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46. 蜂蜜

孤児院へ行った翌日の午前中、アデリンはジルと一緒に薬草について学んでいた。そこへ、家令のテオとミリーがアデリンを探してやってきた。


「どうしたの?」


何かあったのだろうか。


「アデリン様を訪ねて、神官様と孤児院のお子さん一人がお見えになりました」


テオの言葉に驚いた。神官様が先触れもなく訪ねにくることは今までなかったはずだ。子供も一人いるという。何かあったのだろうか。


「今、メグが対応しております。お嬢様もサロンへお越しくださいますか?」


「ええ、もちろんよ」


慌ててサロンへ向かうと、そこには神官とミナがいた。


「神官様、ミナ! どうしたの? 何かあったの?」


慌てて尋ねる。もしかしたらミナの叔母に何かあったのだろうか。


「アデリン様、突然お邪魔してしまい申し訳ありません。実はミナの叔母のことで、アデリン様のお耳に一刻も早くお伝えしたいことがありまして二人で参りました」


神官の顔は明るい。

ミアが顔を綻ばせてアデリンを見つめる。


「叔母さんが……今日久しぶりに起き上がれたんです! 昨日まで手足が痛くて寝たきりだったのに」


「え?」


どう言うことだろうか。


「ミナの叔母様に何かあったの?」


「叔母さんが言うには、昨日お姫様からいただいたアップルパイを食べてから体のだるさや痛みが消えたと……」


──アップルパイ?


「起き上がって動けたことが嬉しかったようで、孤児院まで近所の人が伝えにきてくれたんです!」


驚いたわ。起き上がって動けるようになったなんて……昨日まで寝たきりだったのに。


「すごく叔母さんも喜んでいたし、私も嬉しいです!! ありがとうございました!」


「い、いえ、でもなぜかしら。アップルパイを食べて、元気に……」


りんご?パイ?……いいえ、蜂蜜かしら。はっと思い出した。今回のアップルパイには精霊の洞窟で頂いたエボディアの蜂蜜が使われている。もしかすると……


「叔母様は体調はずっと良いままなのかしら?」


「はい、ここへくる前に、私とミナで家に寄ってきました。血色も良く、足取りもしっかりしていて、驚きましたよ」


「そうなのですね。教えてくださってありがとうございます」


「お姫様、おばさんは治ったのかしら? 一緒に住めるのかしら?」


「はっきりとはわからないけれど、もしかしたらアップルパイに入っていた材料の何かが叔母様の病に何か効き目があったのかもしれないの。薬師と相談してみるわね。明日、叔母様のところへ寄りたいのだけれど、いいかしら?」


「はい、おばさんはお姫様がきてくださるのはいつでもいいと言ってます。体調がいいのがどこまで続くかもしっかり覚えておくと言ってました」


「まぁありがとう。それは助かるわ」


初めて見るミナの綻んだ笑顔に、アデリンも心から嬉しかった




ジョーのところに戻り、ミナから聞いた話を伝える。ちょうど所長も居たので一緒に原因を考えた。

やはり、エボディアの蜂蜜に何か鍵があるのでは、との考えにたどり着く。

食べ物で病を治すには長期的な改善が必要であり、すぐに効果が出るのは難しいはずだった。一切れのアップルパイを食べただけで劇的に変わるとすれば、加護がある蜂蜜に秘密があるはずだ。

料理長からどのくらいの蜂蜜が一切れに入っているか大体の目安を聞いてきてもらうようミリーに頼んだ。


りんごも、パイ生地も確かに病を治すのに必要な栄養素は入っている。

エボディアの蜂蜜の量と、薬草を組み合わせて、安価で定期的に領民に配れるものができないかと薬師と相談していると、ジルが所長を訪ねて顔を出した。

ジルは領主公認で城内の薬師の部屋によく顔を出している町の薬草屋だ。所長と一緒にエボディアの研究をしたこともあった。


「お嬢ちゃんじゃない。久しぶり〜」


相変わらず精悍な顔つきで剣士のような体つきの見た目によらない間延びした口調の話し方だ。

ジョーは初めこそ、ジルの話し方に驚いていたようだが、何度も来るジルにすっかり慣れて懐いてもいる。


「ジルさん、貧民街で多くの人が罹っている病のことを聞いたことがあるかしら?」


「そうそう、その件できたんだよ。お嬢ちゃん、あんた昨日、貧民街の人に何かあげたか?」


「ええ、孤児院の子の叔母様にアップルパイをあげたのよ。その病に罹った方なのだけど、昨日までベットから起き上がれたなかったのに、今朝起き上がれたって連絡が神官様から来たばかりなの」


「そう、その話が貧民街の中で有名になってしまったようなんだな。話を聞いたっていう人たちが朝から店に来るんだよ」


「ちょうどその話をしていたのよ。何が原因で動けるようになったのかしらって。昨日所長からこの病はある特定の栄養素が不足しているからって教えていただいたんだけど、その見解はジルさんも同じかしら?」


「ああ、そうだな俺も所長と同じ考えだな。貧民街に集中していること、しかも仕事もなくい日銭が入らない人達ばかりだ。十分な食生活ではないのだろうから栄養素不足からくるものとは見当していた」


「一切れ食べただけのアップルパイに何か理由があるとすると、そのアップルパイにはエボディアの蜂蜜が使われていたの」


ジルは目を見開き、唖然とした表情で「あれをお菓子に使うのか……」と呟いた。


「ジルさんも食べたかった? また作ってもらうわね」


「あ、ありがとう、いや違って、いや、食べたいけど、あれをお菓子に……」


ブツブツと呟いていたが、気を取り直したのか、アデリンを見るとジルは考え込みながら尋ねた。


「一切れあたりの蜂蜜の量はどのくらいかわかるのか?」


「ええ、ティースプーン半分もないくらいよ」


「そうですか……それをそのまま患者に舐めてもらうには量が足りないですね」


所長が口を出す。


「エボディアの花から取れた蜂蜜以外にも、エボディアのどこかの部分が使えないかな〜」


「そうですね……確か実が滋養強壮に効果ありと鑑定をジルさん達出していましたよね。一度、庭師のハンクに蜂蜜がどのくらい採れているか聞きに行ってみましょうか」


「姫様、私も行きます」


皆で連れ立って薬草園へいくことになった。


「ハンク!」


庭師のハンクの姿が見えた。


「これはお嬢様。ちょうどお嬢様にご連絡しに行こうと思ってたところですわい」


「どうしたの? 何かあった?」


「はい、エボディアが先ほど大量の実をつけました」


「「実?」」


聞いた瞬間、一斉に皆が駆け出す。薬草園のエボディアの前に来ると確かに実が鈴なりになっている。


「今朝、見回りに来た時は実はなっていなかったのです。先ほど見に来たら、こんなにたくさんの実ができていて……」


小石ほどの大きさで色はくすんだ黄色。柑橘類の香りに独特の苦味の香りがする。


「これはもう熟しているのかしら? それともこれから?」


アデリンが訪ねると、ハンクは「姫様、実をそっと触ってみてください」という。

アデリンが言われるがまま実を触ると、ポロッと実が枝からとれた。慌てて地面に落ちる前に宙で受け止める。


触れただけで落ちるわ……ってことは……


「すでに熟していると思われます」


言葉なく目を輝かせて観察していたジルと所長が興奮したように口々に言う。


「これを部屋に持っていっていいですか? 栄養素の値を調べたいです!」


「お嬢ちゃん、これがもしかしたら例の病の薬になるかもしれないぞ」


ジルが言っていることはアデリンも思っていた。精霊がくれた薬木だ。必要な者に必要な植物が生えると言われている洞窟。洞窟を出ても、その加護は変わらないかのしれない。


「ジルさんと所長とで、今回の病の薬になるのか調べてもらってもいいかしら? 私は残っている蜂蜜の量を調べてから研究室へいくわ。」


「「承知しました」」


二人はハンクにいくつかの実をとってもらい、飛ぶように部屋へ戻っていった。まるでプレゼントをもらった子供のようだ。

ジョーとハンクと残りのエボディアの実を収穫した後、今まで取れた蜂蜜の量を確認した。十分に薬に使えそうな量が取れているのをみて、ホッとする。


収穫した実と蜂蜜を持って研究室へ向かうと、エボディアの実を分析していた二人が嬉しそうな顔でアデリンを出迎えた。


「そのお顔から察するに何かいいことがあるみたいですね」


「そうなんです、アデリン様、この実は例の病に必要な栄養素がたっぷりと入っています。少量で十分な必要量が取れますので、薬も多く作れるかと。あとは、どう使うかですね。乾燥して粉にするか、煮出すか……色々試してみないとわからないですね」


「素晴らしい実ですね。蜂蜜もたっぷり採れていました。私も手伝いますので、一緒に検証しましょう」


新しい薬を作る過程に自分も参加できるのだと思うと、わくわくする気持ちが抑えられないアデリンだった。



「ジルさん、こちらは実を全て乾燥させて粉にしたもの。あちらは皮だけを乾燥させて粉にしたもの。どちらが栄養価が高いか、鑑定してくれないかしら」


薬草鑑定士の資格があるジルに鑑定を依頼する。勉強中のジョーがジルの一挙一動を見逃さまいとジルに張り付いていた。


「お嬢ちゃん、実を全て使った方が抜群に栄養価が高いぞ」


それを聞いた所長が言う。


「あまり栄養価が高くても反対に毒になります。薬として丁度いい量はほんの少しで良さそうですよ。しかし、この粉は苦すぎるな。」


粉を少し口に含んだ所長が顔を顰めた。


「前回ジョーと作った薬のように、今回も蜂蜜でコーティングする方がよさそうですね」


「蜂蜜にも栄養素があるから、実から作った粉薬と合わせると……更に少量で済むから思った以上にたくさんの薬が作れるな」


「一度、蜂蜜と乾燥させた実の粉で薬を作りましょう。出来上がったら鑑定をまたお願いします。あと、一粒でどのくらい効き目があるのかは鑑定でわかりますか?」


「ある程度はわかるが、今回は個人の状態によるところが大きいからなんとも言えないね。そこは孤児院の子のおばさんや神官様から聞いた誰かに飲んでもらって定期的に様子を見るしかないかもしれないな」


「そうですか……協力して頂く方の選定は神官様にご相談が必要ですね。まずはジョーと薬を作ってみます」


アデリンはそういうと、またジョーとまた薬作りに集中した。


ジョーと試作品を作っては鑑定することを繰り返し、ついに納得できる配合の薬ができた。効き目は1粒1週間ほどを目安とした。2回目以降の薬の配布については、教会に城の薬師を数名派遣して個別に必要かどうか判断することにした。

薬を飲んで一時的によくなったとしても、食生活が変わらなければ栄養素が偏りまた悪くなってしまう。食生活を変えるために仕事を斡旋したり、定期的に炊き出しを行うなどの施策をアイザックは考えているようだ。闇ギルドが貧民街で勢力を伸ばしていたこともあり、この件を機に貧民街の改革をしたいのだろう。


試薬をミナの叔母に飲んでもらうために、アデリンはビクターと護衛の騎士2人を連れて、神官とミナと一緒に貧民街の叔母の家を訪れた。


「ご機嫌いかがですか?」


「姫様、ここまでお越しくださってありがとうございます。以前頂いたアップルパイを食べてから本当に体調がよくなり、ベットから起き上がって教会まで歩いて行けるようになりました」


涙を浮かべて感謝するミナの叔母をみると、手足のむくみはまだ残っていそうだ。


「今日は私が城の薬師達と作った薬を持ってきました。効能は問題ないのですが、症状によっては薬を再度飲む必要があるのかもしれないのです。それでもよければ、お飲みいただけませんか?」


「もちろんです。是非飲ませて頂きます」


「1週間ほど効能は続くと思います。その後体調がどのように変化するか、また様子を教えてもらってもいいですか?」


「はい、構わないです」


それでは、とアデリンは1粒の薬を叔母に渡す。ミナがコップ一杯の水を叔母に差し出した。


「こちらを1粒飲んでもらえますか? 実は苦味があるお薬なので、少し蜂蜜の甘みで緩和しているんです」


「良薬は口に苦しです。蜂蜜なんて貴重なものを使ったお薬を頂けてありがたいです」


ミナの叔母は薬を飲み下すとにっこりと笑った。


「日々の食生活も変えていかないと、お薬だけではまた元に戻ってしまいます。お仕事に戻るためにも教会で炊き出しや食べ物の配布を行うので、しっかりと食べてくださいね」





ミナの叔母や神官からの紹介で薬をあげた人達の体調が順調に回復しているのを確認した後、薬が必要な人達へは教会で配ることにした。寝込んで動けない人がいると聞けば騎士団が家まで行って薬を手渡したり、食糧の配布を行った。


薬の効果があったようで多くの人の体調が改善したようだ。また貧民街に騎士達がよく姿を表すようになったおかげで、だいぶ治安も良くなったとも聞く。

アイザックも冬の間仕事がない人たちへ、除雪や雪かきの仕事や狩猟の仕事などを斡旋したて、徐々に貧民街の雰囲気も変わっていった。


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