5
「星座と星屑は……一体、何者なんだ?」
俺の問いに、星屑『冥門に繋がれし三つ首』はすぐには答えなかった。
三対の赤い瞳が、夜空に輝く無数の星へ向けられる。
黒いゲートの周囲では、世界そのものが拒絶しているかのように、細かな亀裂が広がり続けていた。
【警告:世界境界への負荷が限界へ近づいています】
【対象存在の送還処理を開始します】
星屑の身体へ巻きついた黒い鎖が、少しずつゲートの奥へ引かれていく。
時間がない。
「早く答えてくれ」
俺が急かすと、中央の頭部がゆっくりと口を開いた。
『星座とは、人々の信仰、伝承、恐怖、願望を宿し、星へ至った超越者だ』
「伝承が……星になる?」
『正確には、伝承そのものではない』
『長い時の中で語り継がれ、数多の命から力を与えられた存在が、世界の理を越えたもの』
『それを、そなたらは星座と呼ぶ』
俺は夜空を見上げた。
これまで《アストラル》では、星座をシナリオ生成AIが作り出した上位存在だと説明されていた。
だが、それも違った。
星座は、ゲームの中で作られたキャラクターではない。
ゲームが始まるよりも遥か昔から存在し、人間たちの物語を観測していた。
「なら、星屑は? それと、星座と神は違う存在なのか?」
星屑の左の頭部が低く唸った。
『星屑とは、星座より分かたれし力』
『星座の伝承を担う眷属』
『あるいは、星へ至れなかった者』
『それらを総じて、星屑と呼ぶ』
「星へ至れなかった……」
星屑は、星座の部下というだけではないらしい。
星座の力から生まれた存在。
星座に仕える眷属。
そして、星座になれなかった者。
同じ星屑という呼び名でも、その成り立ちは一つではない。
「お前は、どれなんだ?」
俺が尋ねると、三つの頭部が同時にこちらを見た。
『それは、今の問いに含まれぬ』
「細かいな……」
星屑は構わず続けた。
『星座は、人の子らを観測する』
『気に入った者へ力を与え、試練を課し、ときには契約を交わす』
『だが、勘違いするな』
中央の頭部の声が低くなる。
『星座のすべてが、人の子らの救済を望んでいるわけではない』
背筋が冷えた。
思い浮かんだのは、『万の遠吠えに応える星』だ。
あの星座は、俺を助けるどころか、グルガをグルガルドへ進化させた。
俺が勝つか、死ぬか。
その戦いを楽しんでいた。
『人を愛する星もいる』
『人が困難を乗り越える姿を好む星もいる』
『滅びそのものを望む星もいる』
『ただ退屈を紛らわせるためだけに、世界を覗き込む星もいる』
「そんな奴らまで、人類を選別しているのか?」
『選別を行うのは神々のシステムだ』
『星座は、その候補を観測し、己の意思で関わっているにすぎぬ』
つまり、星座は試験官ではない。
観客。
支援者。
妨害者。
そのどれにもなり得る存在だ。
星座と契約することは、大きな力を得るだけではない。
どの星座に目をつけられるかで、その後の人生さえ変わる。
すると、右側の頭部がゆっくりと口を開いた。
『星座は、人の領域における頂へ至った存在』
『神とは、星座を含む数多の世界と存在の上に立つ者たちだ』
『星座にも、神にも序列が存在する』
「神のほうが、星座より上なのか?」
『基本的には、そう考えてよい』
『神は一つの伝承や種族だけではなく、より大きな概念と世界を司る』
『生命、死、時間、因果、創造、破壊』
『それら世界の根幹へ触れる存在が、神だ』
スケールが違う。
星座が人々の物語から生まれた超越者なら、神は世界そのものへ関わる存在。
だが、一つ気になることがあった。
「さっき、神と星座にも序列があるって言ったよな。今、一番上にいるのは誰なんだ?」
三つの頭部がわずかに姿勢を正した。
その動きから、強い敬意が伝わってくる。
『現在の星座序列第一位』
『人間を愛し、自ら神位を降りて星となった者』
『《慈愛神・エリュシア》様だ』
「神が、星座に降りた……?」
絶対的な存在でありながら、なぜ下位の星座になる必要がある。
そもそも神が星座になれるのなら、その逆も可能なのか。
「なぜ、自分から星座になったんだ?」
『神とは、すべての世界と生命へ平等でなければならぬ』
「平等……」
『特定の種族だけを愛し、他を顧みぬ者に、神の座へ立つ資格はない』
その言葉で、何となく理解した。
《慈愛神・エリュシア》。
人間を愛する神。
人間だけを見ていたいから、すべてへ平等でなければならない神の座を捨てた。
「エリュシアは、人間だけを愛するために神を辞めたのか?」
『そうだ』
『数多の世界と生命を平等に見守る神ではなく』
『人類だけを見つめ、その物語に寄り添う星となることを選んだ』
神の座。
世界の頂点に立つ立場。
それを捨ててまで、人間を選んだ。
慈愛という名前に偽りはないように思えた。
「神位を捨てたのに、星座序列一位なのか?」
『神位を降りたからといって、それまでに積み重ねた力や信仰まで失われるわけではない』
『今もなお、数多の人間がエリュシア様へ祈りを捧げている』
『ゆえに、あのお方は星座でありながら、多くの神すら無視できぬ力を持つ』
「神に祈ってるのに、その祈りが星座になったエリュシアへ届くのか?」
『人が信じる限り、届く』
その答えを聞いて、さらに疑問が浮かぶ。
「神は星座へ降りられる。なら、星座も神になれるのか?」
『星座も神へ至ることはできる』
『だが、容易なことではない』
「どうしてだ? 星座が大勢の人間を救って、崇拝されればいいんじゃないのか?」
星屑はしばらく黙っていた。
やがて、中央の頭部が問いかけてくる。
『もし、決して越えられぬ大きな壁へ直面したとき』
『命の危険がすぐそこまで迫り、誰かへ助けを求めるとき』
『作物が育たず、明日にも飢え死ぬかもしれぬとき』
『己の命を賭してでも守りたいものがあるとき』
『人の子らは、最後に誰へ願い、誰へ希望を託す?』
俺は答えを考えた。
絶望の中。
自分の力ではどうしようもない状況。
頼れる人間もいない。
そんなとき、最後に口から出る言葉。
「……神、か?」
『そうだ』
『人は最後には神へ縋る』
『それは、人類が生まれる遥か以前から変わらぬ、知ある生命の性質だ』
奇跡が起きたとき。
どう考えても助からない状況で、偶然生き残ったとき。
治るはずのない病が消えたとき。
絶対に届かないはずの願いが叶ったとき。
人は、それを単なる偶然だとは考えない。
見えない何か。
自分たちの理解を超えた、大きな存在。
それが手を差し伸べたのだと信じる。
「奇跡が起きたとき、人は見えない何かを信じる。それが神……?」
『そうだ』
『目に見えぬ力が、己を救った』
『定められていたはずの結末を、何者かが覆した』
『そう感じたとき、人の心には信仰が生まれる』
『そして、その信仰こそが神を形作る』
「神が先にいるんじゃないのか?」
『どちらが先かなど、もはや意味を持たぬ』
『信仰が神を生み、神が奇跡を起こし、その奇跡がさらなる信仰を生む』
『それを幾千、幾万という年月繰り返した存在こそが、神だ』
頭の中で、その仕組みを整理する。
人々の物語によって星座が生まれる。
人々の信仰と、説明できない奇跡によって神が生まれる。
どちらも、人間の意識と無関係ではない。
だが、神と星座では、集めるものが違う。
星座が物語や伝承から力を得るのだとすれば、神はもっと根源的な願いから力を得る。
救ってほしい。
生きたい。
守りたい。
どうか、奇跡を。
そう願う心そのものが神を作る。
「なら、星座がどれだけ人間を救っても、その奇跡が神の仕業だと思われたら……」
『その信仰の大半は、神へ流れる』
「星座には届かないのか?」
『届かぬわけではない』
『だが、名も姿も知らぬ超越的な何かへ向けられた願いは、最も近い概念である神へ集まる』
『ゆえに、星座が神へ至るには、ただ奇跡を起こせばよいわけではない』
『己の名を世界へ刻み、奇跡を起こした存在が自分であると、人々へ認識させねばならぬ』
ようやく、星座が神になることの難しさを理解した。
どれだけ人を救っても。
どれだけ大きな奇跡を起こしても。
その功績が知られなければ、人々は漠然と神へ感謝する。
本来なら星座へ向けられるはずだった信仰も、名も知らぬ神へ流れてしまう。
「だから星座は、人間を観測するのか?」
『それも理由の一つだ』
『契約者を選び、己の名を広める』
『物語を与え、偉業を成させる』
『その者を通じて、自らの伝承を世界へ刻む』
『星座と契約する者は、ただ力を借りるだけの存在ではない』
『星座の名と物語を地上へ広める、代理人でもある』
化身。
これまで俺は、星座の化身になることを、強大な力を得るための上位要素だと考えていた。
だが、実際には違う。
化身は星座に選ばれた戦士であると同時に、その星座の名を広める存在。
化身が活躍すれば、星座の伝承が広まる。
人々がその星座へ願いを託せば、星座はさらに強くなる。
そして、十分な信仰を得れば、神へ至る可能性が生まれる。
『神の座にある者は、特定の種族のみを愛することを許されぬ』
『だが、エリュシア様は人間を愛しすぎた』
星屑の声に、わずかな敬意が混じる。
『滅びを繰り返しながらも、何度でも立ち上がる人間を』
『互いに傷つけ合いながらも、誰かを守ろうとする人間を』
『弱く、愚かでありながら、奇跡へ手を伸ばし続ける人間を』
『あのお方は、数多ある生命の中で、人間だけを特別に愛してしまった』
「それは、神として許されなかった?」
『そうだ』
『ゆえに、自ら神位を降りた』
『全世界を見守る神ではなく、人類のみを観測する一つの星となるために』
夜空を見上げる。
無数に輝く星々のどこかに、そのエリュシアという存在もいるのだろうか。
神という絶対的な地位を捨ててまで、人間のそばへ降りた存在。
ただの気まぐれでできることではない。
「エリュシアは、この世界を救ってくれないのか?」
その問いを口にした瞬間、三つの頭部が同時に低く唸った。
大気が震える。
『エリュシア様とて、すべてを救えるわけではない』
『星座へ降りたことで、直接行使できる力には制限がある』
『それに、この世界の滅亡は一柱の力だけで覆せるものではない』
「じゃあ、何のために人間を愛してるんだ」
『救えぬから見捨てるのか?』
星屑の声が鋭く頭へ突き刺さる。
俺は何も答えられなかった。
『結末が変わらぬと知りながら、それでも傍らへ立つ』
『滅びると知りながら、それでも手を差し伸べる』
『それもまた、あのお方の慈愛だ』
「……」
『だが、勘違いするな』
六つの瞳が鋭く細められる。
『慈愛とは、常に優しさだけを意味するものではない』
『人間を救うためならば、エリュシア様は多くを切り捨てる』
『一人を救うために、千人を犠牲にすることも』
『一つの国を残すために、他の国を見捨てることも』
『人類という種を生かすためならば、今を生きる人間の大半を切り捨てることすらある』
背筋に冷たいものが走った。
慈愛神。
その名前から、無条件に人々を救う優しい存在を想像していた。
だが、彼女が愛しているのは、目の前の一人ひとりだけではない。
人類そのもの。
種としての人間。
その存続を、何より優先する存在。
「それでも……慈愛なのか?」
『愛するものを残すために、何を犠牲にできるか』
『それを決める覚悟もまた、愛の一つだ』
納得はできなかった。
だが、簡単に否定することもできない。
もしこの先、家族か大勢の人間かを選ばなければならない状況になったら。
俺は迷わず、正しい選択をできるのだろうか。
そもそも、何をもって正しいと決めるのか。
『覚えておけ』
『星座の名や性質だけで、その善悪を決めるな』
『慈愛を掲げる星が、最も多くの命を切り捨てることもある』
『滅びを望む星が、結果として人類を救うこともある』
『星々が求める結末と、人の子が望む幸福は、必ずしも一致せぬ』
『万の遠吠えに応える星』が、グルガを進化させた理由。
あの星座にとっては、俺とグルガルドのどちらが生き残るかなど重要ではなかった。
見たい物語がある。
望む結末がある。
星座たちは、そのために人間へ関わる。
「契約する星座は、慎重に選べってことか」
『星座に選ばれたからといって、何も考えず契約する者は愚か者だ』
『力を得る代わりに、何を求められるのか』
『その星が、どのような結末を望んでいるのか』
『それを見極められぬ者は、やがて己の物語を奪われる』
俺は、再構築された《天命簒奪の輪》へ目を向けた。
対象の支配権を奪うために作られていたアイテム。
星座との契約も、形は違っても似たようなものなのかもしれない。
力を与えられたつもりが、いつの間にか人生そのものを支配される。
『二つ目の問いへの答えは以上だ』
【残り質問数:1】
通知が表示された。
残り一つ。
聞きたいことは、まだある。
世界はいつ滅びるのか。
そして、星座序列第一位の《慈愛神・エリュシア》が、人類へ何を望んでいるのか。
だが、選べるのは一つだけだった。
そのとき。
遠くから、激しい爆発音が響いた。
一度ではない。
別の方向からも、さらに大きな音が続く。
夜空の向こうが、赤く染まり始めていた。
俺たちの周りだけではない。
別の場所でも、何かが起きている。
【警告:世界各地で次元境界の崩壊を確認しました】
【現実シナリオの発生数が規定値を超過しました】
【世界侵食率が第一段階へ到達しました】
「第一段階……?」
新しい通知が表示される。
だが、詳しい説明はなかった。
星屑の身体が、さらにゲートの奥へ引き込まれていく。
『最後の問いを選べ』
中央の頭部の声にも、わずかな焦りが混じっていた。
俺は強く拳を握る。
滅亡までの時間を聞くべきなのか......
「この世界の滅亡を……止めることはできるのか?」
星屑の六つの瞳が、わずかに見開かれた。
『神々は、滅亡を完全に止めることはできぬと判断した』
「神々には無理でも、俺たちならできるのか?」
『分からぬ』
即答だった。
希望を持たせるでもなく、絶望を突きつけるでもない。
ただ、分からない。
『世界の滅亡は、すでに始まっている』
『数多の世界が、同じ運命を迎えた』
『神々はそれを観測し、抗い、敗れた』
「じゃあ、やっぱり……」
『だが』
星屑の声が、俺の言葉を遮った。
『《アストラル》が作られた世界は、ここが初めてだ』
「初めて?」
『滅亡を前にした人類へ、事前に知識と経験を与えた』
『数十億もの魂を、同時に育てた』
『これほど大規模な準備を整えた世界は、他に存在せぬ』
星屑の三つの頭部が、まっすぐ俺を見つめる。
『ゆえに、神々にも結末は分からぬ』
『この世界の人類が、過去と同じように滅びるのか』
『それとも、定められた結末を覆すのか』
『その答えは、これからそなたら自身が示すことになる』
胸の奥で、何かが強く脈打った。
神々でさえ止められなかった滅亡。
いくつもの世界が、すでに同じ運命を迎えている。
それでも、この世界だけは違う。
俺たちは三年間、《アストラル》で戦ってきた。
魔物を倒し。
シナリオを乗り越え。
知らないうちに、滅亡へ備えさせられていた。
それが十分かどうかは分からない。
だが、最初から何も知らずに滅びを迎えた世界とは違う。
『神々が求めた“種”とは、滅びの後へ命をつなぐ者だ』
『だが、その種が滅亡そのものを打ち破れぬと、誰が決めた』
俺は顔を上げた。
「お前は、止められると思ってるのか?」
『それは四つ目の問いだ』
「最後くらい、おまけしてくれてもいいだろ」
中央の頭部が、わずかに牙を見せた。
笑ったようにも見えた。
『我は、答えを知らぬ』
『ゆえに、見届けよう』
『そなたら人の子が、どのような結末を選ぶのかを』
【三つ目の問いへの回答が終了しました】
【すべての質問権を消費しました】
【星屑『冥門に繋がれし三つ首』の送還を開始します】
ゲートの奥から伸びた黒い鎖が、星屑の身体へ幾重にも巻きつく。
三つの頭部が、少しずつ闇の中へ引き戻されていく。
中央の頭部が、最後に俺へ視線を向ける。
『朝倉レイ』
初めて、名前を直接呼ばれた。
『異権の欠片を継ぎし者よ』
『《冥縛鎖》は、ただ敵を捕らえるためだけの力ではない』
「どういう意味だ?」
『鎖とは、隔たれたものをつなぐものでもある』
『その意味を知った時、そなたは我が異権の真の一端へ触れるだろう』
黒い鎖が強く引かれる。
星屑の身体が、ゲートの奥へ飲み込まれていく。
その言葉を最後に、三対の赤い瞳が闇の中へ消えた。
巨大なゲートが、ゆっくりと閉じ始める。
【星屑『冥門に繋がれし三つ首』を神界へ送還しました】
【世界境界の修復を開始します】
【上位存在の反応が消失しました】
ゲートが完全に閉じる。
夜空に入っていた亀裂も、光の粒子を散らしながら消えていった。
静寂が戻る。
いや。
完全な静寂ではない。
遠くから、いくつもの悲鳴が聞こえる。
サイレン。
爆発音。
何かが崩れる音。
この場所での戦いが終わっただけだ。
世界の異変は、今まさに始まったばかりだった。
俺は地面へ落ちた《天命簒奪の輪》を拾い上げる。
赤い宝石には、新たに黒い鎖の模様が刻まれていた。
指先で触れた瞬間、先ほど星屑が語った言葉が脳裏をよぎる。
星座の目的と、人間の望む幸福は一致しない。
慈愛を掲げる者が、多くの命を切り捨てることもある。
滅びを望む者が、人類を救うこともある。
ならば、俺は何を信じればいい。
どの星座と契約し、どの物語を選べばいい。
答えは出ない。
ただ、一つだけ分かる。
誰かに与えられた結末を、何も考えず受け入れることだけはしたくない。
そのとき。
遠くから、獣の咆哮が響いた。
一体ではない。
別の方角からも。
さらに、その向こうからも。
住宅街の至るところで、赤い瞳が次々と開いていく。
【世界侵食率が第一段階へ到達しました】
【第一世界シナリオの開始条件が満たされました】
【全人類を対象とした世界シナリオを開始します】
目の前に、これまで見たものよりも遥かに大きなウィンドウが出現した。
==================
第一世界シナリオ
《星なき夜を生き残れ》
参加対象
全人類
制限時間
03:14
クリア条件
生存
失敗条件
死亡
==================
【夜明けまで、世界各地に魔獣が出現します】
【時間の経過に伴い、出現する魔獣の等級が上昇します】
【現在時刻 02:46】
夜明けまで、あと数時間。
視界の先。
暗い路地の中で、いくつもの赤い瞳が開いた。
俺は折れた剣の柄を握りしめる。
武器は壊れた。
魔力もほとんど残っていない。
全身は傷だらけで、まともに立っていることすら難しい。
それでも。
この夜を生き延びなければならない。
俺だけではない。
家族も。
友人も。
この世界に生きるすべての人間が。
【低級魔獣が三体出現しました】
【低級魔獣《夜喰い鼠》が七体出現しました】
【低級魔獣《骸羽烏》の群れが接近しています】
視界の端に、《冥縛鎖》のアイコンが浮かぶ。
星屑により魔獣がよりついていなかっただけでこんなにも周りにいたのか......
俺は震える右手を前へ伸ばした。
「《冥縛鎖》」
地面に黒い亀裂が走る。
その奥から、一本の黒い鎖が勢いよく飛び出した。
世界の滅亡は、もう始まっている。
そして、人類へ与えられた最初の試練は――
ただ、この夜を生き延びることだった。




