第27話 『朱雀編』隼人の悩み
朱雀の神殿は、常に高密度の熱をはらんでいる。
剥き出しの炎があるわけではない。
石畳の深層を流れる「火脈」が
祈りの声に同期して絶えず温度を変動させているのだ。
朱に染まった柱、天井を巡る導火の結界。
ここは火を畏れ、火をエネルギーとして変換し、生命を回す場所。
隼人は、その演算の核となる祭壇の端に立っていた。
今日は小規模な神事。
本来なら、火の流れをモニタリング(監視)し
異変を報告するだけで済むはずだった。
(……落ち着け。呼吸を一定に保て) 無意識に指先が震える。
胸の奥に走るノイズの正体は、自分でも分かっていた。
「隼人。気を散らすな。火は観測者の心拍にまで干渉する」
師の低い警告が響く。
顔も知らない、火の事故で失われたという兄。
「本来なら、お前ではなく兄がここを継ぐはずだった」
周囲の期待と落胆が
数年分のログとなって隼人の足を縛り続けている。
(兄なら、こんな迷いは持たなかったのか……?)
その微細な思考の揺らぎが
神殿のシステムに致命的な干渉を引き起こした。
火が、応えた。
祭壇の中心で、朱の光が指数関数的に増幅していく。
それは乱れではなく、隼人の迷い、焦り、隠してきた劣等感
――そのすべてを燃料として過剰に反応した結果だった。
「隼人――!」 師の声が飛ぶ。
次の瞬間、熱が空気を引き裂き、巨大な火柱が祭壇から噴き上がった。
祈りの陣が過負荷で軋む。止めなければ、抑えなければ。
そう思うほどに「兄ならどうしたか」という執着が火を煽る。
火は暴走しているわけではない。
ただ、出口を見失い、隼人という不安定な「核」を通じて
排熱しようとしているのだ。
「隼人! 離れろ!」 誰かが彼を救い出そうと腕を掴む。
だが、隼人はそれを反射的に振り払い、身を翻した。
自分がここにいれば、神殿を焼き尽くす。
自分こそが、この場所の「毒」だ。
熱風を切り裂き、外へと駆け出す。
待機していた朱雀の背へ、考える前に飛び乗っていた。
「行け……! どこでもいい、ここから離れろ!」
朱雀が一声、哀切を帯びた声を上げ、赤い翼を広げる。
背後で神殿の火が大きく揺れたが、隼人は振り返らなかった。
火は嫌いではない。むしろ愛している。
だからこそ、自分の不甲斐なさで
その純粋さを汚すことが、何よりも怖かった。
朱雀は、主人の行き場のない熱を抱えたまま
空のどこかへと加速していく。
熱を含んだ風の行き先――
それは、彼を「ただの隼人」として扱ってくれる、あの場所しかなかった。




