■ 第2話「都の影」
都の流れは、宇治とは違う。
水は同じように流れているはずやのに、ここではどこか重たい。
見えへんものが、絡みついている。
京の市は、今日も賑わっている。
絹が並び、香が焚かれ、声が飛び交う。
人も物も、確かに動いている。
せやのに――
どこへ向かっているのかは、よう分からん。
「……またか」
低い声が、店の奥で落ちる。
男は帳面から目を上げた。
京屋の当主。
この都で長う商いを続けてきた男や。
「宇治、やと?」
差し出された紙には、簡単な報せが書かれている。
――甘味。
――茶。
――人が集まる。
それだけや。
せやのに、気にかかる。
「流れ、やと」
小さくつぶやく。
ただの菓子やない。
その言葉が、ひっかかる。
「どこまで来とる」
「伏見までは、確かに」
「都には」
「まだ、はっきりとは」
間。
当主は、ゆっくりと帳面を閉じた。
「ほな、来るな」
その一言で、空気が変わる。
来る。
それは、品の話やない。
流れの話や。
「人は動いとるか」
「はい。船頭と、下の者から、少しずつ」
「上は」
「まだです」
当主は、わずかにうなずく。
「それでええ」
上から動く流れは、重い。
せやけど、一度動けば止まらん。
「下から、来とる」
それが、厄介や。
人は、言葉で動く。
そして、覚える。
「誰から受け取ったか」
「誰に渡したか」
それが残れば、流れになる。
当主は、指先で机を叩く。
「……面倒やな」
ぽつりと漏れる。
せやけど、その目は冷静や。
「消せますか」
側に控える男が問う。
当主は、少しだけ考える。
「消す必要はない」
顔を上げる。
「歪めればええ」
その言葉に、空気がさらに沈む。
「同じもんを流せ」
「……同じ、ですか」
「形だけでええ」
中身やない。
見た目やない。
流れを、壊す。
「覚えられる前に、混ぜる」
当主の声は、静かやった。
「ほんまもんが分からんようになったら、それで終いや」
そのやり方は、古い。
せやけど――確実や。
「どこからやります」
「近いとこからでええ」
間。
「伏見や」
流れの要や。
そこを濁せば、全部に効く。
「……承知しました」
男が下がる。
ひとり残る。
当主は、しばらく何も言わん。
やがて、小さくつぶやく。
「流れはな」
誰に言うでもなく。
「ひとつでええ」
それが、この男の考えや。
混ざれば、濁る。
広がれば、乱れる。
せやから――まとめる。
それが、正しいと思うている。
ふと、視線が窓へ向く。
都の空は、曇っていた。
「……面白いな」
宇治の男を思い出す。
あの目。
流れを、握ろうとしてへん目やった。
「せやけど――」
小さく、笑う。
「甘い」
その一言に、すべてが込められていた。
流れは、放っておけば奪われる。
せやから、握る。
それが、この都のやり方や。
外では、変わらず人が行き交う。
せやけど、その流れは――
静かに、歪みはじめていた。
それに気づく者は、まだ少ない。
せやけど――
一度濁れば、元には戻らん。
そのはじまりが、今や。
――伏見へ、手が伸びる。




