第17話 西の巫女、まさかの「現場研修」を志願する
診療所は今日も穏やかな「気」の出力に包まれていた。
――ただし、中央にドっかりと横たわる
巨大な「白の質量」を除いて。
「う゛ぅ……左の仙骨あたり、そこ、電圧(痛み)が走るわ……」
白虎が地鳴りのような声で唸る。
中身は完全に「腰痛に悩むベテラン」のそれだった。
「はいはい、動かないで。
今、深部の結節点を解除するから」
ナギは白虎の強靭な毛並みに指を沈め、
慣れた手つきで特製の長鍼を刺入していく。
「改めて思うけどさ」
ハチが棚の上で尻尾を揺らし、呆れたように告げた。
「龍界の守護システムである神獣が『腰痛』って、
バグ(不具合)にも程がない?」
「失礼ね。経年劣化と言いなさい。
これでも数千年の稼働ログがあるんだから」
白虎は不満げに鼻を鳴らしつつも、
ナギの鍼がツボを捉えるたびに、うっとりと目を細めた。
少し離れた場所で、ツクヨミはその光景を
静止画のように見つめていた。
瞬きひとつせず、ナギの指先のミリ単位の動き、
白虎のバイタル変化、そして空間の「気」の再構築を、
自身のメモリーに刻み込んでいる。
「……気になる? データの蓄積だけじゃ、
この感覚は掴めないわよ」
ナギがふと声をかけると、
ツクヨミは微かに肩を揺らし、静かに頷いた。
「はい。……白虎が痛みを訴えていたとき、
私の演算回路には『解決策』が存在しませんでした。
私はただ、機能不全を起こす彼女を見ていることしかできなかった。
……管理者として、失格です」
ツクヨミはおそるおそる近づき、白虎の腰に指先を伸ばした。
「……ここだけ、情報の流れ(熱)が停滞している」
「それが『未病』という名のバグ。
完全に壊れる前に、こうしてバイパスを通すのが私の仕事よ」
「……私も、その『手入力』を学びたいです。
理論ではなく、この温かさを」
ツクヨミの言葉に、一瞬だけ風が止まった。
「え、神殿のOSに鍼灸というアナログな拡張プラグインを
導入するってこと!?」
ルカが驚きに目を見開く中、ツクヨミは真っ直ぐにナギを見つめた。
「はい。次は、私が彼女を支えたい。
……システムとしてではなく、パートナーとして」
白虎の耳が、嬉しそうにぴくりと跳ねた。
ナギは使い終えた鍼を廃棄ケースに収めながら、即座に応じる。
「いいわよ。ただし、まずは基本の脈診から。
神殿の知識を一度初期化する覚悟はあるかしら?」
数日後、龍界・命継庁に一つの特例申請が届いた。
――西の神殿巫女ツクヨミ。
気導士ギルドにて『生体調律(鍼灸)』の基礎研修を希望。
龍王からの返答は、
通信ラグを微塵も感じさせない速度で返ってきた。
「……黄龍の診療所の管理下ならば、
何ら問題ない。許可する(面白そうだ)」
それ以来、診療所には銀髪の巫女が「研修生」として
出入りするようになった。
白虎の背に乗って現れる日もあれば、
ひとりで黙々と「脈の波形」を読み取る練習に励む日もある。
「……また来た。
本家のエリートが、すっかり現場に毒されてるわね」
ハチが呟く中、ナギはいつも通りに告げる。
「さあ、ツクヨミ。
今日は『内臓と感情の同期(五臓)』についての授業よ。
……ルカ、お手本を見せてあげて」
ツクヨミの気配が、
新しい「気」の巡りとして診療所に馴染んでいく。
それは世界を救う大きな変化ではなく、
誰かの隣で寄り添うための、小さくも尊いアップデートだった。




