第12話 下にいるもの
水面の奥で、“それ”は確かにこちらを見ていた。
暗いはずの底。
だが、はっきりと分かる。
目が合った。
「……来るぞ」
低く呟く。
直後。
水が、爆ぜた。
「――っ!」
反射的に後ろへ跳ぶ。
水柱が立ち上がる。
ただの飛沫じゃない。
“押し上げられている”。
「下がれ!」
ミアとリオナが一気に距離を取る。
遅れて、元住人の男も下がる。
いい。
全員、判断が早い。
水面が、大きく割れる。
その中から――
“それ”が出てきた。
「……でかいな」
思わず呟く。
人型ではある。
だが、歪みが大きい。
腕が長い。
関節が多い。
そして何より――
“密度”が違う。
今までの連中とは、比べものにならない。
「……カイ」
ミアの声が、明らかに震えている。
「これ……」
「強いな」
正直な感想だ。
だが、怖さはない。
むしろ。
「ちょうどいい」
口元が少しだけ上がる。
“直しがい”がある。
「……やめろ」
水から出てきた存在の後ろで、さっきの“中枢”が言う。
「それは触るな」
「無理だな」
「壊れる」
「もう壊れてる」
会話は、そこまでだった。
“それ”が動く。
速い。
今までで最速。
だが。
「……読めるな」
軌道が単純だ。
力で押してくるタイプ。
横にずれる。
腕が通り過ぎる。
そのまま、体の側面に触れる。
「……ここか」
ズレを探る。
深い。
複雑だ。
だが――
ある。
一点。
ほんの小さな歪み。
そこが、核だ。
「そこか!」
押す。
カチ――とはいかない。
重い。
だが。
「……いいな」
少し力を足す。
ズレを、押し戻す。
ぐ、と。
手応えが変わる。
「――っ!」
“それ”の動きが、わずかに乱れる。
十分だ。
その隙に、もう一度触れる。
「ここもだな」
二点目。
さらに押す。
今度は――
カチ。
確かな感覚。
次の瞬間。
“それ”の動きが止まった。
「……止まった?」
ミアの声。
「いや」
目を細める。
「まだだ」
表面だけだ。
中は、まだズレている。
「……厄介だな」
今までの連中とは違う。
一箇所じゃ終わらない。
構造が複雑すぎる。
「触るな!」
後ろの“中枢”が叫ぶ。
「それは、“下のもの”だ!」
「知るか」
即答する。
「壊れてるなら直す」
「それが――」
言い終わる前に、“それ”が動いた。
今度はさっきより速い。
だが、軌道は見えている。
下に潜る。
足を払う。
体勢が崩れる。
そのまま、背中に手を当てる。
「……ここだな」
三点目。
ズレの中心。
ここを合わせれば――
終わる。
「――っ!」
“それ”が暴れる。
だが、遅い。
構造が崩れかけている。
「終わりだ」
押す。
全体を、合わせる。
ズレを、戻す。
カチ。
今度は、はっきりとした音。
次の瞬間。
“それ”の体が、崩れた。
水に戻る。
ただの水に。
「……」
静寂。
水面が、ゆっくりと落ち着く。
「……終わった?」
ミアが恐る恐る聞く。
「一応な」
完全じゃない。
だが、今のは止めた。
「……すごい」
小さく呟く。
今度は、はっきりとした尊敬の混じった声。
いい。
変化している。
後ろを見る。
“中枢”が、立ち尽くしていた。
「……お前」
声が、明らかに揺れている。
「今のを……直したのか」
「そうだ」
「……ありえない」
「よく言われる」
軽く返す。
だが、今の反応は大きい。
“想定外”だったらしい。
「……分かったか」
一歩前に出る。
「止めても無駄だ」
「……」
「壊れてるなら、全部直す」
それだけだ。
“中枢”は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
ゆっくりと口を開く。
「……なら」
その目が、変わる。
今までとは違う。
決意に近い何か。
「上を動かす」
「好きにしろ」
「次は、“抑える側”が来る」
「それも知ってる」
問題ない。
どうせ来る。
なら、来たときに直せばいい。
「……後悔するぞ」
「しないな」
即答する。
“中枢”は、何も言わなかった。
そのまま、水の中へと沈んでいく。
気配が、消える。
完全に。
「……終わったの?」
ミアがもう一度聞く。
「一つはな」
周囲を見る。
水は戻っている。
空気も、さっきより軽い。
だが――
「……まだある」
「え?」
「下だ」
水面を見る。
さっきの“それ”のさらに奥。
もっと深い場所。
そこに――
“何か”がある。
「……まだいるの?」
「いるな」
しかも。
さっきより、はるかに大きい。
「……いいな」
思わず笑う。
ここは、まだ入口だ。
本体は、その下。
「……行くの?」
ミアが聞く。
少しだけ、期待が混じっている。
「行く」
即答する。
当然だ。
ここまで来て、止まる理由がない。
「……でも、どうやって」
「簡単だ」
水面を見る。
「潜る」
「は!?」
ミアが素っ頓狂な声を出す。
「無理でしょ!?」
「無理じゃない」
「いや無理でしょ!?」
少しだけ笑う。
いい反応だ。
「流れがある」
「え?」
「止まってるように見えるだけだ」
手を水に入れる。
冷たい。
だが――
確かに、流れている。
奥へ。
「……繋がってるな」
その先に。
“本体”がある。
「……カイ」
ミアが、少しだけ不安そうに言う。
「行くの?」
「行く」
それだけだ。
問題はない。
壊れているなら、直す。
それだけだ。
水面が、わずかに揺れる。
その奥から。
また、“何か”がこちらを見ていた。
地下の“入口”は突破しました。
でも、まだ本体には届いていません。
ここから先は、さらに深いところです。
少しでも続きが気になると思っていただけたら、
ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
次話、潜ります。




