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戦国京都流通譚 正水 〜和菓子から始まる“本物”の価値の取り戻し〜  作者: 莵月
第三章(人の証明):巡りの証 ―流通戦―
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第三章 第2話 「集まる者たち」

 伏見の朝は、京に比べるとまだ静かだった。

 しかし、その静けさの中に、確かな変化が生まれている。


 人の足音が増えていた。

 荷を運ぶ擦れた音が、あちこちで聞こえる。

 それは偶然ではない。


 京で行き場を失った者たちが、流れ込んできているのだ。


 宇治橋のたもとに立つ弥七は、その様子を見て、低く言った。

「……来とるな。」


 その言葉に、隣にいた縁も視線を道の先へ向ける。


「京からやろうな。」


 やがて、数人の男たちが姿を現した。彼らは荷を背負い、疲れた様子を隠そうともしていない。

 だが、その手は違った。

 荒れ、固く、使い込まれている。

 仕事をしてきた者の手だ。


 男の一人が、不安そうに辺りを見回しながら口を開く。

「……ここが伏見か。」


 その問いに、清継が一歩前に出て答える。

「そうや。ここが伏見や。」


 清継の声は穏やかだったが、はっきりとしていた。


 男は少し安心したように頷き、すぐに本題を切り出す。

「仕事、あるか。」


 遠回しな言い方はしない。それだけ切羽詰まっている。

 清継はすぐには答えず、男たちの様子をじっくり観察した。


 立ち方、目の動き、そして手。見極めてから、静かに尋ねる。

「何ができる。」


 問われた男は、迷わず答える。

「木や。蔵が組める。」


 別の男も続ける。

「土もいける。壁、塗れる。」


 それを聞いた縁が、小さく息を吐いて笑う。

「ええの来たな。」


 清継は頷き、男たちに向かって言う。

「場所はある。ただし――」

 一度言葉を切る。

「まだ何もできてへん。」


 正直な言葉だった。だが、それで十分だった。


 男たちは顔を見合わせ、そして笑った。

「その方がええ。」

「最初からやれる。」

 彼らの目には、ようやく光が戻っていた。


 そのとき、弥七が別の方向を指差す。

「今度は、あっちや。」

 振り返ると、荷車を引いた一団が近づいてくる。


 布に覆われた荷の形から、道具類であることが分かる。


 縁が目を細める。

「……菓子屋やな。京の。」


 荷車を引く男が、清継の前で止まり、まっすぐに問いかける。

「ここで、やれるか。」


 清継は迷わず答えた。

「やれる。」

 短い言葉だったが、断言だった。


 男は一瞬だけ清継の目を見つめ、それから頷く。

「水、あるんやろ。」

 この問いは重要だった。


 菓子職人にとって、水はすべてと言っていい。


 清継は少しだけ笑みを浮かべる。

「ある。ええ水や。」


 その一言で、男の覚悟は決まった。

「ほな、やる。」

 荷車はそのまま伏見の奥へと進んでいく。こうして、また一つ流れが増えた。


 少し離れた場所には、小さな祠があった。その脇から、清らかな水が湧き出している。


 伏見の伏水である。


 縁はしゃがみ込み、その水に手を浸した。

「……冷たいな。」


 だが、ただ冷たいだけではない。どこか柔らかさを感じる水だった。


「これやな。」

 縁の言葉には確信があった。そこへ清継が歩み寄る。

「どうや。」


 縁は水を見たまま答える。

「人も来とる。技も来とる。」


 そして、少し間を置いて続けた。

「そのうち、金も来る。」


 清継は静かに頷く。


 この場所は、ただの土地ではない。流れが集まる場所になり始めている。


 そのとき、弥七が再び駆けてきた。

「今度は、ええの来たで。」


 振り返ると、先ほどの職人たちとは明らかに違う男が立っていた。

 着物の質、帯の締め方、歩き方。

 商人だ。


 縁が小さく言う。

「……東山のやな。」


 男はゆっくりと周囲を見渡し、清継の前で止まる。


 その目は、場の価値を測る者の目だった。

「噂は聞いとる。」

 落ち着いた声で言う。

「ここに場を作るつもりやな。」


 清継は正面から受け止める。

「これからや。」


 男は即座に頷いた。

「なら、早い方がええ。」


 そして、はっきりと言う。

「金を出す。」

 空気が一変した。


 弥七が思わず笑う。

「来たな。」

 縁も口元を緩める。


 清継は冷静に問う。

「条件は。」


 男は迷わず答えた。

「流れに乗せろ。」


 それだけだった。だが、本質を突いた条件だ。


 清継は静かに頷く。

「乗せる。」

 それで話は決まった。


 書状も証文もない。だが、この場ではそれで十分だった。


 風が吹く。今度の風は、京からのものではない。

 四方から集まり、この場所で交わる風だ。


 伏見はまだ未完成の土地だ。だが確実に変わり始めている。


 人が集まり、技が集まり、そして金が動き始めた。


 清継はその場を見渡し、静かに言った。

「ここからや。」


 その言葉は、小さい。

 だが――


 これから始まるすべてを含んでいた。


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