■ 第15話「結ばれるもの(白馬の兆し)」
人は、言葉で動くやない。
気配で、寄る。
朝の石清水は、静かやった。
風が抜ける。
葉が揺れる。
その中に――人がおる。
誰が呼んだわけでもない。
せやのに。
ひとり。
ふたり。
またひとり。
自然と、集まる。
手を合わせる者。
黙って座る者。
ただ、立っている者。
声は、少ない。
せやけど――途切れへん。
「……増えましたな」
弥七が、低く言う。
「ああ」
わしは、うなずく。
数やない。
空気や。
落ち着いている。
せやのに――温かい。
そのときや。
ふ、と。
風が変わる。
音やない。
せやけど――誰もが気づく。
顔が、上がる。
視線が、揃う。
奥の方。
木立の向こう。
白いものが、動く。
ゆっくりと。
迷いなく。
近づいてくる。
「……白馬か」
弥七が、息を呑む。
誰も、声を荒げへん。
せやのに――
場の空気が、整う。
白い毛並み。
光を受けて、静かに浮かぶ。
神馬や。
歩みは、穏やかや。
せやけど――揺れへん。
人の間を、通る。
触れようとする者はおらん。
ただ――道が開く。
自然と。
白馬は、正水の前で止まる。
一瞬。
動かへん。
鼻先が、わずかに下がる。
香りを、受ける。
そして――
小さく、息を吐く。
それだけや。
せやけど。
空気が、変わる。
「……ああ」
誰かが、こぼす。
言葉にならん声。
納得や。
説明のいらん、理解。
「旦那……」
幸が、小さく言う。
「ああ」
わしは、目を離さへん。
選んだんやない。
せやけど――通した。
人やない。
理屈やない。
もっと、奥のもんが。
白馬は、ゆっくりと顔を上げる。
そして――歩き出す。
振り返らへん。
来たときと同じように。
静かに、去る。
せやけど――
残る。
強く。
「……すごいな」
弥七が、ぽつりと漏らす。
「ああ」
それしか、出てこん。
言葉が、追いつかへん。
そのときや。
山の方から、僧が下りてくる。
さっきとは、違う。
今度は――はっきり分かる。
高僧や。
白馬の去った道を、そのまま歩く。
まるで――後をなぞるように。
立ち止まる。
正水の前。
包みを開く。
香りが、静かに広がる。
口にする。
目を閉じる。
そして。
手を合わせる。
それだけや。
せやけど――もう、十分やった。
人の中に、通っている。
結びが。
理屈やない。
比べでもない。
ただ――通る。
「結ばれてる……」
幸が、息のように言う。
「ああ」
わしは、うなずく。
これが――流れや。
押すもんやない。
作るもんでもない。
通るもんや。
高僧は、何も言わん。
ただ、わずかにこちらを見る。
一瞬。
せやけど――伝わる。
認めた。
そのまま、山へ戻る。
静かに。
「……選んだな」
弥七が、低く言う。
「ああ」
もう、言葉はいらん。
流れは、動いた。
見えへんとこで。
せやけど――確かに。
「来るで」
弥七が、笑う。
京の方角。
ざわつきが、強くなる。
「ああ」
わしは、前を見る。
結ばれたもんは、残る。
人の中に。
流れの中に。
ここからや。
ほんまの意味での――決まりは。




