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追放された無能修復師、実は世界そのものを直せるチートでした  作者: 山奥たける


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第1話 役立たずの追放

ゆっくりと世界の仕組みが明らかになっていく物語です。

雰囲気を楽しんでいただけたら嬉しいです。

「カイ、お前は今日限りでパーティを抜けろ」


 その言葉を聞いたとき、驚きはなかった。

 ああ、やっぱりそこに来たか、と思っただけだ。


 壊れたものは、いつか音を立てる。人間関係も同じだ。


「……理由を聞いても?」


 酒場の二階を借りた作戦室は、昼だというのに薄暗かった。机の上には攻略中の迷宮の地図、割れたポーション瓶、乾ききった血の跡。片づければいいのに、誰も手をつけていない。


 正面に立つのはパーティリーダーのゼルク。剣の腕は一流、声も態度もでかい。いかにも先頭に立つ男だ。そういう人間は、だいたい自分が見えていない。


「理由? 簡単だ。お前は役に立ってない」


「ほう」


「ほう、じゃねえ。前衛でもない。火力もない。補助魔法だって地味だ。迷宮攻略は遊びじゃないんだぞ」


「それは知ってる」


 ゼルクの後ろで、神官のフィーネが視線を逸らした。魔術師のラドは露骨に面倒そうな顔をしている。斥候のミリスだけが、落ち着かなさそうに指先をいじっていた。


 全員、少しずつ壊れている。


 ゼルクは焦りで視野が狭い。

 フィーネは黙ることで自分を守る癖がついた。

 ラドは誰かを見下していないと不安になる。

 ミリスは、ここで何か言えば自分が切られると分かっている。


 そして誰も、その状態を直そうとしていない。


「金の分配にも不満が出てるしな」とゼルクは続けた。「何もしない奴に同じだけ払うのはおかしいだろ?」


「何もしない、か」


 少しだけ笑ってしまった。


 昨日、迷宮の第六層でゼルクの剣が折れかけていたのを繋ぎ直したのは俺だ。

 一昨日、ラドの杖の魔力路が焼けて暴発寸前だったのを塞いだのも俺だ。

 三日前、フィーネの治癒術式の乱れを整えた。

 五日前にはミリスの靴底を補強して、落とし穴で足首をやらずに済んだ。


 誰も覚えていないらしい。


 いや、違うな。

 気づいていないふりをしている。


「何がおかしい」


「別に。ただ、壊れるのは早そうだなと思っただけだ」


 部屋の空気が止まった。


 ゼルクの眉がぴくりと動く。

 先に反応したのはラドだった。


「は? 負け惜しみかよ」

「忠告だよ。受け取るかは自由だ」


「カイ」


 フィーネが小さく俺の名を呼んだ。止めようとしたのかもしれない。けれど、それ以上は続かなかった。


 ゼルクは鼻で笑った。


「上から目線も大概にしろ。お前みたいな裏方がいなくても、俺たちは進める」


「なら、そうなんだろうな」


 俺は机の端に置いてあった革袋を持ち上げた。もともと荷物は少ない。工具、予備の触媒、針金、布、簡単な着替え。必要なものだけ入っていれば十分だ。


「待て、それだけか?」


「追放されるのに長居する趣味はない」


「……引き留めてほしかったのかと思ったぜ」


「逆だ。もっと早いほうが親切だった」


 ミリスが息を呑む音がした。

 ゼルクは笑みを消し、低い声で言う。


「言っておくが、次の依頼で俺たちは成果を出す。お前がいなくてもな」


「そうなるといいな」


 扉に手をかける。

 そこで、ふと気になって振り返った。


「ひとつだけ。第七層の水晶回廊はやめておけ」


「……何?」


「ラドの術式はあそこだと反響する。フィーネの治癒は間に合わない。ミリスは右足の癖を読まれて落ちる。ゼルク、お前はそこを庇って前に出すぎる」


 四人の顔色が変わった。


 少し言いすぎたかもしれない。

 だが、事実はだいたい人を不快にさせるものだ。


「適当なことを――」

「適当なら、忘れてくれ」


 今度こそ扉を開ける。

 背中に視線が突き刺さった。


 階段を下りると、昼の酒場は妙に明るかった。昼酒の客が二、三人、こちらを見て、すぐ興味を失う。追放なんて珍しい話じゃない。冒険者の世界では、壊れたパーティより、壊れていないパーティのほうが珍しい。


 受付で宿代の精算をしていると、帳簿をめくっていた女将が言った。


「ずいぶん静かに出てきたね」

「騒ぐ理由もないので」

「怒ってないのかい」

「怒ってないわけじゃないですよ。ただ、今さらってだけで」


 女将は俺の顔をじっと見て、それから少しだけ肩をすくめた。


「あんた、損する性格だね」

「よく言われます」

「でも、損して終わる顔でもない」


 それは買いかぶりだ。

 そう返そうとして、やめた。


 酒場を出る。街路は昼の熱気で白く揺れていた。行き先はまだ決めていない。手持ちの金で数日は保つ。だが、冒険者としての口は簡単には見つからないだろう。修復師なんて職能は、成果が目に見えにくい。壊れてから騒ぐくせに、壊れる前に防いだことには誰も金を払わない。


 面倒な世界だ。


「……まあ、今さらか」


 独り言が漏れる。


 そのとき、足元にからん、と乾いた音が転がってきた。

 小さな金具だった。荷車の車輪を留める留め具。片方が折れている。


「あっ……!」


 通りの端で、ぼろ布みたいな服を着た小柄な少女が、青い顔で荷車を押さえていた。荷台には売れ残りらしい薪が積まれている。車輪は今にも外れそうだ。


「待って、今――」


 言いながら駆け寄ろうとした少女の足がもつれる。疲れているのが見て分かった。

 しょうがない。


 俺は留め具を拾ってしゃがみ込み、車輪の軸を見た。

 木材の歪み、金属の摩耗、荷重の偏り。ひどいが、まだ終わってはいない。


「これ、直る?」


 少女が恐る恐る訊いてくる。


「壊れてるんじゃない。使い方を間違えてるだけだ」


 我ながら愛想のない答えだと思う。

 だが少女は、なぜかそこで瞬きをした。


 工具袋から細い針金を出し、折れた留め具の代わりに通す。軸のずれを戻し、負荷が片側に寄らないよう薪を積み直す。ついでに、きしんでいた車輪の継ぎ目にも少し手を入れた。


 魔力を流すほどでもない。

 こういうのは、まず形から整える。


「押してみろ」

「え、う、うん」


 少女が両手で荷車を押す。

 さっきまでのぎしぎしした悲鳴みたいな音は消えて、車輪は驚くほど滑らかに回った。


「……動いた」

「動くだろ」


「すごい……」


 少女は荷車を見て、それから俺を見た。

 まるで信じられないものを見る目だった。


 その反応には、少し慣れている。

 直した後より、直る前を見抜いた瞬間のほうが、人は驚く。


「お金、ないけど……」

「いらない。次から積み方を変えろ。重い薪を左に寄せすぎだ」

「わ、分かった」


 少女は何度も頭を下げ、荷車を引いて去っていった。

 ほんの数十秒のことだ。


 なのに、通りすがりの商人が足を止め、こちらを見ていた。

 視線がふたつ、みっつと増える。


 面倒だな、と思ったが、そこでひとりだけ違う目をした男がいた。


 黒い外套。胸元に銀の細い鎖。暑いのにフードを深くかぶっている。

 見ているのは俺ではなく、直した車輪のほうだった。


 気づくと、男はすぐ人混みに紛れた。


「……監視かよ」


 小さく呟く。

 ただの通行人にしては目つきが良すぎた。


 嫌な予感がした。

 けれど同時に、妙な納得もあった。


 あの酒場での追放は、少し整いすぎていた。

 ゼルクは短気だが、あそこまで言葉を揃える男じゃない。誰かに背中を押されたか、あるいは、切る理由を与えられたか。


「なるほどな」


 無能だから捨てられた。

 そういう話なら、もっと分かりやすかった。


 だが、どうやらそう単純でもないらしい。


 空を見上げる。

 この街に残るのは面倒だ。面倒ごとは大抵、壊れ方が雑だし、巻き込まれると後始末が長い。


 そういえば、城門の外れに、捨てられた開拓村があると聞いたことがあった。水が枯れ、土地が痩せ、人も寄りつかない場所。金のない流れ者でも住みつかない、終わった村。


 悪くない。


 壊れたものしかない場所のほうが、話は早い。


 俺は工具袋を肩にかけ直し、城門のほうへ歩き出した。


 さて。

 捨てられた側には、捨てられた側のやり方がある。


 価値がないと決められたものを、ひとつずつ拾っていけばいい。


 その先で何が壊れるのか。

 あるいは、何が直るのか。


 まだ俺にも分からない。

 ただひとつ分かっているのは――あのまま終わる気は、まったくないということだけだった。

追放されたのに、本人だけ妙に静か。

たぶんそれが、この話のいちばん最初の違和感です。


壊れているのは誰で、何で、

そしてカイがこれから何を拾っていくのか。

次話から、少しずつ動き出します。

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