45. 貧民街
「は? 姫様、何考えてんの? 貧民街に行くのか?」
子供達がアップルパイを食べている間、ビクターを食堂の外へ連れ出し、貧民街に行きたい話を伝える。案の定、ビクターは呆れたようにアデリンを見つめていたが、ふーと息を吐き「しょうがないな」と呟いた。
「理由は? 俺は姫様が望むならどこへでも付いていくと言った。だから止めはしないが、いきなりな話だ。何か理由があるんだろ?」
神官から聞いた話、ミナの叔母の話を伝える。
「何人かが罹っている話が気になるの。まだお父様や城の薬師の耳には入っていない話のようだし、薬師に相談するにしても、症状を確認しておきたいの」
しばらく考え込んでいたビクターが真剣な眼差しでアデリンを見つめる。
「わかった。止めても無駄そうだから、連れていくよ。ただ、この前の人身売買の被害者の子供達が隠されていた場所も闇ギルドの本拠地だった場所も貧民街だ。気を抜かずに俺の側にいてくれ。決して離れるなよ。できるか?」
「ええ、約束するわ。ビクターの側から離れない」
アデリンはビクターの目を真っ直ぐに見て、誓った
神官と修道女のマギーには説明して、アデリンとビクター、ミナは貧民街のミナの叔母の家へ向かう。
孤児院からは歩いて10分ほどの道のりだ。アデリンはビクターからの指示で、目立たぬようマギーの防寒具を借りてドレスの上に羽織っている。
アデリンと手を繋いだミナは緊張した面持ちで歩いている。貧民街を訪れたのは、アデリンは初めてだった。貧民街へ向かうほど、家が質素になり小さくなっていく。藁葺きの屋根の小屋のような家が目立つようになり、じめっとした湿っている匂いが強くなっていく。
「ここです」
ミナが立ち止まったのは、周りと同じような藁葺きの小屋だった。ミナが扉をノックして声をかける。
「叔母さん、ミナです」
返事がないままミナは扉を開けて入っていった。病人を驚かせてはいけないので、先にミナが事情を説明することになっている。アデリンとビクターは路地で待っていた。
厳しい冬の時期だというのに、路地を彷徨うように歩く小さな子供達の着ているものは薄い生地だというのが見てとれる。家の中が暖かくないのか、路地にできた小さなひだまりで座り込んで過ごす親子の姿も見える。
──自分の置かれている状況となんて差があるんだろう。
呆然を周りを見ていると、ビクターがアデリンの翠色の瞳を覗き込んだ。
「おい、姫様、今なんか変な考えになりかけてるだろう」
「え?」
「どうせ、自分の置かれている状況を貧民街の人たちとを比べていたんだろう」
図星で何も返せず瞳を瞬かせる。
「立場はどうやっても変えられない。ここの人達だってそれぞれの幸せを手にするために頑張ってるんだ。姫様が責任を追う必要も同情しすぎるのもよくない。姫様の立場でないとできないことをすればいいんだ。それぞれの立場があるんだから、そこを混ぜて考えるなよ」
ビクターの言葉に瞳を見開いていたアデリンだったが、ビクターの言葉を噛み締める。
「そうね、ありがとう。ちょっと頭の中がいろんな想いで溢れそうだったわ。冷静にさせてくれてありがとう」
アデリンの笑みにビクターはいつもの意地悪な顔で答える。
「おう、そうじゃなくちゃね、お転婆姫は」
「お姫様、叔母が会えるそうです」
ミナが呼びにきた。家の中へ入ると、ベットで体を起こしている女性が目に入った。家の中は小さな一間でベットとダイニング用の小さなテーブルと椅子があるだけだった。
「突然お邪魔して申し訳ありません。私はアデリン・ソーラスと申します。こちらは護衛のビクターです」
ミナの叔母を安心させるように、微笑みながらアデリンは挨拶をする。ミナの叔母は恐縮したように体を縮こませている。
アデリンは床に両膝をついて目線を合わせた。
にっこりと笑いかけ「お加減はいかがですか?」と穏やかな声音で問いかける。
「手足が浮腫んで痛いのと体が疲れたようにだるいんだそうです」
黙ったままの叔母の代わりにミナが答えた。
「少し腕を見せてもらってもかまいませんか?」
問いかけるとミナの叔母は首を縦に振る。
ビクターに横を向いてもらうよう指示すると、そっと腕をとり服を捲り上げた。
素人目からしても体の細さの割に腕が太いのがわかる。そっと皮膚を押してみると指の跡がつく。
お礼をいい服を直すと、最近の食事について尋ねた。
「あまり食べていません。食欲もなくて……近所の人がパンをたまに持ってきてくれるので、それを食べています」
十分な食材の蓄えもなさそうだと、家の中を見回した時に感じた。竈門に火を起こした形跡がない。
「城で作ったアップルパイを持ってきました。調子が良い時に食べていただければ嬉しいです」
「叔母さん! ミナも食べたんだよ。お城の料理長が作ったんだって。すっごく美味しいの。食べてみてね!」
ミナがいうと、叔母の目から一筋の涙が伝う。
「こんなあばらやまでお越しいただき、ミナや私なんかに良くしてくださり本当にありがとうございます」
「いえ、困った時はお互い様というでしょう。ミナから話を聞いて訪ねさせていただきました。もし構わなければ、またお顔を見に伺ってもよろしいですか? これから私は、叔母様の症状を城の薬師に相談してみます。ミナのためにも良くなっていただかないと」
アデリンが微笑んで話しかけると、叔母はベットに腰掛けているミナの頭を撫でた。
「私は夫は亡くなって一人だったので、親が急死したミナと一緒に暮らせたらと思ったんです。でも、それもこんな私の状態で織工の仕事がままならなくなってお休みすることになり、一緒に住めなくなりました。ミナを孤児院に預けることは不憫でしょうがないのですが、こんな生活では一緒に暮らせなくて。ミナが無理を言ってここまで来てくださったのでしょう。もう十分すぎるほどのことをしてくださいました。本当にありがとうございました。アデリン様がお越しくださったことだけで十分、私は幸せです」
「いえ、違うのです。私が無理を言って連れてきてもらったのですよ」
驚いたように顔を上げた叔母に告げる。
「私は今、薬草について学んでいるところです。他にも叔母様のような症状で苦しんでいる方がいらっしゃるとも聞いております。まだ私は未熟者ですが、体調が良くなるよう手伝わせてくれませんか?」
「アデリン様が薬草を学んでいるのですか?」
「はい、その通りです」
「でも、恥ずかしながら、私にはお薬を買うお金がありません……」
「お金のことは心配いりませんよ。それにまだ、どんな薬草がいいのか私にもわからないのです」
「私でよければ実験台でもなんにでもなりますので、どうぞお力をお貸しください」
ミナは嬉しそうに叔母に抱きついた。アデリンはビクターの手を借りて、立ち上がる。
「それでは、また伺わせていただきますね」
挨拶をして、3人で叔母の家をでる。
「姫様、日が暮れそうだ。早めに帰るぞ」
鋭い視線を周りに向けながらビクターが言う。
3人は急いで孤児院へ戻った。ミナを孤児院へ返し、ウィルとメグと一緒に城へ戻る。
ウィルはテリーと思いっきり鍛錬ができたようで、帰りの馬車の中で満足そうな表情で寝ている。メグはアデリン達が不在の間、子供達とどんなことを話したのか、遊んだのかを楽しそうに報告してくれた。
アデリンはニコニコと話を聞いてはいたが、ミナの叔母や貧民街のことを思うと、やるせない気持ちが澱のように心に溜まっていった。
お父様に報告をして、ジョーと薬師にミナの叔母の病について相談してみよう。
とめどなく思考の海へ沈んでいく……ふと視線に気づくとビクターが苦笑しながらアデリンを見つめていた。
「また姫様、考えすぎ。眉間に皺が寄っていたぞ」
「え? 本当?」
慌てて額に手をやると、メグがクスクスと笑いながら「大丈夫ですよ」と教えてくれた。
「もう!」と意地悪い笑顔を浮かべているビクターへ言いながら、メグとクスクス笑ったアデリンはやっぱりビクターは優しいな、と思うのだった。
その夜、執務室を訪ねてアイザックへ報告をした。城の薬師を取りまとめている所長にもきてもらうことにした。
「アディ……お前は……」
貧民街に行った話をしたら、アイザックは絶句した。
「もちろんビクターもついてきてもらいましたよ」
「いや、当たり前だが……」
大きなため息と共に、気持ちを切り替えた様子のアイザックが所長とアデリンに改めて向き合う。
「薬師の方の情報で、貧民街でみられる病の話は聞いていたか?」
「いえ、こちらには全く情報が入っていません。ただ、話を聞く限り一種の栄養失調かと思われます」
「栄養失調?」
「はい、栄養と言っても全ての栄養素が不足しているわけでなく、ある特定のものかと思われます」
「それはどんなものかわかるか?」
「はい、私が考えている原因が正しければ、その病は冬の時期に食生活が貧しい人が罹るものです。パンの材料である小麦にはその栄養素が入っているので、パンだけでも食べていれば罹らないのですが……よほど食生活が悪いのでしょうな」
「そうか……今年は小麦が豊作な年だったから、全体的にパンの値段が高くなっているわけではないのに、パンすら食べられない人が多い、と言うことか」
アイザックは考えに耽っている。
「教会で定期的に炊き出しをやっているはずだが、貧民街には行き届いていないんだろうな」
貧民街にパンを配り続けるわけにも行かない。領主として何かいい方法はないか考えているのだろう。
「その病は食事を取れば治るものなのか? それとも薬がいるのだろうか?」
所長にアイザックが尋ねる。
「食べ物は徐々に体調が改善していくことになるので、継続して栄養素が入っている食事を取らなければなりません。薬も処方をしたことは私はないです。その栄養素が多く入った薬を作ったとしても、一度で効くものではないかと考えます」
「どんな食べ物が有用なのだ?」
「肉や豆、麦などの穀物、そして果物などですね」
「そうか……わかった。どのくらいの人数が病に罹っているのかも含め、至急調査をするので、この件はこちらで対応しよう。アディ、それで良いな」
「はい」
執務室をあとにする所長を見送ると、アイザックは父の顔になってアデリンを見つめる。
「本当にお転婆姫だな……アディが好きにやっているのを見るのは嬉しいが、親としては可愛い娘が心配になるぞ」
ぎゅっと抱きしめられる。
「貧民街は……闇ギルドがあったところだ。怖い思いはしなかったか?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫でした。今回は孤児院のミナも一緒でしたし、ビクターがついてきてくれました」
「貧民街に行くなと言っても無理なのだろう。これから貧民街にいく時は護衛を3名連れて行きなさい。約束だぞ」
貧民街にまた行ってもいいと許可してくれたアイザックの気持ちがありがたかった。
「お父様、ありがとうございます。気をつけますね」
アイザックを見上げて微笑んだ。
立ち寄ってくださってありがとうございます。
感想や評価(下の☆☆☆☆☆)をいただけると今後の励みになります。
よろしくお願いします。




