第40話『玄武編』探索開始
玄武の神殿は、霧が絶えず立ち込める谷底に
世界の忘れ物のように佇んでいた。
重厚な石造りの外壁には、
異様なまでの圧を孕んだ静寂が支配している。
ナギは白衣の裾を払いながら
その「沈黙の重さ」を肌でスキャンした。
「……師匠は、奥の間で休んでいます。
呼吸は安定しているけれど、スリープモードから復帰しないんです」
シオンの案内で寝所へ入ると
中心には玄武の守り人・アクトスが横たわっていた。
ナギは彼の手首にそっと触れ、気脈診断盤を展開する。
盤上に浮かび上がったのは
蛇のようにうねり、絡みつく濁った紫の光。
「……これは、毒ね。でも、体組織(内部)に浸透しているんじゃない。
気の『表層』に薄膜のように張り付いているわ」
ナギの瞳が鋭くなる。
「外側から何かが侵入して
神殿のOSそのものを汚染している。
アクトスは、それを一身に受けてフィルターになろうとしたのね」
ナギが神殿の柱に掌を当てると
石の奥底で結界の層が悲鳴を上げているのが伝わってきた。
「やっぱり。結界が緩んでいるわ。
龍脈の隙間から、目に見えない汚染粒子が霧に紛れて入り込んでいる」
「……地下の魔法陣の一部も変色し
『封』の印が減衰していました」
シオンの声には、隠しきれない焦燥と怒りが混じる。
「そこが侵入口の核ね。
この霧……ただの気象現象じゃないわ。
人為的な、あるいは意思を持った『侵食』だわ」
ナギが治療用の鍼筒を手に取ろうとした、その時だった。
「……ねえ。この霧、最高に鼻につくんだけど」
鞄の中からハチが身を乗り出し、不機嫌そうに鼻をひくひくさせた。
「ハチ? ただの湿気じゃないの?」
「ふん、あたしのセンサーを舐めないで。
……これ、腐った気が混ざってる。古臭い、陰湿な、最低なニオイよ」
ハチはぴんと尾を立てると
迷いのない足取りで廊下の奥へとスタスタ歩き出した。
「ニオイの発生源、見つけてあげるわ。こっちよ!」
「ちょっと、ハチ!
……まあ、頼もしいダウザーがいると思えばいいかしら」
ナギは苦笑しつつ、装備を整え直した。
「……もう、完全に最適化されたチームだな、俺たちは」
後ろで隼人が朱雀の火を小さく灯しながら、不敵に笑う。
ナギも静かに頷いた。
「ええ。この先に、世界の『不具合』の根源があるわ。」
気導士と、朱の炎、黒き龍。そして小さな毒物探偵。
一行は、神殿の最深部――地下へと足を踏み入れた。




