■ 第13話「結びの水」
水は、流れるだけやない。
結ぶことも、できる。
京を離れ、南へ。
山の気配が、少しずつ濃くなる。
「……ここや」
わしが足を止める。
石清水の社。
静かや。
せやけど――強い。
人の願いが、重なっている。
「旦那の話の“伝手”いうんは、ここですか」
弥七が、小さく言う。
「ああ」
わしは、うなずく。
「親父のな」
間。
「昔、世話になった」
それだけや。
詳しい話は、せえへん。
せやけど――繋がっている。
「……ええ場所やな」
幸が、静かに言う。
空気を、感じている。
ここは、流れを争う場所やない。
結ぶ場所や。
通される。
奥へ。
神職が、こちらを見る。
「久しいな」
その一言で、すべてが通じる。
わしは、深く頭を下げる。
「無沙汰してます」
「父上に、よう似てきた」
小さく笑う。
間。
「今日は、願いか」
まっすぐや。
「頼みです」
わしは言う。
「菓子を、扱ってほしい」
弥七が、わずかに目を動かす。
せやけど、止めへん。
「神事に、か」
神職が問う。
「はい」
間。
「水の菓子です」
その言葉に、空気が少し変わる。
「……水か」
小さく繰り返す。
「流れを、整えたい」
わしは、続ける。
「濁ってしもた」
正直に言う。
隠さへん。
「せやから」
一歩、踏み出す。
「結び直したい」
間。
静けさが、落ちる。
神職は、しばらく何も言わへんかった。
やがて。
「理由は」
短く問う。
「残したいもんがある」
それだけや。
飾らへん。
真っ直ぐに言う。
「ほんまもんを」
間。
神職の目が、少しだけ細くなる。
「……父上も、同じことを言うておった」
静かな声や。
「流れは、争うもんやない」
さらに。
「結ぶもんや、と」
その言葉に、胸がわずかに動く。
「似てきたな」
小さく言う。
「まだ、足りません」
わしは、正直に返す。
せやけど――
「やります」
間。
神職は、ゆっくりとうなずく。
「ええやろ」
その一言で、すべてが動く。
「神事に、用いる」
決まった。
幸が、静かに息を呑む。
弥七が、わずかに笑う。
「ええんですか」
幸が問う。
神職は、穏やかに答える。
「人が結ぶもんは、神も見ておる」
間。
「真であれば、通る」
それだけや。
――神事の日。
人が、集まる。
町人も。
武士も。
旅人も。
静かに、見守る。
差し出される。
正水。
包みを解く。
湯気が、わずかに立つ。
香りが、広がる。
「……違うな」
誰かが、つぶやく。
甘さやない。
奥に残る、静かな味。
「これは……」
言葉が、途切れる。
比べてへん。
せやのに――分かる。
「覚える味や」
ぽつりと、声が落ちる。
その瞬間。
空気が、変わる。
ざわめきが、広がる。
「どこのや」
「伏見やて」
「ほんまか」
流れが、生まれる。
静かに。
確かに。
「旦那」
幸が、小さく言う。
「結ばれてます」
「ああ」
わしは、うなずく。
流れは、争わんでも――変わる。
結べばええ。
人と人を。
思いと味を。
「……来るで」
弥七が、低く言う。
「ああ」
感じる。
遠く。
山の気配。
見ている。
選んでいる。
比叡や。
せやけど――
「構わん」
わしは、静かに言う。
流れは、ひとつやない。
せやから――
ぶつかる。
そして――
混ざる。
「ここからや」
ほんまの意味での。
流れの、争いやない。
結び合いが始まるんは。




