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48. 再会

エドワード王一家とアイザック、アデリンでの晩餐がはじまった。

エドワードとアイザックは元々兄弟仲がよく、和やかな親族団欒の時間となった。

ルイ王子から王立学院の話を聞いたり、アデリンの魔獣討伐の話をしたり話題に困ることはなかった。

デザートの後のお茶が各自に配られると、エドワードは人払いをした。


「アディ、この場で女神様や精霊様のことを教えてくれるか?」


エドワードがアデリンを真っ直ぐ見つめて話を切り出した。

アイザックを見ると頷いたので、アデリンは居住まいをただしてから話を始める。


薬草採取に行った際に、洞窟を見つけたこと。そこには、気まぐれな精霊と言われるウィルオウィスプがいて、訪れた人が本当に必要としている薬草が生えると言われていること。初めてアデリンが行った時は洞窟内に薬草は生えなかったが女神様からラベンダーをもらったこと、ラベンダーのお礼に行った時にエボディアの木をもらったことを伝える。


「アデリンはその精霊にあったんだね。どんなお姿だったんだい?」


「青白い光を放ち浮遊する球体の精霊様でした」


「女神様にはあったのかい?」


「いえ、女神様には会えなかったのです」


「アディお姉様は女神様と精霊様に愛されているのですね」


うっとりとアン王女がアデリンを見る。


「いいえ、アン様、違うのです。私と一緒に行った人が闇の属性を持っていて……女神様は光属性の私と闇属性の人が一緒にきたのが嬉しかったようです。……精霊様も闇属性の方の話がお礼になると言っていました……」


「話がお礼に?」


「はい、精霊様が近づくと青白い光がそのかたを包み込み、それで話を聞いたとおっしゃっていました。本人は何も感覚はなかったそうです」


「その方は……」


ケリー王妃が尋ねてきた。

アイザックをまた見ると頷いている。

水竜の話をしなければいいのかしら……


「オルフェー侯爵のご子息のノア様です」


ケリー王妃は一瞬考えたあと、「ルイ王子のところにいる方ね」と呟いた。


「ルイお兄様のところに?」


思わずアデリンが聞き返す。エドワード王がケリー王妃へ説明をする。


「ああ、ルイのところで仕事を学ぶと言っていたよ。この前挨拶したな。そういえば、アディと同い年だったな。彼も来年、王立学院へ入る予定だと聞いた」


「ええ、彼は優秀ですよ」


ノアが王宮にいる、その言葉に心が奪われてしまい、会話に集中できない。


「オリビア様の薬もアディが作ったのでしょう? オリビア様も王都に滞在されていて、一度お茶をしたことがあるの。ソーラス領で薬を作ってもらったと聞いたわ」


「ええ、ケリー様。そうなのです。先ほどお話しした、精霊からもらった薬木の蜜を使ったお薬をお渡ししています。オリビア様はお元気でいらっしゃいましたか?」


「ええ、とてもお元気だったわよ。お薬が効いているのね」


良かったとアデリンは胸を撫で下ろす。


「エボディアの実と蜜を使って作ったお薬は病を持つ貧民街の方へ作りました。討伐や遠征の時に持ち運びができる、一時的に魔力を回復させる薬はオリビア様のお薬を作っている中でできたものです。そちらとエボディアの花の蜜を、それから女神様より頂いたラベンダーで作ったサシェもお持ちしております。是非お試しくださいませ」


そういうとアデリンはにっこりと微笑んだ。


食後にアン王女やケリー王妃からサロンでお茶のお誘いがあったが、ノアが王宮にいる話で胸がいっぱいだったアデリンは、移動の疲れを理由に下がらせてもらった。


一人になりたかったアデリンは、ルイ王子やアイザックのエスコートを断って一人で北棟に向かっていた。

北棟に向かう途中、花で溢れた中庭が目に入った。

気持ちを落ち着かせてから部屋へ戻ろう思い、アデリンは中庭へ足を向けた。北のソーラス領地よりもだいぶ南にある王都では、もう春の花が咲き始めている。


春の花に囲まれた東屋のベンチに座り、先ほどの会話を思い起こしていた。

ノアがルイ王子の元で働いていると知らされていなかったことを悲しく思うと同時に、ノアからは手紙が届いていなかったことを思い出した。心臓が掴まれたように重く痛くなる。


会えるかしら、でもノアは私に会いたくないのかもしれない。


アデリンはドレスの中に仕舞っていた魔石を胸元から取り出した。少し魔力を通すと、魔石は淡く琥珀色に光る。その輝きを眺めながらベンチの背にもたれかかった。

暫くアデリンはぼんやりと魔石を見つめていると、どこからか地面を踏む音が聞こえた。

一瞬で緊張したアデリンは周りを見渡す。すでに日は落ちて、夜の初め頃だ。アデリンの脳裏に拐かされた時の記憶が明滅する。


落ちていた枝を踏んだ音が生垣の向こうから聞こえた。アデリンは何があってもすぐ対応できるよう、魔力を身体中に張り巡らせ、意識を集中させる。

生垣から走ってくる足音が聞こえたかと思うと、花で溢れた中庭に飛び出してきた人物の姿を認めた途端、アデリンは背中を向けて走り出した。


「アディ!」


懐かしい声が聞こえる。なぜ自分が逃げたのかすらわからないけれど、足を止めて振り向くことができない。

慌てて足がもつれてしまい転びかけたところを、後ろから腕を掴まれて抱き止められた。


「は……離して」


身体が震えて上手く発声できない。さっきまで張り巡らせていた魔力も消えてしまった。

アデリンを抱き止めた人物は、アデリンの震えに気づくとそっと手を、体を離した。


「アディ」


悲しい声音が聞こえる。そんな声をさせたいわけではないのに。

黙って俯いたまま、震える自分の身体を両手できつく抱きしめる。

闇ギルドの人ではない、危害を加える人ではないってわかっているのに、手を掴まれた感触が心の傷の記憶を呼び覚ます。

鍛錬をたくさんしたのに……薬草の勉強もたくさんしたのに……事件の記憶の前ではまだアデリンは無力だと思い知らされた。


「アディ、驚かせてごめん。大丈夫?」


翠色の瞳を覗き込んだ、懐かしい琥珀色の瞳。不安そうな顔をしたノアがアデリンの前に立っていた。


「な……なんでここにノアがいるの?」


「父について王都にきていたんだ」


「なんで……なんで……手紙をくれないの?」


やっとの思いで振り絞って出した言葉にノアは驚いた顔をした。

その顔を見て、アデリンはさらに血の気が引く。アデリンがノアを怒らせていたのに、手紙をくれないことを責めるなんて……。

真っ青になったアデリンを見て、ノアが一言、静かに声をかけた。


「アディ、東屋のベンチまで運ぶよ。アディに触るよ、ごめんね」


ノアはすっとしゃがむとアデリンの腰と腿の裏に手を添え、ゆっくりとアデリンを持ち上げた。アデリンの体を優しく引き寄せると東屋のベンチへ向かう。優しくベンチに座らせてもらったアデリンは呆然するだけだった。

ノアはベンチに座ったアデリンの前で片膝をついて、アデリンの顔を見上げる。


「アディが作ってくれた栞を受け取ったよ。ありがとう。俺も母様もそのあと手紙をアディに送ったのだけれど、届いていない?」


「……届いていないわ」


「1通も?」


「ええ」


「信じてもらえるかわからないけれど、俺は何通か手紙を送ったんだ。なぜ届かなかったのかは……調べてみるよ」


ノアは優しい光をたたえた琥珀色の瞳でアデリンを見つめる。


「し、信じるわ……」


ようやく、その言葉を声に出すとアデリンはぽろぽろと涙を流した。


「嫌ってない? 怒ってない?」


どうして、という視線をノアが送ってくる。


「私が……闇ギルドの人達に拐かされてしまったから、ノアやオリビア様が領境の村で魔獣を相手にしなくてはならなかったでしょ。怖い思いをさせてしまってごめんなさい。そして、村の人たちを助けてくれてありがとう。素敵な絵もありがとう。トルコキキョウよね。あまりにも美しいから部屋に飾っているわ。返事を書いたのだけれど、その後に手紙が来なかったからノアが怒っていると思っていたの」


「だからさっき逃げたの?」


こくりと頷いたアデリンを見て、ノアはふっと表情を緩めた。


「俺がアディのこと怒るなんて、嫌うなんて絶対にないよ。俺こそ嫌われたと思っていたよ。俺の方こそ……アディを助けに行けなくてごめん……」


声にならなくて首を横に振るしかないアデリンを見つめたノアは、そっとアデリンの両頬に両手を伸ばす。

真っ直ぐに見つめる琥珀色の瞳から目が離せない。


「アディに会いたかったよ、とても」


翠色の瞳から溢れた涙を、そっと親指で拭うともう一度「会いたかった」と呟いた。



アデリンが落ち着くと、ノアは立ち上がった。


「ノア?」


「もう遅い。早く部屋に戻ったほうがいいよ」


「でも……」


「アデリンはまだ王都にいるの? また会えるよ」


「本当?」


「ああ、約束する」


「……よく私がここにいるってわかったわね」


「アディの魔力を感じたんだ。俺はアディを見失わないって言っただろ」


ノアは蕩けるような瞳でアデリンを見つめ口元を緩めた。


「……見つけてくれてありがとう。私は今日の午後到着したの。まだしばらくいると思う。北棟にいるわ」


「わかった。……アディが俺を呼んでくれたらすぐに駆けつけるから」


ノアはふと北棟の方を見た。アデリンに視線を戻すと「誰か来たみたいだ、またね」優しく微笑みながら囁いた。

アデリンが北棟の方を向いてから前を向くと……もうノアの姿は見えなかった。

思わずあたりを見渡す。


「お嬢様!」


ミリーの声が聞こえた。

ノアがいなくなっちゃった。夢じゃないわよね。


「ミリー、私はここよ」


急いで来たのだろう、頬を上気させたミリーが慌てたようにやってきた。


「お嬢様、ご無事ですか?」


「ええ、心配かけてごめんなさい。少し一人になりたくてここで休んでいたの。もう部屋に戻らないとね」


不安の色が浮かんだミリーにアデリンはにっこりと微笑んでみせる。


「もう大丈夫よ。ここのお花に癒されたわ。さ、戻りましょう」



部屋に戻ったアデリンは、領地から持ってきたフローライトを取り出した。

ノアの瞳の色と同じ琥珀色のフローライトだ。

魔力を込めて淡い光を放ったフローライトを窓際におくと、ベットに潜り込んだ。



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