第二章 第20話 「正水紅(しょうすいこう)」
最初の色は、濁っていた。
鈍い赤。
重く、沈む色。
清継はそれを見て、首を振った。
「違うな。」
縁が腕を組む。
「固まっとるけど、死んどるな。」
伊平じいさんは、小さく唸る。
「水や。」
短い一言。
「水が、巡っとらん。」
---
石清水の水が、静かに注がれる。
澄んでいる。
奥に、深さがある。
鍋の底で、小豆がほどけていく。
潰れきらない粒。
粗さが残る。
砂糖が入る。
白く、ざらりとした粒が、ゆっくりと溶けていく。
甘さの匂いが、立ち上がる。
だが、まだ重い。
---
「飛ばせ。」
伊平じいさんが言う。
「水を残すな。」
縁が眉をひそめる。
「飛ばしたら、固なるで。」
じいさんは首を振る。
「飛ばすんやない。」
一拍。
「抜くんや。」
---
火を強める。音が変わる。
ぐつ、と。
水分が、逃げていく。
湯気が立つ。
甘い匂いの中に、焦げる寸前の香ばしさが混じる。
清継は手を止めない。
練る。底から、返す。
重い。
腕に来る。
だが――徐々に変わる。
練り、と。
抵抗が減る。
水が抜けているのに、固くならない。
---
「寒天や。」
弥七が呟く。
鍋の端に、細く溶けたそれが見える。
海の匂いが、ほんのわずかに混じる。
目立たない。
だが、支えている。
---
「形を保つもんは、別にある。」
伊平じいさんが言う。
「水に頼るな。」
---
清継の手が、さらにゆっくりになる。
速さではない。流れを整える。
湯気が、細くなる。
さっきまでの勢いが消える。
だが、乾いてはいない。
湿りが、残る。
「……これや。」
縁が呟く。
色が変わる。濁りが消える。
透ける。
紅が、浮かび上がる。
火を落とす。
余分な水分は、もうない。だが、潤いは残っている。
矛盾した状態。
型に流す。
とろり、と。
重すぎない。軽すぎない。
ちょうどいい重み。
冷めていく。
音が消える。
香りが、落ち着く。
甘さが、静かに残る。
刃を入れる。
す、と。
水が多いもののように崩れない。
乾いたもののように割れない。
切り口が、なめらかに光る。
弥七が一つ、取る。
口に入れ、しばらく、黙る。
そして――
「残らん。」
短く言う。
水分は、飛ばした。
だが、渇いていない。
甘さはある。だが、重くない。
喉を通る。
すっと落ちる。
---
道三が頷く。
「ええ。」
「水が、内に残っとる。」
---
清継は、ひとつ手に取る。
光にかざす。
淡い紅。
透ける。だが、芯がある。
「名は。」
縁が言う。
清継は答える。
「正水紅。」
伊平じいさんが言う。
「水を抜いて、水を通したか。」
清継は小さく頷く。
「止まらんように、しただけや。」
---
外で、水の音がする。
変わらず。
だが、――その音と、同じものが手の中にあった。




