第19話 戻った村と、戻らないもの
地上の空気は、やけに軽かった。
さっきまでの重さが嘘みたいに消えている。
「……ほんとに戻ってる」
ミアが、ゆっくりと周囲を見回す。
井戸の水は、静かに流れている。
水路も途切れていない。
風もある。
「……生きてる感じする」
「さっきまで死んでたみたいな言い方だな」
「だってそうだったじゃん!」
少しだけ笑う。
確かに、間違ってはいない。
「……一応、成功だな」
小さく呟く。
完全じゃないが、流れは戻った。
それで十分だ。
「……一応って」
リオナが眉をひそめる。
「まだ何かあるの?」
「あるな」
即答する。
「え」
ミアの顔が引きつる。
「なんでそんな即答なの!?」
「さっき見ただろ」
「見たけど!」
空を見上げる。
何もない。
だが――
「……上だ」
「またそれ!?」
「またそれだ」
軽く返す。
ミアが頭を抱える。
「……もうやだこの人」
「慣れろ」
「無理!!」
騒がしい。
だが、悪くない。
少しだけ“普通”に近い。
そのとき。
「……水、増えてる」
リオナが言った。
視線を向ける。
井戸。
確かに、水位が上がっている。
「……早いな」
「いいことじゃないの?」
「普通ならな」
しゃがみ込む。
水面を見る。
流れている。
だが――
「……流れすぎてる」
「え?」
「戻り方が早すぎる」
これは。
さっきと同じだ。
誰かが、触っている。
「……来るぞ」
小さく呟く。
「え?」
ミアが振り向く。
次の瞬間。
井戸の水が、跳ねた。
「――っ!」
水が飛び出す。
形を持つ。
だが、さっきまでとは違う。
“人”だ。
はっきりと。
「……」
そいつは、ゆっくりと立ち上がる。
濡れたまま。
だが、動きは滑らかだ。
「……戻ったか」
低い声。
今までの“壊れかけ”とは違う。
完全に、意志がある。
「……誰だ」
短く聞く。
「元の住人だ」
あっさりと返ってくる。
ミアが息を呑む。
「え……」
「……あんたが?」
「そうだ」
男は周囲を見回す。
ゆっくりと。
だが、確実に。
「……戻ってるな」
「そうだな」
「お前がやったのか」
「そうだ」
男は、しばらく黙った。
それから、小さく息を吐く。
「……余計なことを」
「よく言われる」
軽く返す。
だが。
今までとは違う。
敵意じゃない。
「……このままでよかった」
男が言う。
はっきりと。
「……え?」
ミアが戸惑う。
「なんで?」
「楽だからだ」
即答だった。
「……何も考えなくていい」
「何も失わなくていい」
「何も変わらなくていい」
静かな声。
だが、重い。
「……それがいいの?」
ミアが、少しだけ強く言う。
「いい」
迷いがない。
「……お前は分からないだろうな」
「分かるよ」
ミアが言い返す。
「でも、それじゃダメじゃん」
「なぜだ」
「だって……」
言葉が詰まる。
だが、すぐに顔を上げる。
「生きてないじゃん」
その一言で、空気が止まった。
「……」
男が、ミアを見る。
初めて、しっかりと。
「……そうか」
小さく呟く。
否定はしない。
だが、肯定もしない。
「……俺は、それでよかった」
「俺は違う」
横から言う。
視線は外さない。
「壊れてるなら、直す」
「……」
「止まってるなら、動かす」
それだけだ。
「……お前は」
男が、ゆっくりとこちらを見る。
「厄介だな」
「知ってる」
軽く返す。
そのとき。
空気が、揺れた。
「……っ」
ミアが顔を上げる。
「なに、これ」
さっきとは違う。
もっと広い。
もっと強い。
「……来たな」
小さく呟く。
空を見る。
何もない。
だが。
“圧”がある。
「……上か」
男も気づいたらしい。
「……早いな」
「何が」
ミアが聞く。
「反応だ」
短く答える。
「下を触ったからだろうな」
当然だ。
あれを直した。
なら。
「……来る」
そのとき。
空が、わずかに歪んだ。
「――っ!?」
ミアが息を呑む。
何もないはずの場所。
そこに、“線”が走る。
ひび割れのように。
「……面倒だな」
思わず笑う。
今度は、上からか。
「……何あれ」
「来るやつだ」
「ざっくりすぎない!?」
「分かりやすいだろ」
軽く返す。
だが、体は少しだけ構える。
これは。
さっきまでとは違う。
完全に、別軸。
「……いい」
一歩前に出る。
「全部、直す」
やることは変わらない。
ただ。
相手が変わるだけだ。
空の裂け目が、ゆっくりと広がる。
その奥から。
“何か”が、こちらを見ていた。
第2章スタートです。
今度は“上”から来ます。
ただ、やることは変わりません。
壊れているなら、直すだけです。
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次話、新しい敵です。




