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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第一章(天の芽):水の目覚め ―伏水の兆し―
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■ 第2話「都の影」

 都の流れは、宇治とは違う。


 水は同じように流れているはずやのに、ここではどこか重たい。

 見えへんものが、絡みついている。


 京の市は、今日も賑わっている。

 絹が並び、香が焚かれ、声が飛び交う。

 人も物も、確かに動いている。


 せやのに――


 どこへ向かっているのかは、よう分からん。


「……またか」


 低い声が、店の奥で落ちる。

 男は帳面から目を上げた。


 京屋の当主。


 この都で長う商いを続けてきた男や。


「宇治、やと?」


 差し出された紙には、簡単な報せが書かれている。


 ――甘味。

 ――茶。

 ――人が集まる。


 それだけや。

 せやのに、気にかかる。


「流れ、やと」


 小さくつぶやく。


 ただの菓子やない。

 その言葉が、ひっかかる。


「どこまで来とる」


「伏見までは、確かに」


「都には」


「まだ、はっきりとは」


 間。


 当主は、ゆっくりと帳面を閉じた。


「ほな、来るな」


 その一言で、空気が変わる。


 来る。


 それは、品の話やない。

 流れの話や。


「人は動いとるか」


「はい。船頭と、下の者から、少しずつ」


「上は」


「まだです」


 当主は、わずかにうなずく。


「それでええ」


 上から動く流れは、重い。

 せやけど、一度動けば止まらん。


「下から、来とる」


 それが、厄介や。

 人は、言葉で動く。

 そして、覚える。


「誰から受け取ったか」

「誰に渡したか」


 それが残れば、流れになる。

 当主は、指先で机を叩く。


「……面倒やな」


 ぽつりと漏れる。


 せやけど、その目は冷静や。


「消せますか」


 側に控える男が問う。


 当主は、少しだけ考える。


「消す必要はない」


 顔を上げる。


「歪めればええ」


 その言葉に、空気がさらに沈む。


「同じもんを流せ」


「……同じ、ですか」


「形だけでええ」


 中身やない。

 見た目やない。

 流れを、壊す。


「覚えられる前に、混ぜる」


 当主の声は、静かやった。


「ほんまもんが分からんようになったら、それで終いや」


 そのやり方は、古い。

 せやけど――確実や。


「どこからやります」


「近いとこからでええ」


 間。


「伏見や」


 流れの要や。

 そこを濁せば、全部に効く。


「……承知しました」


 男が下がる。

 ひとり残る。

 当主は、しばらく何も言わん。

 やがて、小さくつぶやく。


「流れはな」


 誰に言うでもなく。


「ひとつでええ」


 それが、この男の考えや。

 混ざれば、濁る。

 広がれば、乱れる。

 せやから――まとめる。


 それが、正しいと思うている。


 ふと、視線が窓へ向く。

 都の空は、曇っていた。


「……面白いな」


 宇治の男を思い出す。


 あの目。


 流れを、握ろうとしてへん目やった。


「せやけど――」


 小さく、笑う。


「甘い」


 その一言に、すべてが込められていた。

 流れは、放っておけば奪われる。

 せやから、握る。


 それが、この都のやり方や。


 外では、変わらず人が行き交う。

 せやけど、その流れは――

 静かに、歪みはじめていた。

 それに気づく者は、まだ少ない。


 せやけど――


 一度濁れば、元には戻らん。


 そのはじまりが、今や。


 ――伏見へ、手が伸びる。


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