50. 再び
アデリンが目を覚ました時は既に夕方近くなっていた。
あまり食べられそうになかったので、晩餐に参加するのをやめ、ミリーに部屋に運んでもらい軽食をいただいてから、アイザックの執務室へ報告をしに訪れた。
「お父様、今朝方、王宮の薬師のロンさんと一緒に薬を完成させました。ルイお兄様には既に渡してあります」
「ルイから聞いたよ。ほとんど寝ずに作ったんだって? 体調は大丈夫かい?」
「ええ、ありがとうございます。しっかり休んだので、大丈夫ですよ。そういえば、ルイお兄様のところにノアがいて吃驚しましたよ。お父様はご存じでしたか?」
アイザックはニヤリと笑うと、「ノアに会えたか」と聞いてきた。
「はい、会えましたが……まさか、ルイお兄様の政務を手伝っているなんて……」
「マーシャルについてきたノアが王宮図書館に出入りしていた時に出会って話が弾んだようでな。ルイ王子にとってはノアの知識や魔力の強さは魅力的だろう」
「ノアは、ルイお兄様はノアにとっての盾だといっていましたよ」
アイザックは笑い出した。
「なるほどいい例えだな」
アイザックも意味がわかっているようだ。アデリンだけがわからずなんだか面白くない。その心のうちを読んだのか、アイザックが笑いながら「そのうちわかる時が来るさ」と声をかけた。
「あの二人は、それぞれ自分に必要なものを知っている聡い子達だ」
結局アデリンには意味がわからないままだったが、ノアがルイ王子の側近になることをアイザックも賛成しているようなのでよしとしようと思った。
ルイ王子から命じられた薬の必要量の確認と、配布先の教会など、ノアはすぐに調べ上げたようだ。王宮騎士団の騎士たちが動き回り、必要なところへ薬を届けられたと報告を受けた。また、薬の効果も出ている様子でホッとする。
アデリンは王宮の薬師から話を聞いたり、王宮図書館で本を読み耽ったり、充実した日を過ごしていたが、なかなかノアに会うことはなかった。
ノアはほとんどをルイ王子の執務室で過ごしているようで、あれから会っていない。アデリンは毎日王宮図書館に通っているが、そこにもきていないようだ。
すぐそばにいるのが分かっているのに、なかなか会えないもどかしさが募る。
王都に春の訪れが聞こえてくる頃、アイザックから領地へ戻る話があった。そろそろと思っていたので、後ろ髪引かれるがやむを得ない。
ルイ王子が貧民街へ対して行っている施策も薬のおかげか順調に進んでいるようだ。ノアがそこに関わって頑張っていることがわかってアデリンは嬉しかった。
ケリー王妃やアン王女とのお茶会や王宮図書館に通う日々を過ごしていると、あっという間に帰る前日となった。最後の夜はエドワード王も出席される晩餐が開かれる。
アデリンはミリーに支度を手伝ってもらい、艶やかな銀色の髪をまとめてもらう。前髪を編み込み、真っ直ぐで癖のない後ろ髪はそのままおろす。ドレスは、春を告げる色にしようと薄い山吹色のドレスを選んだ。
アデリンを迎えにきたアイザックが支度ができたアデリンを見て目を細める。
「アデリン、今日も一段と美しいな。王都にきてからどんどん綺麗に成長して、領地に帰ったら皆が驚くだろうな」
「ありがとうございます。お父様もとても素敵ですわ」
アイザックの腕に手をかけながら、ダイニングルームへ向かう。
「お父様はこちらでのお仕事はもう片付きましたの?」
「ああ、ほとんど片付いたよ。最近ではルイ王子がしっかりと政務に取り組んでいて安心だな」
「ルイお兄様も頑張っていらっしゃるのですね……」
ノアもルイお兄様と一緒に頑張っている……私もまだ頑張らなきゃね……
「そういえば、王立学院を見学する機会を作れなかったな」
「大丈夫ですよ、お話はルイお兄様から聞きましたし、貴重な本をたくさん王宮図書館で読めたのですからとても楽しかったです」
「そうか、それならよかった。陛下もアデリンが開発した薬を感謝していらしたぞ」
「まぁありがたいお言葉ですわ。今回、土地によって簡単に手に入る植物が違うということを学びましたわ。とてもいい勉強になりました」
にっこりとアイザックに微笑むと、アイザックも嬉しそうに微笑みながら頷いた。
晩餐の始まりをエドワード王が告げる。
「今回アイザックとアデリンが来てくれたことに感謝する。アデリンが開発した薬はすでにルイ王子によって順調に必要な民に行き届いていると聞く。王家が一丸となり、この国の民を救うことができたことは、これからも起こるさだろう未知のことに関しても十分対処できるだろう。最後の夜だ、ゆっくり語り合おう」
エドワード王がグラスに口をつけ一口含んだ瞬間、エドワード王の手からグラスが滑り落ちた。滑り落ちたグラスから溢れた赤いワインが、グラスを追うかのように宙をゆらりと落ちていくのがアデリンに見えた。
はっと気づいた時には、エドワード王は床に倒れている。
アイザックの行動は早かった。素早くエドワード王の側に駆け寄り、呼吸を確かめる。ルイ王子の指示で使用人が薬師を呼びに走った。
エドワードが吐血する。ケリー王妃は倒れたエドワードの気道が詰まらないように、エドワードの頭を膝の上に乗せて声をかけ続けている。
アデリンは急いで顔色を失って呆然としているアン王女の元へ走り寄った。
王宮の薬師達が秘密裏に駆けつけた。処置がとられていく中で、薬師達はグラスに残っていたワインの香りを嗅ぎ、薬草鑑定士も鑑定魔術を行って原因を特定していく。
エドワード王は薬師達によって内密に部屋に運ばれた。部屋で今後は処置を行うようだ。
原因を特定していた筆頭薬師がアイザックへ説明を始めた。
「アイザック様、エドワード様が口に含まれた毒は、リシナスの可能性が非常に高いです」
その言葉を聞いた途端、アイザックの顔色が変わる。
「リシナスか……解毒の対応策はあるか?」
「今現在、リシナスを解毒できる薬は見つかっておりません。今回陛下は口に含んだだけで、飲みこんでいなかったことが幸いして命は落とされていませんが、今後の回復は難しいものになりそうです。今からできる限りの解毒方法を試みますが、時間の問題もあります」
「お父様、リシナスとはどういったものですか?」
「ああ、聞いたことがなくてもおかしくないな。植物由来の毒なんだが、強い毒性で解毒できるものがなくて余りにも危険なので、私たちの祖父の代でその植物を絶滅させたと聞いていた……」
解毒できないから絶滅させるなんて……そんなに毒性が強いんだ……。
「解毒方法がないって……ことは……陛下は……」
「何がなんでも薬師達に頑張ってもらわねば……ルイ、アン、この件は極秘扱いです。ここにいてこの件を知っている使用人たちを集め箝口令を敷きなさい」
気丈にケリー王妃が指示を出す。ルイ王子が弾かれたように部屋を飛び出していく。
「私は陛下の元へまいります。アイザック、あとは頼んでいいかしら」
「はい、承知いたしました」
ケリーは他の者に悟られないよう毅然とした様子で部屋を出ていく。
アデリンは心にふとよぎったことをアイザックに相談してみようと思った。
「お父様、ウィル様……精霊様の洞窟に行ってもいいかしら……。解毒薬がないのでしょう? 確実ではないかもしれないけれど、ウィル様の洞窟なら何か足掛かりになるものを見つけられるかもしれないわ」
アデリンの案を承諾するかどうか悩んでいるのだろう、アイザックの視線が中空を漂う。
「確かに……どんな些細なことにでも縋りつきたい状況ではあるが、どうやっていくのだ? ワイバーンか?」
「ノアがいます!」
アイザックが息をのんだ。
「ノアならワイバーンより早く飛べるわ。そして、光と闇の子の私たちが行った方が……可能性があるわ」
前回は二人で訪ねたのにウィル様に会えなかったことを思い出し不安が一瞬胸をよぎったが、今回は前回とは違うわ、と言い聞かせる。
「ノアと行く許可をください。何か持って帰ってこれるかはわからないけれど、私なりにできることをしたいの」
考え込んでいたアイザックは覚悟を決めたように、ルイ王子を見た。
「ルイ王子、娘にノアをお貸しいただけますか?」
ルイ王子はノアの先祖返りのことを知っているといっていた。アデリンとアイザックのやりとりで大体を把握したのだろう。ルイ王子は頷きながらアデリンを見つめる。
「少しでも可能性に縋りつきたい気持ちは私も同じだ。詳しいことは帰ってから聞く。ノアと行ってくれるか?」
「はい、もちろんです」
アデリンもルイの視線をしっかりと受け止め、頷いた。
ノアを呼びに行っている間、アデリンは侍女にマントを持ってきてもらい、薬師からリシナスの毒性について詳しい説明をしてもらった。
呼び出されたノアがダイニングルームにやってきた。急いで来たのだろう、頬が上気している。
ルイ王子がノアに簡単に現状を説明したようだ。ノアの琥珀色の瞳が大きく見開いたかと思うと、影がさし顔を俯けた。顔をあげたノアの瞳は鋭く力強い光を宿している。そして、ルイ王子に何かを伝え、ルイ王子も厳しい顔で頷いた。
何を話しているんだろう。
ノアと話が終わったのだろう、ルイ王子がアデリンを呼んだ。
「アディ、ノアには状況を説明してある。今から行けるか?」
「ええ、用意はできています」
「ルイ様、夜明けまでには戻ってこれると思います。戻り次第ご連絡します」
「ああ、何時でも構わない、呼んでくれ。頼んだぞ」
アデリンは不安そうなアンに声をかける。
「私にできることをやってきます。アン様は陛下とケリー様についていてあげてくださいませ」
アンは目尻に溜まった涙を拭うと頷いた。
ノアはアイザックに目礼し、アディに声を掛ける。
「さぁ行こうか」
アデリンはノアから差し出された手をぎゅっと握ると、二人は部屋の外へ駆け出した。
「ノア、どこで竜化するの?」
ノアに手を引かれ、走りながらアデリンは尋ねた。
人に見られてはいけない。しかし、まだ夜がはじまったばかりだから人の目が気になる。
「王宮に使われていない塔があるんだ。塔の一番上で竜化する。気配を消して竜化する。人に見られることはないから大丈夫だ」
アデリンの不安を察したのだろう。ノアは答えてくれた。
「この塔を上まで登るんだが、大丈夫か?」
ノアが心配そうにアデリンの顔を覗き込む。
「ええ、大丈夫。いけるわ」
勝ち気な笑みをアデリンは返して、長い階段を登り始める。
塔の上に辿りつくと、ノアはすぐに窓枠に足をかけ外へ飛び出しながら竜化する。アデリンも窓枠に足をかけ、外に身を乗り出すと、水竜が宙で羽ばたきながら待っていた。急いで、水竜との魔力を繋げ、通力を行う。
(ノア、飛ぶわよ)
アデリンは窓枠を蹴って宙へ飛び出した。風魔術を使って、上手く水流の背に乗る。
(乗ったわ。ウィル様の洞窟までお願いね)
水竜は静かに羽ばたくと王都の町あかりを避け、静かに北へと向かった。
(ワイバーンでは半日かかったわ。水竜だともっと早いはず。でもどのくらいで着くのかしら)
水竜の背から見る夜景は輝かしいものだったが、エドワード王が倒れた場面が何度も脳裏に蘇ってしまい、水竜の背の上を楽しむことはできなかった。
すでに絶滅した毒の薬草を使ってまで、王を害そうとした人はいったい誰なんだろう。
精霊の洞窟で必要な薬草をもらうことはできるのかしら……
アデリンが考え込んでいると、水竜が後ろを振り向いた。
不安な気持ちが伝わったんだろう。アデリンは不安を紛らわすために水竜の首元にぎゅっとしがみついた。
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