42. 久しぶりの外出
ミリーが調整をしてくれた為、とんとん拍子に薬草を採取しにいく日程が決まった。
「姫様、今日は何をしにいくんだ?」
事件以来、久しぶりに顔を合わせるビクターが相変わらず飄々とした様子で声をかけてきた。
きっとこれが彼なりの優しさなんだろうなと思う。
「本格的な冬がやってくる前に薬草を採取しておきたくて」
アデリンが寝込んでいる間にすっかり晩秋の気配が深まったようだ。
「ふ〜ん、薬草ね」
流石にノアへ贈る栞に必要な花を探しにいくためなんて言えないわ……
「ええ、今日は騎士のサロメも護衛で来てくれているの」
薬草の生息に詳しいコナーと今まで採取に行っていたが、今回はお父様からサロメを連れていくよう指示があった。サロメも薬草に詳しかった。
「竜騎士の兄が、ワイバーンの騎乗練習を兼ねて薬草採取に私をよく連れ出してくれたんです。おかげで野山の知識も魔獣にも詳しくなりましたよ」と照れたように教えてくれる。
今回一緒に来てくれる竜騎士はサロメの兄、アーロンだ。
「アーロン、今日はよろしくお願いします」
アデリンが挨拶をすると、サロメとそっくりの柔らかい顔立ちのアーロンは、優しそうな笑顔で一礼をする。
「アデリン様、竜騎士のアーロン・ホークです。いつも妹がお世話になっております。今回はお供させていただけて光栄です」
「いえ、サロメには良くしてもらっています。私のために時間を作ってくれて感謝しているんです」
「そうおっしゃっていただけると兄としても嬉しいです。今日はアデリン様がお一人で、ビクターとミリーさん、私とサロメで3頭のワイバーンにそれぞれ乗って行きますね」
「私一人で乗れるのね」
「はい、アデリン様の騎乗の腕が良いと聞いておりますので」
嬉しそうに微笑んだアデリンは頬を上気させてワイバーンを撫でる。
「お嬢様の笑顔はやっぱりいいですね。さ、料理長がたくさん美味しい料理を作ってくれました。向こうで美味しくいただきましょうね」
少し赤くなった目を誤魔化すかのように、ミリーが声をかける。
それを合図かのように、それぞれがワイバーンに跨った。
(会いたかったわ、元気だった? 今日は背中に乗せてもらうわね。楽しく飛ぼうね)
ワイバーンの首元を撫でながら魔力を繋げたアデリンは通力を行い、背に跨る。
(さぁ行きましょう)
ワイバーンへ上昇を通力で合図する。アデリンの乗ったワイバーンは大きく翼を広げるとゆっくりと羽ばたき、あっという間に城の一番高い塔の高さまで昇った。
3頭は編隊飛行で目的地へ向かう。今回は領地の西側の高山が目的地だ。
(ノアはこのまま西へ行ったところにいるのね)
オルフェー家の領地、旧イングルス帝国はソーラス領の西側に位置している。
アデリンは空を見上げた。鱗雲が一面を覆い、すっかり晩秋の空だ。
この鱗雲はノアの元へいくのかしら。
私もこのまま西へ向かって会いに行きたいわ……。
ノアを懐かしむ気持ちが急に込み上げてしまった。
首を降ってその気持ちを追い出す。
駄目よ、まだ私は弱いままだ。
ノアに笑って会えるように、もっと強くならなきゃ。
心配はかけたくない。
ノアの笑顔がみたい。声が聞きたい。無性に泣き叫びたくなるほどノアが恋しくなる。
そんな気持ちをなんと呼ぶのか、アデリンはわからなかった
ふと視線を感じて横を見ると、ビクターがこちらを見ていた。赤い瞳の奥には気遣わしげな色が見える。
心配してくれているのね。
アデリンは安心させるように、にっこりと微笑んだ。
目的地に到着したようだ。先頭のアーロンが乗っているワイバーンは降下を始める。続いて、アデリンもビクターもゆっくりと降下を始めた。
標高が高い場所だけあって、すでに雪が降ったのだろう。所々に溶け残った雪が見える。
静かに着陸したワイバーンを労うように首元を撫でてから降りようとする、ビクターが手を貸してくれた。
「ありがとう。もう雪が降ったのね。ここは冬が始まっているのね」
「ああ、そうだな。姫様、寒くないか?」
今日のアデリンは、きっと寒いだろうと厚手のモスグリーンの乗馬服をミリーが用意してくれていた。
「ええ、大丈夫よ。ビクターは大丈夫? 故郷では雪は降るの?」
「そうだな、降るけれど、あまり積もらないかな。火山があるおかげで、山の泉が温かいんだ。冬はそこで温まるのが一番好きだな」
「泉が温かいの?」
アデリンは瞳を見開いた。
一体どういうことかしら。
「火山の熱で温められた水が湧き出ているんだよ。冬は動物も泉に入りに来るんだぞ」
「まぁ動物と一緒に入れるのね、面白いわね」
外の世界は本当に広い。私が知らないことがたくさんあるのね。
「姫様が望めば、いつでも連れて行ってやるよ」
いつもと違う、柔らかない眼差しに吃驚する。
瞳を瞬いているアデリンを見て、片方の口端をあげて微笑むとアーロンのところへ向かった。
取り残されたアデリンは、我に返るとミリーの方へ向かい出発の準備を整えた。
今回は岩場の斜面に群生しているプエラリアの採取が目的だ。プエラリアは葉根花の全てが薬になる万能な薬だ。特に体調を崩しやすい冬場に活躍する薬草である。
アーロンとミリーが留守番となり、アデリンとサロメ、ビクターが薬草採取に行く。
ミリーが「アングレカムを忘れないでくださいね」とそっと囁いて、見送ってくれた。
「プエラリアの生えているところは、ここからそう遠くないです。この辺りは普段は小物の魔獣がよく出るところなのですが、冬に入るこの時期はアリシュタが出てくる可能性があるので、警戒を怠らないようにしてください」
歩きながらサロメが説明をしてくれた。アリシュタは大型の熊の魔獣である。至近距離まで音もなく近づいてきて突進してくるので警戒が必要なのだ。
今日は、サロメとビクターが剣帯、アデリンは弓と矢筒を肩にかけている。
ビクターと特訓した、風属性と光属性の複合型の弓矢の魔術は久しく鍛錬していないけれどできるはず。魔力は衰えてないもの。できれば光属性の剣の実地訓練もしたいけれど……きっと二人に言ったら止められるわね。機会があれば使いたいわ。
魔獣の気配を探りながら、目的地へ向かう道中の野草に目を奪われたり、景色を堪能したりすることでアデリンはささくれ立っていた心の奥底が癒されていくのを感じた。
やっぱり外は気持ちいい。
私、薬草を探したりするのが好きなんだわ。
目的地に着くまで、兎の魔獣、アルミラジを何頭か見かけたのでアデリンは《風弓》で弓を出し、《光矢》で光属性の矢をつがえて射る練習ができた。
「姫様、ものにしたな。安定しているぞ」
ビクターに褒められて、アデリンは満足げな微笑みで返す。
よかった。少しは進歩している、私。
「アルミラジの角も薬用で活躍するんですよ」
サロメが手際良くアルミラジから魔石を取り出すついでに、角も切り落としていく。
「なんでも良く知っているのね」
アデリンが感心しながらいうと、サロメは片目を瞑りながら「知識も武器になりますよ」と微笑んだ。
知識が武器になる、サロメの言葉を心の中で反芻する。
私の知識は……足りない。薬草についても薬作りも……。
もっと欲しい。強みになるくらいのものが。
プエラリアの群生地についた。手分けをして、採取を開始する。葉根花の全てが薬になる、昔から風邪薬や胃腸の薬として重宝されてきた薬草だ。生態系を崩さない程度に採り終えると、アーロンとミリーが待っている場所へ戻ることにした。
「アデリン様、アングレカムが咲いている場所がありますよ。遠回りになりませんので、寄っていきましょう」
ミリーが念の為にサロメに伝えていたのだろうか。
道中見つけられなくて残念に思っていたので、サロメの提案が嬉しかった。
「ええ是非!」
少し奥に入ってみると、開けた場所一面に青のアングレカムが咲き誇っていた。
「まぁ……」
言葉を失うくらい美しい光景だった。
「サロメ、連れてきてくれてありがとう。こんなにたくさんのアングレカムが咲いているのを見たのは初めてよ。とても美しいわ」
「喜んでいただけて、よかったです」
サロメは嬉しそうに頬を緩める。
サロメは騎士然としていると本当に凛々しくて格好いいけれど笑うと可愛いわね
アデリンも釣られてふにゃりと微笑んで応える。
レイラへのお土産にもしようと何輪か摘んだ。
「ありがとう。これで満足よ。ミリーとアーロンのところへ戻りましょうか」
「姫様、天候が崩れてきそうだ。早めに戻った方がいいかもしれないな」
空を見ながらビクターが言った。
西の空をみると黒い雲が見える。
「まぁ、料理長が作ってくれたご飯も頂いていないのに。急いで戻りましょう」
アデリンが言うと、「食い気が優先?」と笑いながら薬草とアングレカムが入った袋を持ってくれた。
早足で戻っている途中、先頭をいくサロメの足が緊張したように止まる。手振りで右側の茂みを指し示す。
薮の向こうに何かの気配を感じる。
アリシュタかしら。
アデリンは魔力を巡らせて、《光剣》を発動させて構える。ビクターがちらっとアデリンの光剣を見て、片方の口端をあげた。
「姫様、それ使ってみるか? 多分相手はアリシュタだ。突進してくるから、間合いを見て斬りつけろ。俺とサロメが後方で援護するから気負わずいけ」
サロメとビクターも剣を構えた。
睨み合いがしばらく続いた後、アリシュタが飛び出してきた。
──間合いを見て
ビクターの言葉を繰り返す。
アリシュタがアデリンの前で後ろ足2本で立ちあがり、前足を大きく振りあげた瞬間に《光剣》を左下から右上へ振り上げた。
やった!
手応えがあった。
巨体が足元から崩れ落ち、後ろに倒れる。
倒れると同時にサロメとビクターがアデリンを庇うように前へ出る。
「姫様、使えたじゃないか。よかったな」
ビクターが倒れているアリシュタから目を逸らさずに声をかけてきた。
「絶命してますね。致命傷を与えられるだけの魔力がありましたね。さすがです」
素早くアリシュタの様子を確認したサロメが振り返って笑ってくれた。
「よかった」
体から緊張が抜けて、足元が少しふらつく。
相当、気が張っていたようだ。
「姫様、こんな大きな魔獣は初めて討ち取ったんじゃないか? 良くやったな」
さりげなくアデリンの腕を掴んで支えてくれたビクターが、笑顔を見せる。
サロメがアリシュタから素早く魔石を取り出すと、ビクターが魔術で地面に作った大きな穴にアリシュタを入れて埋めた。
「さ、これで土産話もたくさんできましたね。もう二人が待っているところまですぐです。アデリン様、歩けますか?」
「ええ、ありがとう。まだ大丈夫よ」
気遣ってくれるサロメに笑顔を向けると、アデリンは再び歩き出した。
《光剣》が使えたわ!よかった。
アデリンは魔物を討伐することに少し自信がついた気がした。
ミリー達は景色のいいところで敷物を引いて待っていてくれた。
「お帰りなさいませ。アデリン様、温かいお茶を入れますので座ってお休みくださいね」
入れてくれたお茶をもらいながら、ミリーに「アングレカムを見つけたよ」と報告すると嬉しそうに頷いた。
料理長が持たせてくれた食事は今回も美味しかった。
アーロン、ビクターの食欲は勿論、サロメも細い体に似合わずしっかりと食べる。
恥ずかしそうに「食べられるときに食べておく」との騎士の教訓のせいです、と笑っていた。
「西の空から雨雲がやってきそうです。まだしばらくは大丈夫でしょうが、食事を頂いたら早めに戻りましょう」
アーロンが空を見ながら告げるや否や、ミリーが片付けを進めていく。
「お嬢様、こちらのお薬をお飲みください」
渡されたのは、ジョーと以前作った魔力回復の薬だった。
ミリーを思わず見返すと「お顔のお色が少し悪いですよ。魔力を使いすぎてはいませんか」と言われてしまう。
「帰り、姫様は俺とワイバーンに乗るぞ。サロメは一人で乗れるだろう」
「私とビクターと?」
「はい、そうしてくださいませ。アデリン様、少しお疲れになったかと思いますので安全のためです。私も一人でワイバーンに乗れますのでご安心ください」
ビクターとサロメに言われて、アデリンは頷くしかなかった。
「姫様、用意はいいか? 飛び立つぞ」
アデリンが頷くと、ビクターとアデリンが乗ったワイバーンが緩やかに上昇する。編隊飛行になると、風避けの魔術をビクターが発動してくれた。
「ビクター、遅くなっちゃったけど、助けてくれてありがとうね」
アデリンの後ろにいるビクターの顔は見えない。
飛んでいるワイバーンの後ろ頭を見つめながら、アデリンはぽつぽつと話し出した。
「体調は大丈夫か?」
「うん、ありがとう。もう大丈夫」
ビクターに抱きかかえられた時、安心して泣いてしまったことを思い出して少し恥ずかしくなる。
「いつでも助けてやるから、何かあったら呼べよ」
「……」
「姫様は俺らをもっと使っていい立場なんだぞ、湖に行きたくなったら気にせず俺を呼べ。どこへでもついて行ってやるから」
優しい声音が後ろから響いてくる。
「怖かった……」
思わず本音が漏れる。
「力で勝てなくて悔しかった」
そっとビクターが後ろから頭を撫でてくれる。
「だから、もっと強くなりたいと思ったの」
「護身術を始めたのはそれか?」
「ええ」
「今日の魔獣討伐は良くできたな。術も安定したぞ」
「守ってもらうだけが嫌で、誰かを守れるようになりたいと思って魔術も武術も人並みにできるよう頑張ってきたけど、この前は何も役に立たなかった。だから、護身術を習ったの。サロメからは、力が弱い者なりの戦い方があるって教えてもらったの。でも、私はまだ心が弱いまま。強くならなきゃ」
誰かを頼って縋ってしまいそうな自分が怖い。
大丈夫だろうと奢った気持ちがきっかけで村が襲撃を受けた。もっと意識を変えて、精神を鍛え直さないと。
ビクターは考え込んでしまったアデリンの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「なんか難しいことをごにょごにょ考えていないか?」
「……」
「人は誰かに甘えていいし、頼っていいんだぞ。姫様も同じだ。姫様は自分ができることをやればいい、全部完璧にやる必要なんてないんだ。それに、これ以上姫様が強くなる必要なんてない。十分姫様は強いさ。弱いところを持っている自分も認めてやれよ」
「でも、私が一人で湖に行ったせいでいろんな人を巻き込んでしまったわ」
「誰も姫様に巻き込まれたなんて考えていないよ。むしろ姫様が無事で安心しているぞ」
「村の人たちだって……」
「今回の総動の黒幕が誰かをきちんと辺境伯が説明したそうだぞ。姫様のことを村の人たちが反対に心配していたってさ」
「……」
鼻の奥がツンとしてくる。
「ノアも怒っていないかな?」
「なんであいつが怒るんだ?」
「だって、危ない目に合わせてしまったもの」
村を襲った魔獣を討伐してくれたノア。
オリビア様にも怖い思いをさせてしまった。
「あー多分怒ってるけど、怒っているのは自分自身にだろうな」
ビクターが笑う。
「どう言うこと?」
「姫様を見つけたのが自分じゃないってことに怒ってるだろうなってこと。助けに行く王子様役を俺が奪ったしな」
「……そういうものなの?」
きょとんとしているアデリンに、ビクターは柔らかな声で話を続ける。
「俺は姫様に頼ってもらいたい。姫様を守りたい。だから、今もここにいるんだ。どこに行くにしても、何かあっても俺を呼べよ。すぐ駆けつけるから」
「……わかった、ありがとう。ビクターも私を頼ってね。私も守るよ」
ビクターは苦笑しながら、「そういうことじゃないんだけどな」とぼやいた。
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