■ 第12話「水と器」
流れは、水に似ている。
形は持たん。
せやから――
入る器で、姿を変える。
京屋は、静かやった。
表の賑わいとは違う。
整えられた空気。
無駄が、ない。
「……ここか」
わしが言うと、弥七が小さくうなずく。
「せや」
短い答え。
「中も、同じや」
整っている。
せやけど――息が詰まる。
「ご用件は」
店の者が、丁寧に問う。
「菓子のことでな」
そう言うと、ほんの一瞬だけ空気が揺れる。
通された奥。
座っていた。
宗兵衛や。
動かん。
せやのに――場が締まる。
「初めてやな」
低い声。
わしらを見る。
値踏みや。
「伏見で、動いとるんはあんたか」
問いやない。
確認や。
「せや」
わしは、隠さん。
間。
宗兵衛は、わずかにうなずく。
「ええ目しとる」
それだけ言う。
せやけど――軽くはない。
「何しに来た」
単刀直入や。
「流れの話や」
わしは言う。
宗兵衛の目が、わずかに細くなる。
「流れ、か」
小さく繰り返す。
「ほな、聞こか」
許された。
「なんで、濁す」
間。
まっすぐに問う。
宗兵衛は、すぐには答えへん。
少しだけ考える。
「濁してるつもりは、ない」
静かな声や。
「整えてるだけや」
その言葉に、幸の視線が動く。
「似たもんを流して、か」
弥七が、低く言う。
宗兵衛は、ちらりと見る。
「人は、違いを覚えへん」
間。
「せやったら、揃えた方がええ」
合理や。
徹底している。
「それで、残るんか」
わしが問う。
宗兵衛は、少しだけ笑う。
「残る必要があるんか」
間。
「回ればええ」
その一言が、重い。
「流れは、止めたらあかん」
せやから――回す。
形を揃えてでも。
「それが、商いや」
きっぱりと言う。
強い。
せやけど――
「違うな」
わしは、静かに言う。
空気が、少しだけ張る。
「残るもんがある」
間。
「人が、覚えるもんや」
宗兵衛の目が、わずかに動く。
「覚えられたもんは、消えへん」
せやから――意味がある。
「それを、残す」
わしの言葉。
幸が、横でうなずく。
宗兵衛は、しばらく黙っていた。
やがて。
「理想やな」
ぽつりと言う。
「せや」
否定せん。
「せやけど、やる」
間。
宗兵衛が、ほんの少しだけ笑う。
「おもろいな」
その目は、鋭いままや。
「せやけど」
指を、軽く机に置く。
「京では、通らん」
断言や。
「なんでや」
わしが問う。
宗兵衛は、外を見る。
京の方角。
「ここはな」
静かに言う。
「人が決める」
間。
「何がええかやない」
さらに。
「何をええとするか、や」
それが――京。
「せやから」
振り返る。
「先に決めた方が、勝つ」
その論理。
わしは、息を吐く。
「ほな、決め直す」
言い切る。
宗兵衛の目が、わずかに細くなる。
「どうやってや」
「見せる」
間。
「比べさせる」
もう一度。
何度でも。
「しつこいな」
弥七が、横で笑う。
「水やさかい」
わしは、肩をすくめる。
「流れ続ける」
止まらん。
宗兵衛は、しばらく何も言わへんかった。
やがて。
「……ええ」
小さくつぶやく。
「せやったら」
視線が、まっすぐ来る。
「やってみ」
挑むような目や。
「せやけど」
続ける。
「こっちも、止めへん」
当然や。
「上も、動く」
その一言。
空気が、わずかに変わる。
「上?」
幸が、小さく反応する。
宗兵衛は、何も言わへん。
せやけど――
「水はな」
ぽつりと言う。
「清うても、濁ってても」
間。
「流れに乗る方が、強い」
それだけ言うて、目を閉じる。
話は、終わりや。
外に出る。
京の音が、戻ってくる。
「……厄介やな」
弥七が言う。
「ああ」
わしは、空を見る。
流れは、ひとつやない。
せやけど――
大きい流れは、確かにある。
「旦那」
幸が、静かに言う。
「“上”」
気づいている。
「せやな」
わしは、うなずく。
京屋だけやない。
その上。
さらに――上。
ふと。
遠くの山を思う。
比叡。
そして――
石清水。
流れの源は、ひとつやない。
せやから――ぶつかる。
「面白なってきたな」
弥七が、低く笑う。
ほんまや。
ここからや。
流れと、流れがぶつかるんは。




