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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第三章(人の証明):巡りの証 ―流通戦―
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第三章 第1話 「締められる流れ」

 京の空気が、重くなっていた。


 音はある。

 人も動いている。だが――流れていない。

 どこかで、引っかかっている。


「止められとるな。」


 弥七が、低く言う。


 宇治橋の上、川は変わらず流れている。

 だが、舟が少ない。

 行き交うはずの荷が、見えない。


「関や。」

 縁が短く言う。


「検めが厳しなっとる。」

 清継は、川を見る。


 水は、止まらない。

 だが、人は止められる。

 物も。


「来んのやない。」

 弥七が続ける。

「来れんのや。」


 一つの違い。

 だが、意味は大きい。止まっているのではない。止められている。

 その時だった。

 一艘の舟が、ゆっくりと着く。


 軽い。荷が少ない。

 降りてきた男の顔は、暗い。


「……あかん。」

 短い一言。それで足りる。


「兵庫からや。」

 息を整えながら言う。


「全部、見られた。」

 縁が顔をしかめる。


「小さい荷でもか。」

 男は頷く。


「一つ残らずや。」


 弥七が舌打ちする。

「締めよったな。」


 清継は動かない。ただ聞く。

「正水紅は。」


 男は、少しだけ笑う。苦い笑い。

「食われた。」


 沈黙。


「……で?」


 清継が問う。


「通らん。」

 その言葉で、場が止まる。

 今までとは違う。味で通っていたものが、止められた。

 制度が、本気になった。


 風が、橋を抜ける。


 冷たい。

 昨日までの風ではない。


「三好や。」

 弥七が言う。


「動いたな。」

 縁が続ける。


「幕府もやろ。」


 二つの力。ぶつかり合っている。

 その間で――流れが、締められている。


 清継は、ゆっくりと息を吐く。


(……来たか。)


 予想していた。だが、早い。


「どうする。」

 弥七が問う。


 短い。だが、重い問い。

 清継は、すぐには答えない。


 川を見る。流れている。変わらず。

 その水の上に、今は何も乗っていない。


(止められたのは――流れやない。)


 人や。

 道や。

 仕組みや。

 一拍。


「止めさせとけ。」

 清継が言う。


 弥七が眉を上げる。

「は?」


 縁も顔を向ける。

「何言うとる。」


 清継は続ける。

「締めるほど、詰まる。」


 静かに。だが、確信を持って。

「詰まったら、溢れる。」


 弥七が笑う。

「どこにや。」


 清継は言う。

「外や。」


 一言。


 風が、強く吹く。橋の上を抜ける。京の方から、外へ。


 縁が、その風を見る。

「……出すんか。」

 清継は頷く。

「元から、そこや。」


 宇治ではない。京でもない。もっと外。


 もっと開いた場所。

 水が集まり、流れが分かれ、また繋がる場所。


「伏見か。」

 弥七が呟く。


 清継は、何も言わない。

 だが――否定もしない。


 その時だった。別の男が走ってくる。

 息が荒い。


「京が……」


 言葉を探す。


「荒れとる。」


 縁が目を細める。

「何があった。」


 男は言う。

「関銭や。」


「取り立てが、きつなっとる。」

「通らんもんが、増えとる。」

「商人が、逃げ始めとる。」


 空気が変わる。それは、ただの締め付けではない。

 崩れ始めている。


 清継は、静かに頷く。

(……揺れとる。)


 中が、崩れれば。外に、流れる。それは――止められない。


 風が、また吹く。今度は、はっきりと。

 京から、外へ。流れるように。


 弥七が笑う。

「ええな。」


 縁も、小さく笑う。

「集まるで。」


 清継は、川から目を離す。

 視線を上げる。京の方へ。そして――その先へ。


「場所、作る。」

 短く言う。

 それだけで、十分だった。


 流れは、締められた。だが――終わってはいない。

 形を変えるだけだ。

 京で止まったものは、外で巡る。


 水のように。風のように。


 戦は、始まった。

 だがそれは、斬る戦ではない。


 流れを巡らせる戦だった。


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