51. 安堵
左右の景色が瞬く間に流れていく。いつもより水竜の飛ぶ速度が早い。まるで疾風のように夜空を進んでいく。
1時間ほど経っただろうか、見覚えのある洞窟が見えてきた。
ノアが飛ぶ速度を落とした。洞窟の入口あたりの様子を見るように、羽ばたきながら中空に留まる。以前と変わらず、入り口には蔦や根がぎっしりと生えている。
アデリンは風魔術で《風刃》を発動させ入口の蔦を切ると、水竜の背中から大きくジャンプして飛び降りて洞窟の中へ飛び込んだ。持ってきた魔道具で灯をつけて辺りを照らした。
すぐにノアも洞窟の中に入ってくる。
「ノア」
思わずノアのそばに駆け寄る。ノアは優しくアデリンを受け止め、頭を撫でた。
「王宮で怖い思いをしたね。ごめんね。さぁ行こうか」
なぜノアが謝るの?
思わずノアの顔を見上げたアデリンに悲しそうに微笑んだノアは、アデリンの手を繋ぐと洞窟の奥に歩みを進めた。
くねくねとした道が続き、上がったり下がったりして20分ほど歩くと明るい光が見えてきた。その明るい光に向かって歩き続けると、岩肌に囲まれた天井が高く広々とした空間に出る。
不意に二人の前に青白い光の球がぽわっと現れた。
「ウィル様!」
アデリンは思わず呼びかける。ウィルが姿を現してくれたことにホッとする。
「ウィル様、ご無沙汰しております。今日は解毒作用のある薬草がほしくてやってまいりました。どうかエドワード王を助けてくださいませ」
「光と闇の子だね。君たちが洞窟に来たときに、そこに生えたものがあるよ〜」
ウィルの言葉で周りを見渡すと、地面に背丈の高い若木のような長い茎が根からまっすぐに生えた植物が見えた。ついている葉は、葉先に切れ込みが見えて特徴的な形をしている。茎は斑模様が入っていて、少し毒々しくも見える。
「ありがとうございます! 早速ですが頂いてもいいでしょうか?」
「いいけど、また闇の子の話を聞きたいな」
「私の話ですか。構いませんが……」
少しノアの声が低くなった。
ノアの顔近くに青白い光る球がふわふわと近づいた。そして、あっという間にノアの全身を青白い炎が包み込む。しばらくすると、ノアを包んでいた炎が消えて青白い光る球はノアからふわふわ離れていった。
「ふ〜ん、わかった。だからあの植物が生えたんだね。闇の子の足掻きは嫌いじゃないよ」
ノアはウィルの言葉にハッとしたようだった。
色々ウィルに教えてもらいたいことはあるが、まずは陛下に持っていかないと。
「ウィル様、初めて見たのですが、こちらはどんな植物なんですか?」
ウィルに尋ねると、青白い光の球の精霊はちかちか瞬きながらその植物の近くを浮遊する。
「ヘルゴンだって。根茎が薬になるみたいだよ。解毒作用があるみたいだ」
「ありがとうございます! 早速持って帰らせていただきます!」
アデリンとノアは根を痛めないよう、ヘルゴンの根の周りの土を魔術で掘り起こした。二人が持って帰る準備が整った様子を見届けると、ウィルは数度瞬くと消えた。
「ウィル様ありがとうございます!」
アデリンは宙へ声をかけ、ノアとともに急いで洞窟の出口へと向かった。
洞窟の入り口までノアがヘルゴンを持ってくれていたが、帰りはアデリンが水竜の背の上で抱えていくことにした。
ヘルゴンを改めて手に取ると、解毒剤になるヘルゴンをどうやって処方すればいいのか考え始めてしまい自分にできるのだろうかと不安も押し寄せてくる。
「アディ、王宮へ戻ろうか。どうした?」
ノアの瞳にはきっと不安な表情のアデリンが映っているだろうと思うと、ノアの顔が見れない。
「アデリンなら大丈夫だ。女神様も精霊様もついている」
アデリンの不安を感じ取っただろう、ノアの優しい声音を聞くと、アデリンは思わずノアにぎゅっと抱きついた。ノアの身長はアデリンの感覚よりもさらに高くなっていた。ノアから抱きしめ返されるとすっぽりとアデリンは包み込まれた。
頭上からノアの優しい声音が響いてくる。
「大丈夫だ。薬師の方もいる。アデリン一人だけじゃない」
「ノア、ありがとう。少し落ち着いたわ」
体を離すとノアが優しく微笑んでいた。
「戻りましょうか。ノアはまだ飛べる?」
アデリンの言葉にノアは頷くと、洞窟の入口から宙へ踏み出し竜化した。
帰りも1時間ほどの飛行時間で王宮へ戻ってきた。王宮に着くと、急いでルイ王子の執務室へ向かう。
夜更けだというのに、やはりまだ起きてアデリン達を待っていたようだ。
「ただいま戻りました」
ノアの言葉に疲れが見えるルイの顔が少し明るくなる。
「よく戻ったな。どうだった?」
「はい、精霊様から解毒作用があるお薬を作れる植物を頂きました。ヘルゴンというものです」
アデリンが植物を見せる。
「初めて見る薬草なので、薬師の方と一緒に解毒剤を作りたいと思います。精霊様からは根茎が薬剤として使えるとは伺ったのですが……」
「精霊様が……ありがたいな」
「ルイお兄様、陛下のお加減はいかがですか?」
「まだ意識は戻られていない。容体は依然として変わらないままだ。母上がついている」
「……ルイお兄様、私はヘルゴンを薬師の方のところへ持って行ってもよろしいでしょうか」
「ああ、疲れているところすまないが、よろしく頼む。今はそれしか希望がないんだ。薬師の皆も部屋で待機しているはずだ」
唇を噛み締めてアデリンを見つめるルイ王子に、アデリンは頷くしかなかった。
「はい、尽力して参ります」
「ノア、アディを薬師の部屋まで送ってくれ。その後、報告を頼む」
「はい、承知いたしました」
ノアはルイに一礼をすると、アデリンと一緒にルイの執務室をでた。
ノアは、アデリンが持っているヘルゴンをさっと貰い持つと、アデリンの背中に手をあてそっと誘導する。
「こっちだよ。体調は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。早く作らなければね。……女神様とウィル様のお力を借りて、きっと薬はできるわよね」
「アディのこと信じてるから、思うようにやってみて」
ノアは薬師の部屋のドアをあける前に、アデリンに優しく囁いた。
薬師達はルイが言ったように、リシナスの毒性を研究し解毒剤を開発すべく動いていた。アデリンが持ってきたヘルゴンを見て、薬師達の瞳が輝く。どこで採取したかは皆には言えないが、ルイ王子からこの植物で解毒剤を作るよう指示があったといえば、皆は目の前の新しい薬草に夢中になり、出どころは聞かれなかった。
根茎が薬剤として使える話を伝えると、薬師達はすぐに様々な抽出方法を試して試薬を作っていく。それを薬剤鑑定士が鑑定していく作業が続いた。
夜が明けようとする頃、ようやくリシナスの毒性に効果がでる薬が完成した。
「アデリン様、陛下の元へまいりましょう」
筆頭薬師が声をかけ、二人で陛下の部屋へ急いで向かう。他の薬師がルイ王子に報告に行ってくれたようだ。走ってきたルイ王子とノアとエドワード王の部屋の前で出会った。
「アディ」声をかけてきたルイ王子に、アデリンは頷いてみせる。部屋へ入るとベットに青白い顔をして横たわっている陛下の姿が目に飛び込んでくる。ベット脇にはアイザックとケリーがエドワード王に寄り添っていた。
「母上、薬を持ってまいりました」
筆頭医師がヘルゴンを粉末にした薬をエドワードに飲ませるべく、横たわっている体を持ち上げようとしていたので、アデリンも手伝う。背中にクッションを敷き詰め、エドワード王の上半身を起こした。
脈を測っていた薬師が、ルイ王子に現状を説明する。
「呼吸が速く、まだ意識が戻っていらっしゃいません。胃の中へ毒物が入っていないので口内の洗浄のみを行いましたが、なにぶん毒性が強いリシナスなので今後どう容体が変化していくのか読めない状況です」
筆頭薬師があとを続けた。
「アデリン様が持ってきてくださったヘルゴンという植物の根茎を調べ、粉末で内服するのが一番効果が早く出ることがわかりました。試薬で鑑定したところ、強い毒性を緩和できるはずです。この薬を服用し続けて頂くことが現状では最善の方法です」
報告を聞いたルイ王子は、ケリー王妃を向き「よろしいですか」と尋ねた。
ケリー王妃は頷き、アイザックを見る。アイザックも頷き返した。
ルイ王子が再度筆頭薬師を見据え、「頼む」と一言呟く。
薬師達がエドワード王に薬を飲ませる。意識がないため、粉薬を水に溶かしたものをエドワード王がむせたり、こぼしたりしないよう上手に飲ませていた。
息をつめて様子を見守っていると、エドワード王の呼吸が徐々に規則正しくなり、頬に赤みが少しずつ戻ってきているのがわかった。
脈も異常なく、呼吸が正常になったと薬師の見立てを聞き、ほっと安心して横にいたアイザックにもたれかかる。
「アディ、峠は越えたようだ。あとは私とルイがお側についているからお前は休みなさい。顔色も悪い」
アイザックとルイ王子から一旦アデリンは休むように促され、一度退室することにした。
ケリー王妃が「アディ」と呼び止める。アデリンがケリー王妃の元へ行くと、目に涙を浮かべてアデリンの手をそっととった。
「本当にありがとう」
「勿体無いお言葉です。ノアが連れていってくれたから間に合ったのです。私は王宮の薬師の方達の手伝いをしただけですわ。女神様と精霊様のご加護もありますから、陛下は元気なお姿にすぐに戻られますよ。ケリー様もどうか休んでくださいませね」
「そうね、陛下を信じるわ。私はそばについています。アデリンは気にせず部屋へ下がりなさい」
顔色がすぐれないケリーだったが、微笑んだ瞳には力強い光があった。
「ノア、アディを部屋まで送ってくれるか」
アイザックがノアに声をかける。
「はい」と答えたノアは、アデリンを誘導して部屋を後にした。
「ノアもソーラス領地まで飛んで疲れたでしょう? 大丈夫?」
「ああ、俺は……長距離は慣れているからな、大丈夫だ。アデリンは顔色が悪いよ、何かあったら呼びにいくからゆっくり休んでほしい」
「ええ、そうね……少し休ませてもらうわ。ノアも無理しないでね」
アデリンの部屋の前に着くと、ノアが絞り出すような掠れた声でアデリンに囁いた。
「解毒薬を見つけてくれてありがとう。本当にありがとう……」
アデリンが驚いてノアを見上げると、熱を持って潤んだ琥珀色の瞳と視線が絡む。
「アデリンにいつも助けてもらってばかりだ」
「まだ完全に回復されるかはわからないから怖いわ……」
「いや、大丈夫だ。正常な魔力の流れを感じた。陛下はすぐに回復されるよ」
瞳を瞬いたアデリンを認めると「水竜の力かな、人の魔力の流れがわかるんだ」と呟いた。
「アデリンは魔力が流れが弱くなっている。疲れているからだろう。ゆっくり休んでほしい」
ノアは瞳をそっと綻ばせると「おやすみ」と囁いて、戻って行った。
部屋に戻ったアデリンは思わずベットに倒れ込む。
長い夜だった。ソーラス領にノアと戻ったことが遠い過去のように感じられる。
どうか陛下が目を覚ましますように……と祈っているうちに深い眠りが訪れた。
アデリンが目を覚ましたのは太陽がだいぶ高くなってからだった。慌てて着替えてからルイ王子の執務室を訪ねるとルイ王子とノアはいつも通りの様子で執務を行っていた。
「ルイお兄様、陛下は……」
人払いをしてから尋ねるとルイ王子はにこやかに微笑んだ。
「陛下は目を覚まされたよ。薬師の見立てでは、特に問題もなく順調に回復しているようだ」
「本当によかった……」
アデリンはほっと安堵の息をついた。
「ここからも機密の話だが、下手人を捕まえた」
はっとして、思わずルイ王子を見つめる。ルイ王子は端正な顔を歪ませて吐き出すように言葉を続けた。
「毒味係をしていた使用人だ。騒ぎの間に自決していたよ。陛下を害そうする時点で重罪だ。未遂になったと言えども覚悟していたんだろうな。その使用人は信頼が厚い者だった。何かしら脅されたり弱みを掴まれていたのかもしれないが……引き続き私の方で調査を進めることにした」
淡々と伝えられた内容にアデリンは衝撃を受けていた。
蒼白になったアデリンを安心させるよう薄く微笑んだルイ王子は自嘲気味に笑った。
「これが王宮なんだよ。魑魅魍魎が渦巻いている。だからこそアイザック様と陛下の仲が良いことは無用な争いが少しでも減ってくれて助かってもいるんだ。今回陛下が狙われたことは極秘扱いだ。陛下の体調が戻るまでは、アイザック様は王都で陛下の補佐をしてくれると聞いている。アディも残ることになるが、大丈夫か?」
「はい、もちろんです。……ルイお兄様は大丈夫ですか?」
「ああ、ノアがいるしな。頼りにしているよ。私も陛下の容体が戻られるまで王宮学院には行かずに王宮で政務を行う。アディも何かあれば、遠慮なく私に言ってくれ」
ルイ王子の端正な顔に疲れが見えているが、眼光は鋭い。
上に立つ者の覚悟を感じる。
「はい、ありがとうございます」
ルイに挨拶をして部屋を出たアデリンをノアが追ってきた。
「アデリン、少しいいかい?」
ノアは春の花々が溢れる中庭の東屋へアデリンを誘った。
「少しだけ話しをしていかないかい」
「ええ、もちろんよ」
花が綻んだようなアデリンの笑顔を眩しそうに見つめながらノアは言葉を口にした。
「俺は暫く王宮を留守にすることになる。アディに暫く会えなくなるが……無茶はしないでね」
「そうなの? いつまでいないの?」
「すまない、詳しいことはアディにもいえないんだ。でも、アディに何かあれば絶対に飛んでくるから」
目を見開いたアデリンを見つめるノアの瞳は苦渋が見える。
ルイ王子からの指示なのかしら。
ノアにまた会えなくなるんだ……
一気に寂しさが押し寄せてきて胸が苦しい。
「わかったわ。気を付けていってきてね」
弱々しいながらも微笑みを浮かべてアデリンはノアを見上げる。
「ああ、戻ったらアディのところに行くから待っててほしい」
ノアは、アデリンの髪を一房取ると口元へ近づけ唇を落として、囁いた。
立ち寄ってくださってありがとうございます。
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