第37話『玄武編』再会
呼び札は、音もなく燃え尽きた。
炎でもない。煙すら上がらない。
ただ、札に刻まれていた文字が――
一画ずつ、ほどけるように消えた。
その瞬間。
隼人の足元から、
重さが抜け落ちた。
(……え!?呼ばれたか?)
踏みしめていたはずの地面の感覚が、
ふっと遠のく。
落ちるわけでも、浮くわけでもない。
世界そのものが――
一枚、静かに裏返ったような感覚。
風もない。音もない。
けれど、冷たい。
それは温度じゃない。
気自体の冷え――
世界の奥底に潜む、静かな異常だった。
次の瞬間、足裏に硬い感触が戻る。
石だ。
湿気を帯びた、冷たい石畳。
隼人は、小さく息を吐いた。
「……着いた、な」
目の前に広がるのは――
朱雀の神殿でも、青龍の神殿でもない。
光が少ない。けれど、暗くはない。
壁面には、黒曜石のような鉱石が埋め込まれ、
淡い光をゆらりと返している。
それは照らすための光じゃない。
見張るための光だ。
――玄武の神殿。
地の底にひそむ、
世界の表と裏をつなぐ場所。
「……やっぱ、ここは静かすぎる」
そう呟いた瞬間。
「無駄に喋ると、余計なものまで拾う」
低く落ち着いた声が、すぐに返ってきた。
隼人は肩をすくめながら振り向く。
「……久しぶりだな、シオン」
そこに立っていたのは、
黒衣をまとった少年。
玄武の次期神官――シオンだった。
表情は相変わらず無表情だが
その瞳だけが、妙に鋭い。
「……来るの、早すぎだろ」
「呼ばれたからな」
隼人は軽く肩を回しながら、
焼け跡の呼び札を足元に見下ろす。
「呼び札、使ったんだろ?」
「……ああ」
シオンは視線を落とし、
隼人の足元をじっと見る。
「通路、乱れてなかったか?」
「逆に静かすぎて、不気味だったな」
その答えに、シオンはふっと息を吐いた。
「なら、成功だな」
隼人は眉をひそめる。
「成功って……」
「呼び札の通路が通れたってことは。つまり――
まだ世界は完全にデッドロック(閉塞)してないってことだ」
その言葉の重さに、隼人の表情が引き締まる。
「……師匠の具合は?」
シオンは少しだけ目をそらした。
「意識はある。目も開いてる。
でも――**気の流れが戻らない**」
「毒か?」
「……わからない」
短く返したあと、
シオンは拳を握りしめた。
「ただ……地脈の奥で、何かが滞ってる。
それが、師匠の体と、まったく同じ位置にある」
「……そっか。じゃあ、当たりだな」
隼人は、静かにうなずいた。
シオンはしばらく黙って、
やがてぽつりとつぶやく。
「だから、お前を呼んだ」
それは、あくまで淡々とした口調だったけど――
それだけで、十分だった。
隼人は少し笑って、
「信頼されてるってことで、いいか?」
と冗談めかして言ってみる。
「……信用してなかったら、
こんな危ない場所、通さない」
シオンの返答は、相変わらずストレートで、
そのくせ、どこか優しかった。
隼人は一瞬、朱雀の方角を意識して、
すぐにシオンのほうへ視線を戻す。
「中央にも、話は行ってる。
龍王から書状が来てるそうだ」
その言葉に、シオンの目がわずかに見開かれた。
「……やっぱり、全体の問題か」
「青龍も気づいた」
その一言で、
玄武の神殿に流れる空気が――一段、深く沈んだ。
四神のすべてが
同時にこの「静かなるエラー」を検知し始めている。
「じゃあ――」
シオンが神殿の奥、
地下へと続く階段を見やる。
「行こう」
「師匠のところへ」
その先には、結界の核と、玄武の“守り”の根幹がある。
隼人が一歩踏み出す。
ふたりの足音が、石の階段に静かに響いていく。
玄武の神殿は――
次の異変を、静かに待ち受けていた。
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