第42話『玄武編』玄武の結界を整える
神殿の中庭。
石で組まれた円形の祭壇には、淡い水の気が満ちていた。
水面には、未だ結界の不具合を示す薄い霧が漂っている。
シオンは祭壇の前に立ち、深く一礼した。
「“玄の祈り”は、水と封印の調律。水は流れ、封印は護る。
静かに、そして強く」
その声は、ひび割れた結界の隙間を埋めていくように
穏やかでいて強靭な響きを持っていた。
隼人は少し離れた場所で、自らの熱が祈りの繊細な同期を
邪魔しないよう、静かにその背を見守っていた。
「気は流れ、交わり、戻る。
侵入者の痕を洗い、守りの層を重ねる。
我ら、龍界にてこれを護る者なり――」
祈りの言葉が重なるごとに
水面には巨大な魔法陣の幾何学的な紋様が浮かび上がる。
ナギは指先から糸のように細い「気導糸」を走らせ
ハチの指示に従って魔法陣の歪みを縫い合わせていく。
「中心核の右側、座標305に残留ノイズ。……そう、そこ。
私の鼻にデッドコピー(偽物)は通用しないわよ」
ハチが魔法陣の一点を鋭く指差す。
ナギの指先が座標をなぞると、空間の揺らぎがピタリと収まり
透明な強度を取り戻していった。
中庭の水面が一度、深く、重厚に震えた。
それは、界紋式の結界が正しく再起動され
龍界のセキュリティが正常に戻った合図だった。
「……ひとまず、パッチは当たったわね」
ナギが大きく息を吐き、診療盤を収める。
侵入口は完全に閉じられ
神殿全体を覆っていた陰湿な霧は、朝露のように消え去っていた。
「ありがとうございます。
これからは僕が、この結界を、そして師を護ります。もう……迷いません」
シオンの言葉に、肩の上でハチが尻尾をくるんと巻いた。
「あんたは迷ってたわけじゃないわよ。
動くべき時に、最適解を選べただけ。
それができるのが、あんたの本当の強さ(スペック)なんだから」
その時、神殿の鐘楼から長く、清澄な鐘の音が響き渡った。
アクトスが完全に意識を取り戻し
神殿の主としての気を放ち始めたのだ。
北の空気に、本来の凛とした清涼さが戻っていく。
「……次は東(青龍)ね。
ツクヨミが先に向かって、カグヤと合流しているはずよ」
ナギの言葉に、ハチが眠そうにあくびをした。
「また山越え? うんざりだわ。」
「あら、次はハチに荷物持ちをお願いしようと思っていたのに」
「じょ、冗談じゃないわよ!
私をポーター(運び屋)だと思ってるの!?」
ハチの毛を逆立てた抗議に、シオンが思わず声を上げて笑った。
玄武の神殿に、笑顔と祈りが戻った。
ナギたちは、風の吹く東へと歩み出した。




