ろされ、声が飛び交う。

 人も物も、確かに動いている。


 ――はずやのに。


「……遅いな」


 船頭が、空を見上げてつぶやく。


「何がや」


「いや、いつもやったら、もう一本来とる頃や」


 別の船頭が笑う。


「風やろ」


「せやったらええけどな」


 それだけの会話や。


 せやけど――どこか引っかかる。

 わしは、水面を見る。

 流れている。

 せやのに、重たい。


「旦那」


 幸が帳面を抱えて近づいてくる。


「昨日の分、まだ全部さばけてません」


「残っとるんか」


「はい。人は来てます」


 間。


「せやけど……選びきれてへん感じです」


「選びきれてへん?」


 幸は、少し考えてから言葉を選ぶ。


「どれがええか、分かってへん顔してます」


 それは、ただの売れ行きの話やない。


「理由は」


「……分かりません」


 またや。

 分からへん、いうのが増えている。


「せやけど」


 幸が続ける。


「似たもん、増えてます」


「似たもん?」


「形はよう似てます」


 間。


「でも、なんか違う」


 その違和感が、残る。


「人は、どう見てる」


「……分かってへん人が多いです」


 幸は、少しだけ眉を寄せる。


「どっちも同じや思うてる人も」


 それは、まずい。

 覚えられる前に、混ざっている。


「見に行こか」


 港の奥へ歩く。

 人はおる。

 声もある。


 せやのに――


 繋がってへん。


 それぞれが動いているのに、

 流れとしてはまとまってへん。


「……おかしいな」


 思わず口に出る。

 そのときやった。


「おかしいのは、前からやで」


 背後から声が落ちる。

 振り向くと、ひとりの男が立っていた。


 痩せた体。

 粗末な着物。


 せやけど、その目は――鋭い。


「誰や」


「ただの手伝いや」


 男は肩をすくめる。


「荷改めの下働きや」


 幸が、じっとその男を見る。


「何が、おかしいんです」


 男は、水やなく、人の動きを見ている。


「あんたら、流れ見てるやろ」


「せやな」


「ほな、気づくはずや」


 一歩、近づく。


「止まってへん」


 間。


「詰まりはじめてる」


 その言葉に、空気が変わる。


「どこがや」


 わしが問う。


 男は、軽く指を振る。


「ここだけやない」


「……どういう意味や」


「上も下も、ちょっとずつや」


 幸の目が細くなる。


「全部、ですか」


 男はうなずく。


「せやから、気づかへん」


 小さな遅れ。

 小さなズレ。


 それが積もって――流れを止める。


「誰がやっとる」


 男は少し笑う。


「それが分かったら、楽やな」


 せやけど、と続ける。


「偶然やない」


 その声は、はっきりしていた。


「こんだけ揃うのは、作っとる」


 間。


 幸が口を開く。


「……見えてるんですね」


 男は肩をすくめる。


「見えるようになっただけや」


 それだけ言うて、背を向ける。


「どこ行く」


 思わず声をかける。


「仕事や」


 振り向かん。


「ここ、もう少し詰まるで」


 それだけ残して、去っていく。

 しばらく、誰も口を開かん。

 やがて幸が、小さく言う。


「……あの人、覚えておきます」


「せやな」


 ああいう目は、見逃したらあかん。


 水面を見る。

 流れている。

 せやけど――どこかでせき止められている。


 見えへん手が、動いている。


「旦那」


 幸が言う。


「これ、このままやと」


「止まるな」


 はっきり言う。


 止まった流れは、腐る。


 せやから、その前に――


「動くか」


 幸がうなずく。

 そのとき、遠くで声が上がる。


「船が来んぞ!」


 ざわめきが広がる。


 誰かが言う。


「さっきのは、ほんまやったんか……」


 疑いと、不安が混ざる。

 幸が小さくつぶやく。


「……ほんまでも、すぐには信じてもらえませんね」


 わしは、うなずく。


「せやな」


 間。


「人は、慣れた方を選ぶ」


 それが、流れや。

 せやけど――


「残るもんもある」


 幸が、静かに言う。

 その言葉に、わずかに空気が変わる。

 完全には届かん。

 せやけど、消えてもおらん。


 それでええ。


 遠くで、また声が上がる。

 流れは、歪みはじめている。

 そして――


 それは、広がる。


 わしは、静かに息を吐いた。


「……来るな」


 これは、偶然やない。

 誰かが、流れを触っている。

 その手は、まだ見えへん。


 せやけど――


 確実に、近づいている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ