第2話 壊れているのはどっちだ
城門を抜けたところで、足を止めた。
暑い。風がない。人の気配が一気に減る。
振り返ると、さっきまでいた街が、やけに遠く感じた。
「……さて」
行き先は決めた。廃村だ。
だが、まっすぐ行く必要もない。
さっきの男の視線。
あれは偶然じゃない。
面倒ごとは、早めに形を知っておいたほうがいい。
道の脇に腰を下ろし、水筒の栓を開ける。ぬるい水を一口。
わざと、しばらく動かない。
こういうとき、追ってくる側は焦る。
案の定だった。
「――ずいぶん余裕だな」
後ろから声がした。
振り返らない。
「見てるなら、出てくればいいのに」
「最初から気づいていたか」
「気づかないほうが珍しい」
ようやく立ち上がり、ゆっくり振り返る。
黒い外套の男。さっきのやつだ。
距離は五歩。間合いとしては、悪くない。
「何の用だ」
「確認だ。お前が“本物”かどうか」
「本物?」
「とぼけるな。あの車輪だ」
やっぱりそこか。
男は一歩近づく。
顔はフードの影でよく見えないが、目だけははっきり分かる。
値踏みしている。
「ただの修理だよ」
「違う。あれは“整っていた”」
少しだけ、口元が緩む。
なるほど。
この手の人間は、話が早い。
「で、本物だったらどうする」
「連れていく」
「どこに」
「お前が一番嫌いそうな場所だ」
即答だった。
迷いがない。
そして、嘘もない。
「断ったら?」
「……少し強引になる」
ため息が出た。
やっぱり面倒だ。
「やめておけ。壊れるぞ」
「脅しのつもりか?」
「忠告だ」
男が踏み込む。
速い。
訓練された動きだ。
だが――
「遅いな」
俺は一歩だけ横にずれる。
男の手が空を切る。
そのまま体勢が崩れかける。
足運びがわずかに歪んでいた。
癖だ。
「……っ」
「左に重心寄せすぎだ。あと、腰が浮いてる」
男はすぐに距離を取り直した。
さっきより警戒が強い。
「今のは何だ」
「何って」
「見えていたのか」
「見えるだろ、それくらい」
しばらく沈黙が落ちた。
男の中で、何かが切り替わる気配がする。
さっきまでの“捕まえる側”の目じゃない。
評価する側の目だ。
「……やはり本物か」
「だから何がだ」
「お前、自分の力を理解していないのか」
「してるつもりだが」
「していない」
断言された。
正直、少しだけ苛立つ。
「どういう意味だ」
「お前は“修復”しているんじゃない」
男は一歩近づく。
今度は敵意がない。
「“整えている”」
その言葉に、ほんの少しだけ引っかかった。
「同じだろ」
「違う」
即答。
「壊れたものを元に戻すのが修復だ。だが、お前がやっているのは違う。“最適な形に直している”」
「……」
「それは、ただの修理屋の仕事じゃない」
男はそこで言葉を切った。
試している。
俺の反応を見ている。
「で?」
「それがどれだけ危険か、分かっているか」
「危険?」
思わず聞き返した。
初めて聞く評価だ。
「世界はな、“決められた形”で回っている」
「……」
「役割、価値、順位。全部だ」
面倒な話になってきた。
「それを、勝手に整え直す存在がいたらどうなる」
「別に困らないだろ」
「困る」
男はきっぱりと言った。
「上にいる連中がな」
そこで、全部つながった。
追放。
監視。
この男。
「……ああ、そういうことか」
「理解が早いな」
「無能だから切られたわけじゃないってことだろ」
男は何も言わなかった。
それが答えだった。
少しだけ笑う。
なるほど。
確かに、それなら辻褄は合う。
「じゃあ余計に行かないな」
「なぜだ」
「面倒だからだ」
即答した。
「上がどうとか、秩序がどうとか、興味がない」
「だが放っておかれない」
「だろうな」
男は一瞬だけ黙った。
「……なら、なぜ逃げない」
「逃げてるだろ」
「違う。もっと遠くだ」
「そこまで困ってない」
荷物を担ぎ直す。
話は終わりだ。
「待て」
「まだ何か?」
「最後にひとつだけ聞かせろ」
男の声が少し低くなった。
「お前は、何をするつもりだ」
いい質問だ。
だが、答えはもう決まっている。
「壊れてるものを、直すだけだ」
「それだけで済むと思うか?」
「済ませるさ」
歩き出す。
男は追ってこなかった。
ただ、その場で言った。
「――その村、死んでいるぞ」
足を止める。
「水は枯れ、土は腐り、人は逃げた。直るものじゃない」
「そうか」
「行けば分かる」
「だろうな」
振り返らずに答える。
「だから行く」
背中に、ため息の気配がした。
それ以上、男は何も言わなかった。
道はまっすぐ続いている。
人の気配は消え、風だけが乾いていた。
しばらく歩くと、遠くに影が見えた。
崩れかけた家。
傾いた柵。
草すらまばらな土地。
「……なるほど」
確かに、死んでいる。
だが――
完全に終わっているわけでもない。
近づくと、違和感があった。
風の流れ。
地面の沈み方。
空気の重さ。
「壊れてるな」
思わず口に出る。
そのときだった。
ぎし、と音がした。
視線を向けると、崩れかけた家の影で、誰かが動いた。
細い腕。
ぼろ布のような服。
――人がいる。
「……」
ゆっくり歩み寄る。
少女だった。
4話の、あの少女に似ている。
いや、別人だ。
だが同じ匂いがする。
“ここにいてはいけない人間”。
「……誰」
怯えた声。
「通りすがりだ」
「……来ないで」
「そうか」
足を止める。
無理に近づく理由はない。
だが、ひとつだけ気になることがあった。
「ここ、いつからいる」
「……」
答えない。
当然だ。
「水はどうしてる」
ぴくりと反応した。
「……ない」
「だろうな」
地面を見る。
完全に死んでいるわけじゃない。
ただ、“ズレている”。
「……直るかもな」
小さく呟いた。
「え?」
少女が顔を上げる。
その目に、ほんの少しだけ光が入った。
それを見て、確信する。
ここは、終わっていない。
「ここを、使う」
そう言った瞬間。
遠くで、何かが軋んだ。
風が止まる。
空気が、わずかに変わった。
まるで――
“気づかれた”みたいに。
「……面白いな」
思わず笑った。
どうやら、この村。
ただ壊れているだけじゃないらしい。
少しだけ、話が動き始めました。
カイが“何を見ているのか”と、
この村が“何なのか”。
まだはっきりしないままですが、
次から一気に触れていきます。




