43. 強み
久しぶりに外出したその夜、アデリンは窓辺で淡い光を放つフローライトを見ながらとめどなく考えていた。
今日の薬草採取、楽しかったな。
私は、もっと薬草について知りたい。学びたい。
そうなると、やはり王立学院へは行った方が良いわよね。
来年の秋に入学まではジョーと一緒に城の薬師について学ばせてもらおう。
魔術を使って魔獣討伐ができるようになったことは嬉しいけれど、まだ心許ない。
ビクターとの朝の鍛錬を再開したいわ。
サロメからももっと護身術や女性視点の武術の仕方を学びたい。
来年、ノアと王立学院で会った時に少しでも誇れる自分でいられるように。
ノアも今、一人で頑張っているんだもの。
私も頑張れるはず。
ノアに会いたいな……ノアは今何をしているんだろう……一人で泣いていないといいな
アデリンはアイザックの執務室の扉を叩いた。
家令のテオが扉を開けてくれ、優しい瞳で微笑んでくれる。先触れしてあったので、レイラもアデリンを迎えてくれた。
「お父様、お母様、お時間をいただきありがとうございます」
レイラがぎゅっとアデリンを抱きしめる。
「少し顔色がよくなったわね。嬉しいわ。さ、こちらへいらっしゃい。一緒にお茶をしようと思っていたの。今、城下で人気のお菓子を取り寄せたのよ」
レイラに手を引かれ、ソファへ座ると目の前のテーブルにはいくつもの焼き菓子が並んでいる。
「まぁこんなにたくさん。お母様、お気遣いありがとうございます。とても美味しそうですね」
「好きなだけ食べなさいね」
アイザックもレイラとアデリンの向かいのソファに座ると、目を細めて二人の様子を見ている。
「薬草採取はどうだったかい?気分転換になったかな」
「はい、お父様がおっしゃっていたように気分転換になりました。今回はプエラリアを採取してきたのですが、群生地までは野草や景色が素晴らしかったです。それから、魔獣討伐で使える新しい術がだいぶ安定してきました。アリシュタを私一人で倒せたのです。すごく嬉しかったです」
「まぁ、アディ一人でアリシュタを? 頑張ったわね。とても誇らしいわ。ねぇ、アイザック、さすが私たちの娘だわね」
レイラはアイザックに微笑みかけながら話すと、アデリンに言い含めるように話す。
「ねぇアディ、あなたの頑張りはとても素晴らしいわ。会うたびにどんどん成長していて、毎回驚かされるわ。でも、ゆっくりでいいのよ。あなたは頑張り屋さんだから、走り続けてしまうことが心配なの。たまには立ち止まって、ゆっくりすればいいのよ。たとえ歩みを止めてもあなたを悪く言ったり非難する人はいないわ」
レイラは一言一言ゆっくりとアデリンに伝わるように言葉を紡いだ。
「今のままのあなたも素敵よ」
レイラの言葉が心に染みる。
「お母様、ありがとうございます。そう言ってくださって嬉しいです。でも、まだやっぱり不安なんです、歩みを止めてしまうのが。もう少しだけ強くなりたいの。心が」
「心が強くなりたい? アディにとって強くなるとはなんだ?」
「今日お時間をつくっていただいたのは……これからのこと、私なりに考えてみたのです。自分の非力さが悔しくてもっと力が欲しいと嘆いていました。でも、私がどれだけ強くなってもきっと終わりはない。もっともっとって欲するだけだって。そして、私が本当に欲しい力は武力じゃないって気付いたんです。今回の件のようなことがあっても、みんなの前で胸を張って立てる心の強さが欲しいんです」
攫われたと言うことで色眼鏡で憶測する人もいるだろう。
その意味がわかったのか、口を開きかけたレイラが悲しそうな顔で俯いた。
「非力な女性だからと言って何かを諦める必要なんてなく、代わりに足りないところを強みで補う考え方をサロメから教わったのです。前を向くために私に足りなかったのは、柔軟的な考え方でした。私に必要なのは武術的な力じゃなくて、足りないところを埋める何かなんです。」
じっと聞いていたアイザックが静かに尋ねる。
「何かとはなんだ?」
「まだわかりません。でも、今回薬草採取に行って気付いたのです。私は薬草をもっと学びたい、もっと知識が欲しいって」
アイザックの強い視線がアデリンを捉えている。
「薬草を学ぶことが、アディのいう“足りないところを埋める何か”なのか?」
「サロメは知識を強みにできるとも教えてくれました。私が学びたい薬草学はきっと私の強みになると思います。魔獣討伐も自分の魔術で応戦できた手応えがあったのです。薬草採取するにも役立つ力です。だから薬草と魔術を学び続けたいのです」
「学ぶことで心が強くなるのか?」
アデリンはアイザックを真っ直ぐ見つめる
「自分にも何か出来ることがあるって思いたいです。そして、この地と領民達に恩返しがしたい。それが私の希望であり、前を向いて歩く糧になると考えたのです」
アイザックは暫く瞳を閉じて考えていた。
「親の立場で見ると君は良い子だ。私たちが誇れる娘だよ。今のままで十分過ぎるくらいだと思っている。これ以上強くなろうなんて思わなくていいし、今が弱いなんて思う必要もない。今のアデリンのままでいいんだよ。アディが辺境伯の娘として、ノブレスオブリージュを追求することは素晴らしい。でも、これ以上11歳の君の肩に責任を背負わせたくないとも思ってしまうんだ。私たちがアディを守ると言っても、きっと納得しないのだろうな」
アイザックが苦笑する。
「はい、お父様お母さまのお気持ちはありがたいと思っています。でも自分1人でも立てるようになりたいんです」
拐かされたアデリンが誰かと婚約を結ぶのは難しいと分かっている
修道院に行くにしても、他の道だとしても知識を得ておくことは必要だ。
アイザックは暫く考えるように黙っていたが、瞳に優しい光を湛えアデリンを見つめる
「自分の納得するまでやってみなさい」
顔を輝かせたアデリンを見て「アディのそんな笑顔は久しぶりに見たな」とレイラと顔を見合わせて笑った。
「お父様ありがとうございます! 私はこの冬は薬草をジョーと学びたいわ。そして、魔術の腕もビクターと特訓して上げていきたい。サロメからも、もっといろんなこと教えてほしいの」
「王立学院の入学まではこの地でしっかりと学びなさい。ただ、それには二つ条件がある。まず一つは城外に出る時は必ずビクターを連れて行くこと」
「はい、ありがとうございます。でも、ビクターは竜騎士の鍛錬があるのではないですか?」
「いや、ビクターはお前専属の護衛になった」
「そうなのですか?」
「本人も了承しているから問題ないぞ」
「……わかりました」
ビクターが私専属?
驚いたわ。いいのかしら、本来は自由な人なのに。
「あともう一つ。薬草や魔術を学ぶのは、アデリン、お前自身のためであって、ソーラス家や領地、領民のためではない。そのことを念頭に置いて行動できるか?」
「……どういうことですか?」
「アディは、誰かの役に立つことが人の価値を判断できると思うか? 誰の役にも立たないと価値がない人間か?」
「……」
「もうわかるな。アディが役に立たなくていいんだ。そこに私たちはアディの価値を見出していない。お前はそのままでいいんだよ。思うように進んでいい時はそうしたらいい。まさに王立学院へ行く前は思うようにできる時期でもある。ただ、確かに好き勝手に生きるには、貴族の身分が邪魔をすることはあるだろう。そこは蔑ろにはできない。それでも親としては、アディを駒として扱うつもりはない。だから、アディが薬草学を学ぶ理由に、家も領地も関係ない。何も結果を残せなくて構わない。それを分かってくれるか?」
アデリンは鼻の奥がツンとしてくる。結局守ってもらっている。でも嬉しい。
ノブレスオブリージュと真逆の生き方をいいと認めてくれるアイザックが貴族として、王弟として、本来は許されないことを言っているのがわかるだけに、そこまで言わせてしまったことも申し訳ない気持ちになった。それと同時に、自由にしていいと言われる開放感、幸福感もあった。
「はい、ありがとうございます。お父様、お母様、私のこと考えてくださって……本当に感謝しています。
私自身の興味の追求として薬草学を選んで学びますね」
アイザックは笑いながら頷いた。
「領主の立場でいえば、有能な薬師も魔術師も喉から手が出るほど欲しい人財であり知識だ。対外的にもアデリンが薬草学を学ぶ大義名分にもなるだろう。外野のことは気にせずどんどん学んでいきなさい」
「あなたの信念の強さは……誰譲りかしらね」
困った顔で微笑みながらレイラがアデリンを抱きしめる。
「何かあったらすぐ私たちに相談するのよ。私たちはいつでもあなたの味方よ」
「はいお母様。ありがとうございます」
アデリンもレイラをぎゅっと抱きしめた。
部屋に戻ったアデリンは、ミリーと栞を作り始めた。昨夜、風魔術でアングレカムの青い花を乾燥させておいたものを、薄い木片に貼り付ける。何輪かの花を使い華やかに仕上げた。暫くおもしを乗せたら出来上がりだ。
アングレカムが十分あったので、幾つかの栞を作ることができた。
「思ったよりたくさん作れましたね」
「ノアへオリビア様の分も送るわ。サロメやお母様にも差し上げましょう。私にも一片残すから、ミリーも一片もらってね」
「ありがとうございます」
「ね、ミリー。薬草採取に行ってすごく楽しかったの。もっと薬草を学びたいって強く思ったわ。お父様達から了解をもらえてすごく嬉しかったし、今は学べることが嬉しくてわくわくしているわ。私は、ノアにお手紙を書くのが怖かったのだけれど、ちゃんと今の気持ちを書いて伝えたいって思えるようになったの。長いお手紙になりそうだけど、書いてみるわ」
ミリーはにっこりと微笑んで「良かったです」と呟く。
「良かった?」首を傾げたアデリンをみて、ミリーは泣き笑いのような表情になる。
「お嬢様が前向きになられたような気がして嬉しいのです」
「ミリーには心配かけてばかりね。ごめんなさいね」
柔らかな微笑みのアデリンを見て、ミリーはそっと目尻の涙を拭った。
ノアには魔獣討伐を手伝ってくれたお礼と薬草採取に行ったこと、これから薬草について学ぶことを書き、ノアとオリビアの2人分の栞を同封した。
やはり、長い手紙になった。
魔獣討伐にまきこんでしまったお詫びとお礼を伝えることはできたけれど、自分が拐かされた件のことは触れられなかった。
心配かけたくないしね、と自分には言い訳をする。
本当はノア達を巻き込んだことを怒ってるかもしれない、という不安が消えなくて、その話題に触れられなかったと言う方が正しいだろう。
ノアは返事書いてくれるかしら……。
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