■ 第14話「揺らぐ京」
ざわつきは、音にならへん。
せやけど――
確かに、広がる。
京の朝は、いつも通りやった。
人が動き、声が交わり、物が並ぶ。
せやのに。
どこか――噛み合わへん。
「……なあ」
菓子を手にした男が、首をかしげる。
「こんな味やったか?」
隣の女が、少しだけ考える。
「前も、似たん食べた気ぃするけど……」
言い切れへん。
思い出せへん。
せやけど――残っている。
「なんや、胸に引っかかるな」
小さな違和感。
それが、消えへん。
別の通り。
「伏見の、食うてきたで」
職人が、ぽつりと言う。
「……違うた」
それだけや。
せやけど――その一言が、重い。
「ほんまか」
「ほんまや」
間。
「なんやろな……こっちは」
言葉が、続かへん。
味やない。
形やない。
何かが――足りへん。
ざわめきは、小さい。
せやけど――消えへん。
じわじわと、広がる。
――内裏。
香の匂いが、今日も変わらず漂う。
整えられた空間。
整えられた言葉。
せやのに。
「……」
目々典侍は、手を止める。
ほんの一瞬。
それだけや。
せやけど――止まった。
差し出された菓子を見る。
美しい。
整っている。
せやのに。
(……軽い)
持った感触。
口に運ぶ。
甘い。
せやけど――
(残らへん)
その感覚が、消えへん。
前と、同じはずやのに。
違う。
いや――
(前から、違うてた?)
思考が、揺れる。
「いかがにございますか」
問われる。
いつもと同じ声。
同じ視線。
同じ空気。
せやのに――
言葉が、すぐに出えへん。
ほんの一瞬。
それだけや。
せやけど――その“間”が、生まれる。
周りが、わずかにざわつく。
「……よう出来ております」
やっと、言う。
同じ言葉。
せやのに――
響きが、違う。
自分でも、分かる。
(……何やろな)
胸の奥。
静かに、ざわつく。
(このままで、ええんやろか)
その問いが、消えへん。
――京屋。
帳面の音が、止まる。
「……減っとるな」
宗兵衛が、低く言う。
「わずかに、です」
控える男が答える。
「せやけど――確実に」
間。
「理由は」
「分かりません」
せやけど。
「声が、変わってきています」
宗兵衛は、目を閉じる。
声。
数字やない。
人の感覚。
一番、掴みにくい。
「……どこからや」
小さくつぶやく。
「伏見か」
「石清水、との話も」
その一言で。
空気が、わずかに張る。
宗兵衛の指が、止まる。
石清水。
結ぶ場所。
「……厄介やな」
ぽつりと言う。
濁すだけやと、足りへん。
結ばれると――残る。
「比叡は」
「まだ、動きません」
静けさ。
それが、一番不気味や。
「……見とるな」
宗兵衛が、低く言う。
選んでいる。
どちらに乗るかを。
「先に、固める」
短く言う。
「揺れを、消せ」
指示は、それだけや。
せやけど――
完全には、消えへん。
ざわつきは。
もう、生まれている。
――京の町。
人が、立ち止まる。
ほんの一瞬。
それだけや。
せやけど――
「……どっちやろな」
その迷いが、増えていく。
前は、なかったもんや。
迷いは、流れを遅くする。
そして――
変える。
――石清水。
静かな風が、流れる。
人が、手を合わせる。
結ばれていく。
言葉にせえへん思いが。
確かに。
「旦那」
幸が、小さく言う。
「届いてます」
「ああ」
わしは、うなずく。
大きな流れは、まだ向こうや。
せやけど――
小さい流れが、生まれた。
ざわつきとして。
迷いとして。
「これで、ええ」
わしは、静かに言う。
崩れるときは、静かや。
一気には、来えへん。
せやけど――
止まらへん。
「次やな」
弥七が、低く笑う。
「ああ」
流れは、動いた。
目には見えへん。
せやけど――確かに。
京が、揺れている。




