第39話『玄武編』ナギの元へ
石の階段を上りきった神殿の前で、
隼人がくるりと肩を回す。
「よし……じゃあ、ナギんとこ行くか」
「うん。急ごう」
シオンは短く応え、指笛を鳴らした。
それに呼応するように、風が静かにうねる。
山陰から現れたのは――玄武の使い魔
漆黒の鱗をまとった、滑るように宙を行く龍。
次期神官であるシオンの相棒は
まるで水中を泳ぐように空を駆ける。
その後を追うように、空の上に朱の閃光が走った。
「っとと、来た来た!」
隼人の頭上を、朱の炎をまとった翼が駆け抜ける。
空気が一瞬、熱を帯びて震えた。
「おまえ、相変わらず派手すぎだろ」
「うるせー、朱雀は派手で上等なんだよ!」
燃えるように旋回する朱雀。
隼人はひょいっと跳ねるように背へ飛び乗った。
「じゃ、先行ってる! 遅れんなよ!」
「……騒がしい」
シオンがぼそりと呟き、黒龍の背に静かにまたがる。
水の気をまとう飛行は、
まるで空にそのまま抱かれているかのようだった。
朱雀が火の尾を引きながら進み、
黒龍がそれをなぞるように後を追う。
神殿の気がその旅立ちを静かに見送っていた。
* * *
診療所の白い屋根が見えてきたころ、
隼人が身を乗り出し、風に叫ぶ。
「おーい! ナギー! 来たぞー!」
「叫ばなくても聞こえるわよ。空、響くから」
そう答えたのは
診療所の前に立つ白衣の女性――気導士ナギだった。
「……隼人。久しぶりね」
ナギはその隣に立つ少年に目を向ける。
「そちらが、シオン?」
「おう。玄武の次期神官、シオン様だ!」
軽く手を振る隼人に、
シオンも黒龍から降りて近づく。
ナギに一礼し、話しかける。
「ナギさん、今日はご報告とお願いがあって。
神殿に『侵食』が起きています。
師匠のバイタルも、地脈の歪みに同期して凍りついている」
ナギはふたりを見比べて、小さくため息をついた。
「……それ、さっき届いたわ。龍王からの依頼書」
差し出された巻物には、王印がしっかり押されていた。
『玄武の神殿に毒気の侵入痕あり。
結界修復のため、至急調査されたし』
「で、ふたりが来た理由は、これ?」
「俺がシオンに呼ばれて、いろいろ話してさ。
どうせなら一緒にって」
ナギは肩を落としながらも、苦笑した。
「まったくもう。
二人そろって来られたら、行くしかないでしょ」
さっと旅支度を整えるナギの動きは、相変わらず早い。
白衣の下に診療用の軽装を着込み、
鍼筒と灸具、気脈診断盤、水筒まで腰に装備する。
「荷物、多くない?」
「これでも減らしたほうよ」
「……変わんねえな」
「変われるわけないでしょ。医者なんだから」
* * *
準備が整ったころ、診療所の玄関先にハチが現れる。
小さな肩をぷいっとそらして、不満げに言った。
「また、巻き込まれ事故案件?ラゼルがぼやいてたわよ。
中央を勝手に動かすなって怒られたんだって。」
ナギは肩をすくめた。
「ハチ。留守番、お願いね」
「……ふん。あんたが倒れたら後の掃除が面倒なのよ。
心配だから、私もついてくわ」
ハチはぶっきらぼうに言い放つと、ナギの鞄の隙間に器用に飛び込んだ。
診療所の窓から、ルカや弟子たちが手を振っていた。
「じゃ、行きましょうか――北の病を、治しに」
ナギとハチが乗るのは、青龍のカグヤが貸してくれている
小ぶりな蒼い龍――まゆ。
風が再び流れる。
朱雀、黒龍、蒼龍――三体の龍が空に集う。
次なる異変の地へと、一筋の風が吹き抜けて行った。




