第19話 龍王さまから月イチ依頼きましたけど・・
気導士ギルド研究室の朝は、
いつも通りの「気の最適化」から始まった。
最初の患者は、重い土属性の魔力を扱いすぎて
腰のベアリング(関節)を痛めた魔法師。
次は、出力調整のミスで喉の粘膜を焼いた見習いだ。
「はい、深呼吸して。火の気が残留しているから、
水穴を刺激して排熱するわよ」
ナギの指示を受け、弟子たちがキビキビと動く。
香炉からは龍香草の落ち着いた香りが立ち上り、
中庭の噴水は一定の周期で水を刻んでいた。
――その、極めて安定した時間の中で、
ルカが受付に置かれた一通の封書に気づいた。
「これ……公式のパケット(封書)ですね」
「龍王直属局の紋章だ!
物理的な緊急フラグは立っていないようだけど」
イグナスが尻尾を揺らしながら解析する。
その言葉に、周囲の空気は一変した。
「先生! 龍王様からの直接指令ですよ!?」
「緊急要請じゃないんですか!?」
ざわつく周囲をよそに、
ナギは診療台の横で手を洗い、平然と封書を受け取った。
中身は、簡潔なシステム・ログのような文面だった。
《風の杜において、
地脈の流速に微細な違和感を確認。
現地の状況スキャンを求む。
なお、緊急性は低い。今月末までの対応で可とする》
読み終えたナギは、特に表情を変えることもなく
封書を診療棚の一番上に置いた。
「……了解。後でね」
「えっ、後で!?」
弟子たちの驚愕を、ナギはさらりと受け流す。
「はい、じゃあ次。
五十肩で可動域が制限されている人、こっちへ」
「いや、物語の流れ的に今すぐ行くべき場面でしょ……」
ハチが受付台で尻尾をゆらゆらと揺らしながら、
棚の上の封書を見上げた。
「どうせさ、放っておいても
現地に強制転送(派遣)されることになるんだから」
ルカが少し不安げに尋ねる。
「先生、風の杜……行かなくていいんですか?」
ナギは一瞬だけ、窓の外を流れる風のベクトルを見つめ、
静かに肩をすくめた。
「今は、目の前の『未病』を治すのが先決。
龍界全体の風がどうなろうと、
今ここで痛みを抱えている人の時間は、待ってくれないのよ」
「風は逃げないわ。
でも、患者さんの信頼は一度逃げたら戻ってこない」
そう言って、ナギはいつもの穏やかな、
けれど一切の妥協を許さないプロの顔で微笑んだ。
棚の上に置かれた封書は、静かにそこに留まっている。
だが、ナギたちが知らないところで、
「風の杜」の違和感は、ゆっくりと、けれど確実に
致命的な「システムエラー」へと肥大化し始めていた。




