47. 王都
アデリンはジョー達と一緒に、薬作りに追われる日々を過ごしていた。
忙しいけれども、自分が関わった薬で元気になる人達がいる仕事はやりがいもあって充実した気持ちになる。その忙しさにかまけて、ノアから手紙がこないことは考えないようにしていた。
気がつけば厳しい冬も終わりが近づき、遅い春の足音が聞こえてくる頃、アイザックから思わぬ提案があった。
「アディ、私と一緒に王都へ行ってみないか?」
「王都ですか?」
「ああ、今回アデリンが作った薬について陛下が興味をもたれたんだ。話を聞きたいとお呼びがかかった。王都でも少なからず同じような病を持っている人が多いらしい」
「私ではなく、薬師が行った方がよろしいのではないですか?」
「いや、薬に興味があるようだ。だから、アディが行った方が良いと判断したんだ。それに陛下も可愛い姪っ子に会いたがっているしな」
「お薬の説明となると……精霊がいる洞窟の話もしなくてはなりませんが……よろしいのでしょうか」
「ああ、陛下には伝えて構わない。ただ機密事項としてもらうので、話すときは人払いするつもりだ」
「わかりました。それであれば、一緒に行かせてください! 王都へ行くのは久しぶりです」
「そうだったな。王都を案内できる時間が作れるかはわからないが、秋に入る王立学院を見学するのもいいかもしれないな」
「はい! 嬉しいです。お父様いつ出発ですか?」
「ああ、ワイバーンでいけば半日で着く。急な話になるが、天候が崩れる前に出発したいから明朝に出たいんだ」
「明日ですか! わかりました。早速用意をします」
「陛下へのお土産にサシェを作ってお渡ししても良いでしょうか」
「そうだな、土産についてはお前に任せる。アディが今までに作った薬だけは少し多めに持って行けるようにしてくれ」
「はい、わかりました」
「同行者は騎士団から2名だ。向こうで対応してくれる侍女が必要だろう、ミリーに声をかけておくように。わからないことがあればレイラに確認すると良い」
アイザックと打ち合わせをしながらも、王都に行けば陛下の側近であるオルフェー侯爵と顔を合わすことがあるかもしれないと、思い至った。ノアのことを思い出し、手紙が届かない事実を思い出すと胸が苦しくなった。
部屋に戻り、ミリーに王都行きのことを伝える。アイザックと話している間にミリーにも家令のテオから話がきていたようで、すでにメグと荷詰めを始めていた。
「お嬢様、レイラ様と打ち合わせたので、必要なドレスなどは全て私たちで準備させていただきます。お嬢様はお薬などをご用意くださいませ」
慌てて薬師の部屋へいくと、こちらにも連絡が入ったようで、薬や材料など持って行くものの用意をジョーが始めてくれていた。
「ジョー、ありがとう。ジョーと一緒に作ったものだから、一緒に王都へいけたらよかったのにね」
「いえ、姫様! とても畏れ多いです。この薬を手伝えただけで本当に光栄なんです。材料は全て姫様がいたからこそ手に入ったもの。私へのお気遣いは無用です。お気持ちだけで十分すぎるほどです。ありがとうございます」
ラベンダーのサシェは陛下、ケリー王妃、ルイ王子、アン王女の4人分をお土産として持って行くことにした。エボディアの実や蜂蜜を瓶詰めしたものを献上用に用意する。
用意があらかたできると、レイラとオスカーへ挨拶をしに向かった。
オスカーは最近では騎士達と一緒に貧民街へ足を運び、アデリンの代わりに薬を配っている。現状を知り、新しい施策の案をアイザックへ出しているとも聞いた。領民からも騎士からも慕われているオスカーはきっといい領主になるだろうと思うと、姉として誇らしくもあり嬉しかった。
「お母様、オスカー、明日から王都へ行ってまいります。不在の間よろしくお願いします。貧民街の人達へのお薬はジョーが用意してくれてますので、何かあったらジョーに相談していただければ助かります」
「ええ、貧民街の件についてはオスカーと私で対応するから心配せずに行っていらっしゃい。アデリンは王都は久しぶりだったわね。陛下達も成長したアデリンを見てきっと驚かれるでしょうね。陛下達へのお土産はどうしようかしら?」
「はい、陛下達にはラベンダーのサシェをそれぞれ用意しました。お薬以外には瓶詰めにした蜂蜜を献上したいと思います」
「それはいいわね。気をつけて行ってくるのよ」
レイラがそっとアデリンを抱きしめる。
オスカーもアデリンへ「お姉さまのご不在は寂しいですが、楽しんできてくださいね」と抱きつきながら言う。
「私も寂しくなるわ。お父様と私が不在中、お母様と領地のことよろしくね」
アデリンもオスカーをぎゅっと抱きしめながら別れを惜しんだ。
まだ霜が降りている早朝にアデリン達はワイバーンに乗って王都へと出発した。
アデリンは竜騎士と一緒にワイバーンに乗る。
「アデリン様、途中休憩を入れながら行くので半日ほどかかります。途中で何かあれば遠慮なくお伝えくださいね」
「ありがとう。どうぞよろしくお願いしますね」
アデリンはワイバーンの首元をそっと撫でてから背中に乗り込んだ。今回は竜騎士が操縦するのだ。
ワイバーンの背に乗ると、どうしても水竜を思い起こしてしまう。
水竜はもっと大きかったな……翼も鱗も……また乗りたいな…
ノアを思うと、胸が掴まれたようにぎゅっと痛くなる。
どうして手紙をくれないのかしら。私の出した内容に怒っているのかしら……
視界がぼやけてきた。
泣いてはだめだわ、考えないようにしましょう。
頭の中から不安を取り出して、心の箱の中にしまった。
途中何度か休憩をとったが、天候がよかったこともあり予定通りの時間で王宮に着いた。王宮のワイバーン降車場にソーラス家のワイバーンが次々に降り立つ。
アデリン達をルイ王子とあん王女が出迎えた。
「アイザック様! アデリンお姉様!」
駆け寄ってきたのはアデリンの一つ下のアン王女だ。
「お久しぶりです、アン様」
「アデリンお姉様、よくきてくださったわね。お会いできるのをとても楽しみにしていましたの。滞在中はたくさんお話しましょうね。私もお話ししたいことがたくさんあるんです! この前アイザック様がお見えになったときもご挨拶できなくて、残念だったのですよ」
輝く黄金の髪、利発そうな大きな黄金色の瞳を輝かせたアン王女が嬉しそうにアデリンに微笑みかけている。
ルイ王子が「アデリンは長旅で疲れているだろう、あまり困らせるなよ」とアン皇女を戒めた。
「ルイお兄様、ご無沙汰しております。お元気でしたか? ワイバーンに乗ってきたので、あまり疲れてはいませんよ。お気遣いありがとうございます」
「本当に久しいな。2年ぶりか? 元気だったか? ここでゆっくりと滞在するといい。アンも恋しがっていたしな」
アデリンの花が綻んだような笑顔を目を細めて見つめていたルイ王子は、優しくアデリンに話しかけた。アイザックと同じ輝く黄金色の髪、翠色の瞳をもつ従兄弟がアデリンの事件のことを知っていると気付く。
あえて触れずに気遣ってくれたことに心で感謝をした。
「ありがとうございます。元気でやっています。ルイお兄様から王立学院のお話を聞かせていただきたいって思っていたんです。また教えてくださいね」
「そうだな、アデリンは秋からか。王立学院で会える日が来るのが楽しみだったぞ」
「私はまだその1年後だわ。でも王都にお姉様がいらっしゃれば会いやすくなるのは嬉しいわね」
口を尖らせながら目を輝かせて言うアン王女が可愛らしくて頬が緩んでしまう。
「1年間だけですが、3人揃って王立学院で学べるのも楽しみですね」
王宮学院では3年間学ぶのだ。従兄弟たちがいるのは心強い。
「アデリン、着いて早々だが、夕食前に陛下にお会いできるようだ。一度支度を整えてから謁見するぞ」
アイザックの呼びかけで部屋に入り身支度をするため、一旦従兄弟たちと別れた。
王宮内の北棟にアイザックの王都での住まいがある。北棟に入ったアデリンは、用意された部屋でミリーに支度を手伝ってもらった。
まずは旅の埃を落とすと、鏡の前に座ってミリーに髪の毛をまとめてもらう。
「今日は陛下に謁見されますので、編み込んでまとめ上げますね」
艶やかな銀髪をふんわりと柔らかく編み上げてもらったアデリンは、橙色のドレスを着て少し化粧を施してもらった。知的で凛とした印象を与える整った顔立ちが少し柔らかく見える。
「メグがお嬢様のこの姿をみたら泣いてしまいそうなほど、お美しいです」
鏡を見つめる澄んだ大きな翠色の瞳はキラキラと輝いている。長いまつ毛に飾られた切長で涼しげな目元、陶器のような白い肌に形の良い桜色の唇。
「ミリーのおかげだわ。ありがとう。ミリーも移動で疲れたでしょう。休んでいてね」
エドワード王に献上する蜂蜜やエボディアの実、薬の数々、そしてサシェを用意し終えた頃、アイザックがアデリンを迎えにきた。
「私の娘は本当に美しいな」
アデリンの姿を見たアイザックが目を細める。
「さぁ陛下がお待ちだ。用意はいいかい?」
護衛騎士にお土産を持ってもらい、アイザックがアデリンを謁見の間へエスコートしながら打ち合わせをする。
「挨拶が済んだら人払いをするつもりだ。それから薬の説明や女神様、精霊様の洞窟の話をしてほしい」
「はい、わかりました」
「謁見には、ルイ王子も同席される。ルイ王子はアディの一つ上だが、すでに国政に関わっているので聞いておいてもらったほうがいいだろう」
現国王も賢王と名高いが、ルイ王子も聡明で胆力もあり、臣下からも慕われていると聞いている。
ルイお兄様は一つしか私と変わらないのに、すでにしっかりと自分の足で歩まれているんだわ。すごいわ。私もできることを頑張らなくちゃ。
エドワード王との謁見は執務室で行うようだ。
「内々の話だからな」とアイザックが言いながら扉をノックする。
扉を開けると、満面の笑みを浮かべたエドワード王と穏やかに微笑んでいるルイ王子がアイザックとアデリンを迎えてくれた。ソーラス家の騎士達は廊下で待機してもらう。
「ご無沙汰をしております。アデリンでございます」
アデリンが優雅なカーテシーを披露すると、陛下はにこにことしながら
「久しぶりだね、アデリン。美しさに磨きがかかったようだ。アイザックがなかなか王都へ連れてこない理由もわかるな」
「そうですね。宝は滅多に人に見せるものではありませんから」
兄弟同士が軽口を交わし合いながら笑っている内容はアデリンにはわからなかったが、ルイ王子は口元を緩めて笑っている。
ルイ王子に助けを求めるように視線を向けると「叔父様はアディを誰にも渡したくないんだよ」とこっそりと教えてくれた。漸く意味を理解したアデリンは顔を赤くさせて俯く。
エドワード王が側近達を人払いをして、執務室には4人だけになると優しい叔父の表情になったエドワード王がアデリンを優しく見つめる。
「アデリン、怖い思いをしたと聞いている。大事がなくてよかった。隣国との関係で対策が遅れてアデリンに辛い思いをさせてしまったな」
「お気遣いをいただきありがとうございます。私は大丈夫です。ご心配をおかけし申し訳ありませんでした」
「アデリンが無事でよかった。隣国とはこれからきっちり話をつけていく予定だ。今後こんなことが起こらないよう強く抗議を入れてある」
「ありがとうございます。今回のことで私も色々学ぶことがありました。これを機に成長できるよう精進いたしますわ」
アデリンはにっこりと微笑んだ。
陛下は「さすがアイザックとレイラの娘だな」とアイザックに向かって笑って呟いた。
苦笑して陛下に頷いたアイザックは、この冬にソーラス領の貧民街で多くの人が罹った病について説明を始めた。陛下もルイ王子も興味深そうに聞いている。そして、アデリンが城の医師達と開発した薬について説明することになった。
「実は、ソーラス領にあるアンスバッハ山脈の山の中に精霊が住まわれる洞窟があります。その洞窟では精霊が洞窟に入れた者が必要としている薬草を分けてくれる時があるのです。そこで私は精霊様よりエボディアという薬木をいただきました。ソーラス領の薬師が調べたところ、その薬木の花の蜜にも実にも薬として高い価値があることがわかりました。
ある栄養素が欠けた食生活のために、今回貧民街で多くの方が病に罹りました。必要な栄養素が含まれているエボディアで薬を作ったところ、素晴らしい効果があったのです」
エボディアの蜂蜜の瓶と実、今回作った薬をエドワード王へアイザックより手渡した。とろりとした黄金色に輝く蜂蜜をエドワード王もルイ王子もまじまじと見つめる。
「この蜂蜜だけでも滋養強壮に効果があると鑑定結果がでています」
少し言い淀んでから、ラベンダーのサシェを取り出した。
「こちらはその洞窟で女神様より頂いたラベンダーで作ったサシェになります。皆様へお渡ししたくて持って参りました」
「女神様から?」
思わずルイ王子が反応してしまったようだ。唖然とした顔でアデリンを見ている。
「ええ、実は……その洞窟へは光属性をもつ私と闇属性を持つ人と一緒に行ったのです。光と闇の子が来たということで、女神様が喜んでくださったようでラベンダーを一株頂きました」
「闇属性……」
エドワード王がポツリとつぶやいた。ノアのことをどこまで話していいかわからなかったので、名前を出さなかったが、特にそれ以上素性を聞いてくることはなかった。
「アデリン、素晴らしいものを分けてくれてありがとう。アデリンの薬の知識を王宮の薬師へ分けてくれないだろうか。アイザックから聞いたのだが、魔力切れの時に使う薬についても興味があるのだ」
オリビアのために作った薬だ。アデリンはアイザックに視線を向けると、頷いたのがわかった。きっと詳細は陛下へ説明されているのだろう。それであればアデリンが躊躇うものは何もない。
「承知いたしました。そのお薬も今回こちらに持ってきております。まだ勉強中の身ではありますが、私の知識が王国のためになるのであれば、こんな嬉しいことはありません」
「もう少し女神様や精霊様について詳しく聞きたいな。今日は残念ながら時間がここまでだ。また時間を設けるので、話をしてくれないだろうか」
「ええ、喜んでお話させていただきますわ」
「楽しみにしてるぞ」と残念そうに笑いながら陛下が言った後、ルイ王子に向って指示を出した。
「ルイ、アイザックのところではオスカーが貧民街について対応をしているようだ。アイザックが滞在中に話を聞き、ルイも王都の貧民街について対策を取るように」
「はい、かしこまりました」
ルイ王子が一礼をした。
「アイザック、ルイのこと頼んだぞ。教えてやってくれ。暫くこちらに滞在できるのだろう? たまには兄弟で飲みたいしな。アデリンもここでゆっくりして行ってくれ」
エドワード王は笑いながらアデリンとアイザックに優しい視線を向けた。
挨拶をして応接室をでたアデリンは、アイザックへ気になっていることを尋ねた。
「女神様や精霊様のことをお話するならば、ノアの竜化のことを話さなければなりませんが、それは大丈夫でしょうか」
「ああ、陛下だけは知っている。オリビアのこともな」
「陛下はオリビア様の体調やお薬のことをご存じでいらっしゃるのですね」
「ああ、オリビアが領地にくる前に私から陛下へ報告をしたからな。マーシャルは陛下の側近だ。マーシャルからもオリビアのことは報告しているはずだ。薬については、私から伝えてある」
「そうなのですね……今日はオルフェー侯爵様にお会いできませんでしたね」
「ああ、まだ私も会っていないな。王都にいるはずだ。そのうち会えるだろう」
「そうですか……ご挨拶もしたいですし、オリビア様のご様子を伺いたいですね」
ノアのことも……聞きたいけど……怖い。
「そうだな、領境の村で世話になったからな。改めて礼をしたいところだな」
心配や不安がごちゃ混ぜになってアデリンの胸の中に澱のように溜まっていく。アデリンの表情が曇ったのを察知したのか、アイザックがアデリンの瞳を覗き込んだ。
「どうした、アディ。何を不安に思っているんだ?」
「……ノアから手紙がこないのです……もしかしたら怒らせてしまったのかも、嫌われたのかもしれない……」
アデリンの言葉を聞いたアイザックは翠色の瞳を輝かせ悪戯な笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、ノアは怒ってもいないしアディのことを嫌ってもいないぞ」
「なぜお父様はそう言い切れるのですか?」
思わず縋るように尋ねたアデリンの頭を優しく撫でると「知ってるからだ」と答えて笑った。
「また晩餐の時に迎えにくるな」
アイザックは腑に落ちない表情のアデリンを部屋まで送ると、自身の王宮の執務室へ戻っていった。
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