第41話『玄武編』封印の間と、霧の痕跡
玄武の神殿――その最深部、禁足地とされていた地下回廊へ
ナギたちは静かに足を踏み入れた。
ひやりとした空気が足首を抜けていく。
苔むした石段に人の気配はないが、気の流れを読み取るナギには
何かが「無理やり押し通った」ような
空間の毛羽立ちがはっきりと見えていた。
「……シオン。この階層、もともとは封鎖されていたの?」
「はい。師匠が倒れる数日前、気の波形にノイズが混じり始めて……
予防策として封じたんです。でも、僕は――」
言いかけたシオンの肩に、ハチがふわりと飛び乗った。
「“でも、気になって夜中にこっそり調査しに来た”って顔ね。
案外、お行儀が悪いじゃない」
図星を突かれた少年の肩が、微かに揺れた。
「ハチ、例の“匂い”の痕跡は追える?」
「任せなさい。あの陰気なミストの残り香
私の鼻ならブラウザ履歴みたいに辿れるわ」
すん、すんと鼻を鳴らし、ハチは迷いなく左の通路を指し示す。
辿り着いた広間の中心には、淡く輝く巨大な魔法陣が浮かんでいた。
「……古い結界ね。
龍界の外域からの侵入を遮断する『界紋式』……」
ナギが診療盤をかざし、その構造を読み解く。
「龍界の純度を保つためのセキュリティソフト、といったところね。
でも、ここ……微かにパッチが剥がれているわ」
「……この部屋で、何かに触れた気がしたんです。
その直後、師匠がシステムダウンしたように倒れて……」
シオンの瞳に、自分を責める色が混じった。
「ここよ。匂いの元、この魔法陣のコアだわ」
ハチが鼻先で示した場所に、濁った気が溜まっている。
「僕のせいです。
僕が不用意に立ち入って、アクセス権を開いてしまったから……」
膝をつくシオンに、ハチがぴしゃりと言い放った。
「自惚れないで。あんたが気づく前から、この不具合は起きてたの。」
「むしろあんたが夜中にここへ来たから
致命的なクラッシュ(全壊)の前にこうしてナギが治療に来られた。
師匠が倒れたのは、あんたのせいじゃない。
『外』から来た正体不明のバグのせいよ」
ナギも静かにシオンの肩に手を置いた。
「ハチの言う通り。今大切なのは『なぜ侵入されたか』を解析し
この『界紋式』を再構築すること。
それができるのは、この神殿を最も深く理解している、あなただけよ」
シオンが力強く頷いたその時
地上の寝室から呼応するように、微かな気の振動が伝わってきた。
アクトスが、数日ぶりに意識のプラグを繋ぎ直したのだ。
「……来てくれたか。シオン……ナギ殿……」
遠く響く師の声に、ナギは安堵の微笑みを浮かべた。
「体内に入り込んだ気の異物は、ほぼ除去したわ。
あとはこの結界の基底部を修復するだけね」
「まったく、人使いが荒いわね。……でもさ」
ナギの肩に乗ったハチが、にやりと笑った。
「この精密な結界の修復
私の嗅覚センサーがないと座標がズレるでしょ?」
「ええ、世界一の探知機だと思っているわよ、ハチ」
黒曜石の冷たい闇の中で
新たな調律の光が、力強く灯り始めていた。




