第18話 朱雀に乗った少年は、研究室が気に入らない
久しぶりに晴れ渡った空の下。
診療所――改め「気導士ギルド研究室」の朝は、
静謐な薬草の香りに包まれていた。
ツクヨミは机に向かい、白虎の生体データと
「精神ログ」を同期させている。
「……灸反応、第三フェーズ完了。
白虎、昨夜のレム睡眠中に観測した夢の内容は?」
「……川を泳いでいたわ。とても穏やかな水流だった」
白虎がリラックスした様子で応じる。
「湿地という停滞した領域から、川という循環する領域へ。
……気の流れが定常状態に安定してきた証拠ね」
ツクヨミはペンを走らせ、
その知見を「気導士の教科書 黄龍の診療所編」へと書き加えていく。
その平穏を破ったのは、地鳴りのような熱風だった。
「……高エネルギー反応! 外部から熱属性の干渉を確認!」
ハチが耳を立てた瞬間、
中庭に朱色の翼が爆音と共に降り立った。
「おい!! ツクヨミ!!」
朱雀の背から飛び降りてきたのは、
短い赤毛を逆立てた少年・隼人だった。
「神殿の任務をスロットに放置して、何やってんだよ!」
「……隼人? 放ってはいないわ。
今はここで『生体調律』をラーニングしている最中よ」
「はぁ!? ラーニングだと!?
こんな……OSの言語すら通じなさそうな場所でかよ!」
隼人は研究室を見回し、香炉や鍼の山、
そして「机代わり」になっている白虎を見て絶句した。
「なんで白虎が……家具扱いなんだよ!」
「重心の安定性が高く、情報の共有効率が良いからです」
「そういう問題じゃねぇ!」
完全にパニックに陥ったイグナスとラゼルに、
ナギは静かに「鎮静効果のある薬湯」を差し出した。
「まずはこれを飲んで、血圧を下げて。
……彼は、怒っているんじゃなくて『心配』しているだけよ」
隼人はツクヨミに詰め寄る。
「お前……
前はこんな、不確実な場所に身を置くタイプじゃなかっただろ!
次期巫女としてのプライドはどうしたんだよ!」
「……あなたは、変わらないのですね。
感情の出力が分かりやすい」
ツクヨミの淡々とした言葉に、隼人は言葉を詰まらせた。
白虎がふっと鼻を鳴らす。
「坊や。昔から、あなたは心配がピークに達すると
音圧(声)が上がる。……相変わらず、冷却機能が弱いままね」
「ここは、誰かをシステムに縛り付ける場所じゃないわ」
ナギが湯気の向こうから、優しく、
けれど断固としたトーンで告げた。
「必要な人が、必要なだけ、
自分自身の『欠陥』や『可能性』に向き合う場所。
……ツクヨミさんは今、それを自分の意思で選択しているのよ」
ツクヨミは再び、ペンを動かし始めた。
「……隼人、作業の邪魔です。帰還を推奨します」
「っ……! また来るからな!」
隼人は悔しそうに朱雀へ飛び乗り、
熱い突風を巻き起こしながら去っていった。
「……嵐のような子ね」 ハチが呟くと、ナギは微笑んだ。
「ええ。でも、停滞していた空気をかき混ぜてくれる、悪くない嵐よ」
白虎は何も言わず、その広い背中を、そっとツクヨミの方へ傾けた。




