49. 完成
王宮でのアデリンの日々は忙しいものに変わった。
アイザックからソーラス領地の貧民街の対策について話を聞いたルイ王子が、王都内の貧民街の現状を改めて調べたところ、王都でも同じように栄養素不足で手足がむくんだり、起き上がれなくなっている人が少なからずいたようだ。
ルイ王子から依頼を受け、王宮の薬師達と薬を作ることになった。
ソーラス領地で使っていたエボディアの実や蜜の材料が王宮では手にはいらない。献上したエボディアの実や蜜を王宮の薬草鑑定士が調べ、似たような効果を得られるものがないか試薬を作り続ける毎日だった。王宮図書館に入る許可も貰え、時間があれば本を読み耽った。
ノアにはあれから一度も会っていない。もしかしたらあの時間が夢だったのではないかとも疑ってしまう。
ソーラス領の所長と手紙で相談のやりとりをしているときに、王都内で簡単に手に入り民間薬としても広まっている薬草を教えてもらった。
「リキウムの在庫はどのくらいありますか?」
王宮の薬師のロンに訪ねると、質問に驚きながらもたくさんあると教えてくれた。ロンは今回アデリンの手伝いをしてくれる、気の優しい青年だ。
「山地では自生しないものですからアデリン様には馴染みがないかもしれませんね。平野の王都であればそこらへんに生えてますよ」
リキウムは民間でも栽培が盛んなようで、市井の人々にも親しまれているようだ。
リキウムを改めて薬草鑑定してもらうと、実、根、葉に薬効があり、貧民街で多い病から回復するための必要な栄養価が高かった。
民間では乾燥させた実や葉をお茶にして飲んでいるようだ。
「手元に乾燥したリキウムの実や葉がある方へは、お茶を飲んでもらうよう啓発していくしかないかもしれませんね。問題は手持ちがない方や重症の方ですが……実がなる時期ではないので、根と葉でお薬を作れないでしょうか」
「根と葉ですか……これらもまた、お茶としてしか使ってないですからなぁ……」
「お茶ですか……抽出されたものでも栄養価は変わらないですか?」
「リキウムのお茶に関して言えば、お茶でも十分栄養価がありますよ」
「それでは……試してみたいのですが……以前ラベンダーから精油を取り出した方法でやれないかと思うのです」
風魔術でリキウムの葉と根を乾燥させ、火魔術で葉と根の周りの空気を圧縮させて精油を抽出してみる。実は甘い香りがするが、葉と根はどうだろう……と心配していたが、問題なく抽出でき香りも実ほどではないが、ほんのりと甘味がある香りだった。
「精油、うまく取り出せましたね。ここからどうしますか?」
「この精油の鑑定をお願いしている間に、蜂蜜の代わりになる安価で手に入りやすいものを探したいと思います」
「代わりですか……」
ロンはしばらく思案していたが、思いついたようにアデリンへ提案した。
「代案探しにひとまず料理長のところへ行ってみましょうか」
ロンと一緒に料理長のところへいき、安価で大量に手に入りやすい甘味があるか聞いてみた。
「それなら、麦芽糖がいいかもしれませんね。味は保証しませんが。ちょうど今、さつまいもで作った麦芽糖があります。少し持って行かれますか?」
味見をさせてもらうとかすかに芋の香りを感じる。甘味があるドロッとした液体だった。
夏はとうもろこしで作るそうだ。
ロンから麦芽糖について説明してもらいながら薬師の部屋の戻る途中、廊下で出会ったルイ王子に呼び止められた。振り返ったアデリンは、手に持っていた麦芽糖の瓶を落としそうになった。
「ルイお兄様、……ノア……」
「呼び止めてすまなかったな。ノアは今、私の政務を手伝ってもらっているんだ」
未来の側近候補ってことかしら……
「アディとはソーラス領地で一緒だったんだろ? 久しぶりに合うのではないか?」
「はい、その通りです。アディ、久しぶりだね」
まるでこの前の夜はなかったかのように、爽やかな笑みを浮かべ挨拶をしてくるノアに困惑しながらもアデリンは「ええ、久しぶりね」と話を合わせた。
「アディはどこへ行っていたの?」
ルイ王子から尋ねられると慌てて意識を戻して答えた。
「料理長から麦芽糖をお裾分けしてもらったんです。お薬に使えるかと思って」
「へぇ、麦芽糖? 薬に使えるのか? 思いもよらないな」
「お薬が苦い時に糖衣にして甘味を使えるのですよ。今回使えるかわからないのですが、試薬で試してみたくて」
「アデリン様は発想が豊かです。王宮では試したことがない方法で試薬を作っていてお側にいて楽しいですよ」
ロンが楽しそうにルイ王子へ報告をしている。ノアをこっそり見上げると柔らかな表情でアデリンを見つめていた。
「ルイ王子、そろそろお時間です」ノアが声を掛ける。
「わかった。アディ、また試薬ができたら教えてほしい。頼むな」
「はい」
ノアは口元を少し緩めてアデリンに微笑むと、ルイ王子と一緒に執務室の方へ消えていった。
呆然とした気持ちで二人を見送ったアデリンは、気を取り直してロンと一緒に薬師の部屋へ戻った。
「精油の鑑定結果が出ましたよ」
薬師の部屋に戻ると声をかけられる。
「どうでしたか?」
「葉と根を乾燥させて粉末にしたものより、精油の方が、リキウムの良さを全て余すことなく残せます。滋養強壮以外にも解熱や疾患にも効くようです。もちろん、今回の目的の栄養素もしっかりと残っています」
興奮したように薬草鑑定士が報告をしてくれル。
「素晴らしい発見ですよ。精油にするなんて試したことがなかったし、材料は王都でいつでも得られます。身近にありすぎて見逃していました。アデリン様のおかげです!」
「それはよかったです、あとはどうやって薬にするかですね」
「精油なので、そのまま口に入れるのは濃すぎますね。水で薄めてのむ、としても味が飲みにくそうです」
「厨房から麦芽糖をもらってきました。麦芽糖も必要な栄養素が入っていそうなので、飲みやすくするための組み合わせとしてうまくいくと思うのですが……試してみてもいいでしょうか」
王宮の薬師の了承を得ると、ロンと一緒にリキウムの精油の鑑定結果をみながら麦芽糖の配合を試していった。
「できた!」
リキウムの精油と麦芽糖の割合を試し、薬草鑑定士に鑑定をしてもらっては、一番効果的で安価にできるものを目指した。
ようやく納得のできる配合を見つけることができたのだ。
「アデリン様、ようやくできましたね〜」
「ええ、ロンさん、色々と助けてくれてありがとう。早めに出来上がってよかったわ。早速、ルイお兄様へお伝えしなくてはいけないわね」
ルイ王子へ面会を申し入れると、すぐに了承の連絡がきた。
「すぐに会ってくださるとは思わなかったわね。それだけ、この薬を急いでいるのね」
ロンと慌てて、ルイ王子の執務室へ向かう。
向かう途中で、アデリンは大事なことに気が付いた。
ルイ王子の執務室には、政務を手伝っているノアはいるのかしら。
薬作りの時は、ノアのことを考えないように心の奥に閉じ込めていた。
会えるかも知れないと思うと、一気に想いが溢れてくる。
どうしましょう。私、身だしなみも整えていないわ……
薬作りに熱中しすぎて、昨夜は夜遅くまで、今朝は早朝からロンと試薬を作り続けていた。
羞恥心が一気に襲ってきた時には、すでにルイ王子の執務室の前だった。
止める間もなくロンが扉をノックをすると、すぐに中からノアが扉を開けた。
「中へどうぞ」
ノアが促すので、アデリンは覚悟を決めて執務室の中へ入る。
あまり見ないでほしい、との思いから少し俯き気味だ。
執務机で仕事をしていたルイ王子が、アデリン達の姿を認めると席を立ち、二人に応接ソファに座るよう声をかけた。
ルイ王子も向かい側のソファへ腰をかける。
ノアはお茶の用意を依頼しに出ていったようだ。
「薬が完成したと報告をもらって、すぐに話を聞きたいと思ったんだ。お疲れのところ申し訳ないね」
ルイ王子が優しくアデリンに微笑む。
「いえ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ロンが持っていた試薬の瓶を、ルイ王子の前においた。
「こちらがロンさんと一緒に作った試薬です。ソーラス領で使用したエボディアの薬木の材料が手に入らないので、今回は王都で手に入れられるリキウムを使用して作ってみました。エボディアには及びませんが、冬にみられる栄養の偏りによる病には十分効果があると思われます」
瓶を手にとったルイ王子は、中の液体を見つめている。
アデリンとロンは、リキウムの精油を作ったこと、麦芽糖を使用した経緯を説明した。
「なるほど、これはどうやって飲むんだい?」
「麦芽糖は水ですぐに溶ける性質を持っています。コップ1杯の水に小さなスプーン一杯の薬を溶かして飲むのです。甘いので子供でも飲みやすいかと思います」
「なるほど。民が瓶を持って教会にきてくれれば配りやすいな」
「ただ気をつけなくてはいけないのは、麦芽糖はとりすぎると体に不調をきたします。飲みすぎないように気を付けなければなりません。量を多めに渡すのは避けたいところです」
「そうか……水で溶けるのであれば、教会で溶かしたものを飲ませた方が管理がしやすいな」
暫くルイ王子は考え込んでいたが、執務室に戻ってルイ王子の後ろに控えていたノアに、取り急ぎ薬が必要な量の確認と配布する教会を選定するよう命じた。
ルイ王子は優しい光を湛えてアデリンに向き直る。
「ずっと薬を作り続けていたのか? あとは私達に任せて、ゆっくり休んでくれ。必要なら晩餐も部屋へ運ばせよう。ロンも今日は休んで良いぞ。二人とも寝てない顔色だからな」
思わず、ロンと顔を見合わせる。
確かに薬の完成に興奮して疲れが吹き飛んでしまった感じがするが、見合わせたお互いの顔色は確かにあまり良くない。
「ご配慮ありがとうございます。それではお言葉に甘えて下がらせていただきますね」
席を立とうとすると、いつの間にかノアが横にきて手を差し出してくれていた。
「そうだ、ノアがアディを部屋まで送ってくれないか。先ほどの件はアディの部屋から戻ってからでいいから」
思わずルイ王子の顔を見ると、悪戯な輝きの瞳がノアをみていた。
ノアは顔色ひとつ変えずに「かしこまりました」というと軽く一礼をした。
執務室を出ると、緊張から解放されたからかロンが一つ大欠伸をして「じゃ僕はこれで」とアデリンに声をかけ、ノアに黙礼すると先に戻っていってしまった。
「アディ、部屋まで送るよ」
ロンの後ろ姿をぼんやりと見ていたアデリンは、我に返ってノアを見上げた。
「お願いしていいのかしら」
ルイ王子から命じられた仕事もあるのに、ノアの時間を割いてしまっていいのだろうか……。
「ああ、もちろんだよ。さぁ行こう」
ノアがアデリンに手を伸ばす。アデリンが手を重ねると、ノアは自分の曲げた肘へアデリンの手を持っていき歩き出した。
「アディ、昨夜は寝てないんでしょ?」
ぎくっとしてノアを見る。
「やっぱりわかる?」
冷や汗が出てきた。令嬢として落第点かしら……やっぱりミリーに言って身だしなみを整えてこればよかったわ。
「顔色が悪いよ。朝ご飯は食べた? 厨房に言って何か食べるものを用意させようか?」
「だ、大丈夫よ。昨日から集中しすぎてしまったから疲れただけよ。少し休めば大丈夫だわ。それよりもノア、びっくりしたわ。いつの間にルイお兄様の側近になったの?」
「父についていた時に何度かご挨拶をしたことはあったんだ。偶然、王宮図書館でお会いした時に、初めて深く話すことができる機会があって……そこでお互いが相手に自分の必要なものを見つけたってわけ」
「必要なもの?」
よくわからない……けれど……。
「ノアが望んでルイお兄様のところにいるってことでいいの?」
「ああ、俺が望んだ。だから心配いらないよ」
「ルイお兄様はノアが……竜化できることはご存じなの?」
「姿は見せていないけどな、話は伝えたよ」
「そうなのね……」
ノアを受け入れてくれる人が増えることはいいことだ。
「ノアが必要なものはなんだったの?」
ノアがアデリンを向いた。熱を持って光る琥珀色の輝きがアデリンを捉える。
「俺にとっての盾、かな」
盾? 話が見えずに瞳を瞬くアデリンをみて、ノアは楽しそうに笑った。
「わからなくていいよ。とにかく俺は大丈夫だから。アデリンは薬作りを頑張ったんだから、よく休んでね。無理をしないって約束しただろう?」
ノアの優しい声音に、アデリンは頷くことしかできなかった。
アデリンを部屋まで送り届けると、ノアは爽やかな笑顔を見せてルイ王子の執務室へ戻っていった。
「お嬢様、ノア様にお会いできて驚きました。よかったですね」
ミリーも驚いていたが、嬉しそうでもあった。
「ノア様がおっしゃっていたように、今日はまずお休みください。先に何か召し上がりますか?」
「お腹は減ってないから大丈夫よ。ありがとう。少し横になるわ」
薬ができた安心感が胸を満たす。
瞼が重くなってきたアデリンはベットに横たわるとすぐに微睡の世界に入っていった。
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