第8話 流れを戻す
井戸の水面は、ゆっくりと揺れていた。
さっきまでの“敵意”は消えている。
だが、気配は消えていない。
「……まだいるな」
覗き込む。
暗い。
深い。
だが、奥に“何か”があるのは分かる。
「……カイ」
ミアの声は、少しだけ震えていた。
「これ、どうするの」
「放置はしない」
「……また出てくる?」
「出てくるだろうな」
あれが一体だけとは思えない。
さっきの“管理者”も、明らかに一人じゃない。
なら――
「先に、こっちを整える」
「こっち?」
ミアがきょとんとする。
「井戸だ」
「でも、水は出てる」
「出てるだけだ」
水面を指で軽く触る。
わずかに波紋が広がる。
「流れが安定してない」
「……さっき言ってたやつ?」
「そうだ」
立ち上がる。
周囲を見る。
井戸単体は戻った。
だが、それだけじゃ足りない。
“繋がっていない”。
「……ミア」
「なに」
「この村、水はどこから来てた」
「えっと……山のほうから」
指をさす。
村の奥。
崩れた家の向こう側。
「川があって、そこから……」
「なるほど」
視線を向ける。
流れはある。
だが、途中で途切れている。
「……あそこか」
歩き出す。
「え、今から?」
「今やる」
「ちょ、ちょっと待って」
ミアが慌ててついてくる。
リオナも無言で後ろから来る。
元の男も、少し遅れてついてきた。
気づけば、四人だ。
さっきよりも“人の気配”がある。
それだけで、少しだけ空気が変わる。
村の奥へ進む。
足元は不安定だ。
だが、さっきよりはマシだ。
「……ここだな」
止まる。
小さな水路。
完全に干上がっている。
だが、形は残っている。
「……これが?」
ミアが不安そうに言う。
「そうだ」
しゃがみ込む。
土を掘る。
硬い。
だが、死んではいない。
「……繋がってるな」
「どこが?」
「下」
土の奥。
見えない場所で、流れは続いている。
ただ――
「ズレてる」
「またそれ」
「またそれだ」
軽く笑う。
同じことの繰り返しだ。
だが、それでいい。
問題は単純なほうがいい。
「……ミア、そこ持て」
「え?」
「石だ」
水路の端にある石を指す。
「これ?」
「そう」
ミアが両手で持つ。
重い。
「……う、動かない」
「無理するな。少しでいい」
俺は別の場所に手を当てる。
石と土の接点。
ズレの中心。
「……ここだ」
軽く押す。
ミアが持っている石が、わずかに動く。
「え?」
「そのまま、少しだけずらせ」
「こ、こう?」
「そう」
カチ、と。
また、小さな感覚。
その瞬間。
土の奥から、かすかな音がした。
「……!」
ミアが目を見開く。
水だ。
ゆっくりと。
だが確実に、水が流れ始める。
「……出た」
ぽつりと呟く。
今度は井戸じゃない。
水路だ。
“流れ”が戻る。
「……すごい」
ミアの声が、少しだけ明るくなる。
さっきより、はっきりと。
「……まだだ」
「え?」
「これじゃ足りない」
立ち上がる。
水路は戻った。
だが、まだ弱い。
「村全体に回す」
「そんなことできるの?」
「やる」
短く答える。
リオナが、じっとこちらを見ている。
「……あんた、本当に」
「なんだ」
「全部、やる気なの」
「最初からそう言ってる」
「……普通じゃない」
「知ってる」
軽く返す。
そのとき。
水の音が、少し強くなる。
さっきよりも、明らかに。
「……ん?」
水路を見る。
流れが、増えている。
「……早いな」
「え?」
「戻り方が」
本来なら、徐々に戻る。
だが、これは――
「……またか」
井戸と同じだ。
誰かが、触っている。
「……来るぞ」
小さく呟く。
次の瞬間。
水路の奥で、水が跳ねた。
「――っ!」
何かが飛び出す。
速い。
だが、軌道は読める。
体をずらす。
手を伸ばす。
掴む。
そのまま、地面に叩きつける。
ドン、と音が響く。
「……」
それは、人だった。
だが、やはり“おかしい”。
目が濁っている。
だが、さっきよりも――
強い。
「……増えてるな」
思わず呟く。
数が。
そして、質が。
「……カイ!」
ミアの声。
振り向く。
水路の奥。
さらに、影が動く。
一つじゃない。
今度は――
「……多いな」
苦笑する。
さっきより、明らかに多い。
五。
六。
それ以上。
ゆっくりと、だが確実にこちらへ来る。
「……どうするの」
ミアの声が震える。
だが、逃げない。
それでいい。
「簡単だ」
一歩前に出る。
「直す」
「……こんなに?」
「まとめてやる」
視線を上げる。
水路。
地面。
流れ。
全部が繋がっている。
なら――
「まとめて、戻す」
手を地面に当てる。
中心を探る。
流れの起点。
ズレの核。
「……ここだ」
見つけた。
押す。
ほんの少しだけ。
だが、確実に。
カチ、と。
今までで一番大きな感覚。
次の瞬間。
水が、走った。
「――!」
音が変わる。
空気が動く。
影が、止まる。
「……止まった」
ミアが呟く。
さっきまで動いていた影が、全部止まっている。
「……効いてるな」
立ち上がる。
完全じゃない。
だが、確実に変わった。
「……すごい」
ミアの声が、今度ははっきりと弾む。
リオナも、無言でこちらを見ている。
さっきより、明らかに目が変わっている。
疑いだけじゃない。
別のものが混じっている。
「……やっぱり」
ミアが小さく言う。
「直せるんだ」
「そうだな」
そのとき。
空気が、また変わった。
さっきとは違う。
もっと、深い。
もっと、重い。
「……おい」
男が低く言う。
「上だ」
視線を上げる。
屋根の上。
崩れた家の上。
そこに、立っていた。
さっきの“管理者”とは違う。
もっと静かで、もっと重い。
「……増えるな」
思わず笑う。
本当に。
面倒なことばかりだ。
だが――
それでいい。
そいつは、こちらを見下ろしていた。
ゆっくりと、口を開く。
「……やりすぎだ」
低い声。
さっきよりも、はっきりとした圧。
「それは困る」
「知らないな」
軽く返す。
そいつの目が、わずかに細くなる。
「なら――」
次の瞬間。
空気が、完全に変わった。
さっきまでとは別物。
「……本気か」
思わず呟く。
どうやら。
ここから先は――
少しだけ、楽じゃなさそうだ。
少しずつ、“村”が動き始めました。
でも同時に、止めようとする側も本気になってきています。
ここからが本番です。
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次話、ぶつかります。




