↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/55

44. 孤児院訪問

アデリンは、薬師から薬草についてジョーと一緒に学び、サロメやビクターと武術や魔術の鍛錬をする日々を過ごした。


ソーラス領の短い秋は終わり、長い冬が始まる。雪深い魔の森から里山に降りてくる魔獣も少なく、ソーラス家騎士団にとっては、束の間の平穏を楽しめる時期でもある。

勤務後や夜勤前に、談話室に寄る騎士達が増え今夜も賑やかだ。

アデリンはオスカーと暖炉の近くでチェスに興じていた。オスカーは事件後、隙あらばアデリンにべったりと張り付いている。


そこにビクターがやってきた。オスカーはノアが領地に戻った後、武術の練習相手にビクターを選んで挑んでいるそうだ。


「ビクターもやる?」


じっとアデリン達のゲームを見ているだけなので、声をかけてみた。


「いや、いいよ。見てるだけで。オスカー頑張れよ」


ビクターは片方の口端をあげて笑いながら、アデリンに押されているオスカーに声をかける。オスカーは平然と「ビクターはチェスで僕らに負けるのが怖いんですね」とやり返す。


いつの間にかこの二人も仲良くなったみたいだわ。

ここにいないノアのことを恋しく思う。

そして冬が始まる前に出した手紙の返事が、ノアから未だ来ていないことを思うと胸が痛んだ。


オスカーとビクターは、お互いに言いたいことを言い合っている。まだ小さいと思っていたオスカーが物おじせずに言いたいことを言えるなんて……と感慨深く二人の様子をアデリンは眺めていた。


「明日の孤児院訪問について、お土産をどうするのかメグが悩んでいたぞ」


オスカーとの言葉の応酬が終わったビクターがアデリンの方を向いた。


「あら、しまったわ。お土産のこと打ち合わせていなかったわね」


明日は久しぶりの孤児院訪問だ。闇ギルドの件があって、アデリンは顔を出せていなかった。しばらくはアデリンの代わりにメグが定期的に訪問してくれていたのだ。


「今、メグはどこにいるかわかるかしら?」


ビクターは「厨房にいる」と答える。


相談に乗った方がいいわよね。おまかせも申し訳ないわ。


オスカーは残念そうな顔をしながらアデリンの背を押してくれた。


「お姉様、メグのところに行って大丈夫ですよ。僕はコナーと対戦をしますから」


見るとコナーがオスカーとの対戦を待ち構えていたようですぐそばにいた。


「じゃあ行ってくるわね。途中でごめんなさいね」


オスカーとコナーへ微笑みかけると、ビクターと共に厨房へ向かう。



鍛錬でよく会ってはいるが、ビクターと二人でゆっくりと話す機会はなかなかなかった。横を歩いているビクターを見上げ、意を決して問いかける。


「お父様から、ビクターが私の専属護衛になったって言われたのだけれど……ビクターも了承しているとも……本当によかったの?」


驚いたようにビクターはアデリンを見た後に、いつも通りの意地の悪い笑顔をする。


「何? 姫様は俺のこと気にかけてくれていたの? 姫様の専属騎士になることは辺境伯から話があった時にちゃんと了解したよ」


「でも、ソーラス家の騎士ではないでしょう? ……冬が終わるまで、とか?」


「え? なんで冬だけ?」


「だって、ビクターは探しものがあるのでしょう? 雪が溶けたら……また旅に出るのかと思っていたわ」


自由に動けるビクターを引き止めていたのは、自分の一件のせいではないかと。春になったらまた自由に動くと勝手に思っていた。


「ああ、ソーラス家騎士団には入っていないけど、ま、似たような感じで辺境伯と話しているから当分何処かに行くつもりはないよ。だから姫様の専属護衛も引き受けたんだ。大丈夫、どっかへ行ったりしないよ」


優しく笑いながらビクターがアデリンの瞳を覗き込む。


「気にしなくていいよ。俺が好きでここにいるんだから」


お父様と話し合って決めたのであれば、無理に言わせているわけではないんだろう。


「無理はしていないのね?」


確認でもう一度聞くと、真顔になったビクターが歩みを止めてアデリンと向き合う。


「俺は姫様を守りたい。頼ってもらいたいって前に言っただろう。だから、今もここにいるんだ。気にせず、俺に守られてくれ」


熱を持ったビクターの赤い瞳が真っ直ぐにアデリンの瞳を見据える。


「わかった。もう聞かないわ。護衛を引き受けてくれてありがとう。ビクターが側にいてくれて、護衛をしてくれることを心強いと思っているわ。これからもよろしくね」


微笑みながら告げると、ビクターは目を細めて笑った。




厨房に入ると、料理長とメグが何やら相談をしている。


「メグ!」


「姫様! どうなされました?」


「明日の孤児院訪問のお土産を相談していなかったと思って。もう何を持っていくのか決まったかしら」


「まぁビクターから何かお聞きになりました? わざわざ申し訳ありません。明日、お菓子をお土産で持っていってあげようと思っていまして、料理長と相談していたのです。今まで持っていったもの以外で何がいいかしらと決めかねていたのですよ」


「そうなのね。まだ決まっていないのであれば、よかったらエボディアの蜂蜜を使ったものはどうかしら?」


「あれを使っていいのですか?」


アデリンの提案に料理長の目が輝く。


「ええ、もちろんよ」


エボデュアは洞窟に住む気まぐれな精霊から頂いたものだ。女神様から頂いたラベンダーと一緒に薬草園で育てていて、辺境伯の指示のもと庭師のハンクがしっかりと管理して育ててくれている。詳細は城の使用人には伝えていないが、女神様精霊様の加護がある植物として厳重に管理されている。

頑張っ

「そんなにたくさんの量はないかもしれないけれど、この前採れた分があるはずだわ。女神様、精霊様のご加護があるものだから、孤児院のみんなにも食べてもらいたいわ」


料理長は何やら悩んでいたが、閃いたようだ。


「それではお嬢様、アップルパイはいかがでしょうか。蜂蜜を大量には使いませんし、時期的にもりんごが美味しい季節ですので、ちょうど楽しめるかと思います」


「いいわね。もしできたら、お父様達にも召し上がっていただけるように多めに作ってくださる?」


「もちろんです! それでは早速、パイの生地を仕込んできますので、ここで失礼しますね」


楽しそうな料理長を皆で見送る。


「姫様、貴重な蜂蜜を使わせてもらえてありがとうございます。きっと子供達も喜びますね。そういえば、今までウィルを一緒に連れていっていたのですが、明日も一緒に連れていっても大丈夫ですか?」


「ええ、もちろんよ」


ウィルはビクターと一緒に闇ギルドから逃げてきた少年だ。騎士見習いで頑張っていると聞いている。


「ありがとうございます。ウィルもテリーも喜びます」


「テリーがどうしたの?」


テリーは騎士に憧れている11歳の孤児院で暮らしている少年だ。


「ウィルと一緒に孤児院を訪ねると、あの二人ずっと鍛錬をしているんですよ。ウィルは学んだことを伝え、テリーも騎士になる夢のためにウィルから吸収しているんです」


「まぁ、そうだったのね」


テリーが騎士に憧れているとは知っていたが、そこまで真剣に考えていたとは。

ソーラス家の騎士団に入るには、入団テストを受けなければならない。13歳から受けられるのだ。テリーはあと2年後。必死に練習しているのだろう。


「明日、ビクターが手合わせしてあげてくれないかしら?」


アデリンはビクターを見て、頼んでみる。


「ああ、いいよ」


ウィルのことを弟のように可愛がっているビクターだ。ウィルから聞いていたのだろう。一も二もなく引き受けてくれた。


「ありがとう、優しいのね」


ぶっきらぼうだけれども、根は優しいのよね。

知らず知らずのうちににっこりと微笑んだアデリンに、ビクターは照れたように笑った。



翌日の午後、孤児院へビクター、メグとウィルの4人で訪ねる。神官がにこやかに微笑んで馬車から降りたアデリン達を出迎えてくれた。

アデリンはメグと女神様へ祈りを捧げるため、神官と一緒に教会へ入る。ビクターとウィルは神官に挨拶をすると子供達の方へ向かった。テリーと鍛錬ができるとウィルは心躍る様子で駆け出していった。


「アデリン様、お元気そうで何よりです。ようこそおいでくださいました」


「神官様、ご無沙汰しており申し訳ありません。神官様も皆さんもお変わりありませんでしたか?」


「ええ、私も子供達も元気いっぱいですよ。今日アデリン様がお見えになると知った子供たちは朝から待ち焦がれていましたよ」


「私も子供たちに会いたかったわ。そう聞けて嬉しいです」


「アデリン様がいらっしゃることができなかった時、メグさんが熱心に訪ねてくださっていました。だから、子供たちもアデリン様に会えなくても自分達のことを忘れられていないと思えたのですよ。お気遣いありがとうございました」


アデリンが孤児院を訪ねることができなかった詳細を知っているだろう神官はあえてその話題には触れず、慈しむような視線をアデリンに向けた。


「お気遣いを頂きありがとうございます。色々と考えさせられる時期でした。私なりに前を向けそうなので、また頑張りますね」


アデリンは躊躇ったあと、少し声を落として神官に尋ねる。


「魔獣に襲われた村の方はその後いかがかご存じですか。皆さん、生活は立て直せましたでしょうか」


魔獣に襲われて被害にあった家や家畜小屋はソーラス家騎士団の騎士達が復興を手伝ったと聞いてはいる。

領主に通じ、村人からも情報が入ってくる立場の神官には何か話がきているのではないかと思って尋ねたのだ。


「アデリン様はお優しいですね。村の方は大丈夫ですよ。領主様自らが騎士団の方達を率いてすぐに助けに来てくださったと感謝されています。また、アデリン様が浄化してくださった水が流れる川のおかげで助かったとも」


アデリンの不安な心を読んだかのように、神官は微笑みながらアデリンに伝える。


「怪我をされた方はいらっしゃいませんでした。命があればなんとでもなる、と皆さんお強いですよ」


にっこりと笑った神官を見て、アデリンは聞いた言葉を繰り返す。


「命があればなんとでもなる……」


「そうですよ。アデリン様も村の方もそれは一緒ですよ」


目を潤ませながらアデリンは神官へ微笑みながら頷いた。


「そこの村の話ではないですが、最近、貧民街で寝込む人が増えたと聞きます」


女神様へ祈りを捧げたあと、孤児院へ神官と向かう途中に気になる話を聞く。


「寝込むとは……どういう症状なのでしょう。流行病なのですか?」


「いえ、人に移るというものではないようです。患者は手足の痺れやむくみが酷くなって動けなくなる症状が出ているようです」


「貧民街以外でも同じような症状を持つ方のお話は聞きますか?」


「いえ、貧民街からしか聞こえてこないです。しかも特に貧しい方がなっていますね」


「……そうですか。薬師に見てもらったりは……」


神官は静かに首を横に振る。薬師に見てもらうにはお金がかかる。貧民街の人たちに余裕はないだろう。


「一度、城の薬師に聞いてみます。神官様は寝込んでいる方でどなたかお知り合いの方はいらっしゃるのですか?」


「ええ、孤児院に最近入ってきた子供が一人おります。その子の親戚が伏せっていると聞いています。そのせいで、父母を亡くしたその子を引き取って育てられずに孤児院にやってきたのです」


孤児院の敷地を見回しながら、神官は一人の女の子を見つける。


「ほら、あの子ですよ。あのベンチに座っている女の子。名前はミナ、9歳です」


ベンチに座っているミナはぼんやりと目の前をみている。生気があんまり感じられない顔だ。


「父母が仕事中の事故で一度に亡くなり、叔母が伏せっていてここに連れてこられたのです。まだ現実を受け入れられないのでしょう。ああやって暖かい昼間の外遊びの時間はベンチに座ってぼんやりとしていることが多いです」


アデリンは神官と別れると、ミナの座っているベンチの近くへ向かう。

ミナは虚ろな視線を彷徨わせていた。


「こんにちは」


驚かせないようにそっと声をかけてみる。ゆっくりとミナの顔がアデリンを向く。生気のなかった瞳に光が一瞬宿った気がした。


「私はアデリンと言うの。あなたのお名前を聞いてもいいかしら」


「……ミナ」


警戒をしているのだろう。少し身構えた様子が感じられる。


「素敵な名前ね、よろしくね。横に座ってもいいかしら」


ミナは反応しなかったが、嫌がるそぶりもなかったのでアデリンは返事がなくても構わずに座った。


「ミナは最近ここにきたと聞いたわ。ここでの生活はどう? 少しは慣れたかしら」


「……」


「最近色々会って、心を強くしたくて悩んでいた時に、とても素敵で格好良い女性騎士に知識は女性にとって武器になるって聞いたの。だから私はお薬の勉強を始めたのよ」


脈略もなく勝手に話し始めたアデリンを驚いたミナがみる。


「あなたの周りでお薬が欲しいと思っている方はいらっしゃるかしら? 少しでも人の役に立つお薬が作れるようになりたいって思って勉強を頑張っているの。私はアデリンというわ。もし困ったことがあったら言ってね。頼ってくれると嬉しいわ」


ミナは呆気に取られている。


「美味しいアップルパイを持ってきたのよ。好きかしら? よかったら食堂で一緒に食べましょう」


アデリンはそう言って立ち上がり、ミナに手を差し出した。

花が綻んだように微笑むアデリンをみて、ミナは惚けたように見つめたままだ。


「お姫様?」


「うふふ、私がお姫様に見えるの? 嬉しいわ。アップルパイは好き?お城の料理長が作ってくれたのよ。きっと美味しいわ」


「お城?」


「ええ、あの丘の上に見えているお城よ」


「お姫様がお薬の勉強しているの?」


「ええ、今、お城の薬師さんから色々教わっているの」


「……お薬が欲しいけれど、お金がないの……」


「誰のためのお薬なのかしら?」


「私の叔母さん……」


アデリンはもう一度ミナの横に腰をおろした。


「よかったら、私に詳しい話を教えてくれないかしら? もしかしたら力になれるかもしれないわ」


ミナから聞き出した話によると、ミナの叔母は冬が始まったあたりから体調が悪く寝込むことが多くなったそうだ。手足が浮腫んで痛いと言っているとも。神官が聞いた話の症状と一致する。


「叔母様のこと心配ね。よかったらアップルパイをお裾分けしたいわ。連れていってもらえる?」


ミナは俯いていた顔を驚いたようにあげてアデリンをみる。


「お姫様があそこに行くの?」


あそことは貧民街のことだろう。


「お兄さんも一緒に行くことになるけど、叔母様の様子を見て薬師さんと相談したいの。どうかしら?」


ミナは顔を真っ赤にさせながら、こくこくと頷く。


「それでは、お土産にするアップルパイを切り分けてもらいましょう。一緒に食堂へいきましょう?」


もう一度アデリンがミナへ手を伸ばすと、ミナは恐る恐るその手をとった。

アデリンはミナへ柔らかな微笑みを向けて、二人で立ち上がり食堂へ向かった。



立ち寄ってくださってありがとうございます。

感想や評価(下の☆☆☆☆☆)をいただけると今後の励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。