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41. 女性騎士

レイラが言った通り、今回の首謀者、実行者は全て捕まえ処罰されたとアイザックからも聞いた。

看過できない事件として、この件を含め人身売買について隣国イブー国を正式に非難し、重く受け止めたイブー国は人身売買に関与していた商社を取り潰した。


表面上は日常に戻ったソーラス家だったが、深いところで目に見えない傷はまだ残っていた。



「アディ、顔色が悪いぞ。無理をするなよ」


アデリンはアイザックの執務室を訪ねていた。病み上がりとはいえ以前より痩せてしまい、真っ白な顔色が美しい顔立ちを強調して痛々しく見える。


「大丈夫です、お父様」


弱々しく微笑む姿は、以前のお転婆姫の面影がない。

アイザックの心中は闇ギルドへの怒りで吹き荒れる。


「今日はどうした?」


「もっと身を守れるよう強くなりたいのです。今回、今まで身につけていた魔術も武術も何もできなかったのです。だから、護身術を身につけたいのです」


「護衛がいるではないか」


アデリンは事件の後、男性に恐怖を感じるようになってしまった。今、男性の護衛はビクターだけだ。女性騎士を目指しているエイミーとミリーも護衛としてアディに付き添ってくれている。


「……夢を毎晩見るのです。夢の中で逃げ続けているのです。立ち向かうために何か行動を起こさないと……駄目になりそうなの」


赤くした瞳でアイザックを真っ直ぐに見る。

毎晩アデリンがうなされていることは、アイザックもミリー達から聞いていた。


「鍛錬すること以外は解決法がないというのか?」


「はい、倒せるだけの強さが欲しいです」


「……わかった、考えてみよう。ただ、1年後は王立学院へ行くからな。それまでの期間となるぞ」


「……そのことですが、私は王立学院へ行ってもいいのでしょうか」


「どういうことだ?」


「何もなかったとはいえ……拐かされた身です。婚姻も難しくなると判っています。いっそのこと領内の修道院へ行った方がいいのかと……」


淡々と告げるアデリンを思わずアイザックは抱きしめた。


「大丈夫だ、アディ。お前は何も悪いことをしていない。何も気に止む必要はないんだ。領境の襲われた村にはグレン湖から流れた川が流れていた。アディが湖を浄化してくれていたおかげで、川の水にも浄化作用があって村の人たちは魔獣から助かったんだ。お前は村人たちを助けていたんだよ。

王立学院へは行くべきだ。薬草のことを学びたいのだろう?しっかり学んでこい。その知識を人のため、領民のため、領地のために活かしてくれ。

少しでも不安を解消できるのであれば、護身術を女性騎士から教わればいい。

婚姻のことも気にするな。どちらにしても、アディの意見を無視した婚姻を結ぶつもりはないからな」


たくましい父の胸の中で、アデリンは声を上げて泣いた。


「でも私が一人で湖に行かなければ、拐かされなければ、村も襲われることがなかったのに……ごめんなさい。皆さんも避難した水の中はどんなに寒かったのかと思うと……」


「優しい子だね。アディのせいではないよ。アディの件が無かろうと、関係なく襲われただろう」


アイザックはアディの背中をさすりながら、声を鋭くして言葉を続ける。


「誰かのせいにするのであれば、私のせいだよ。父のせいだよ。私が闇ギルドの残党を根こそぎ撃滅していたら…… 怖い思いをさせて申し訳なかった、アディ」


ぎゅっとアイザックに抱きつく。


「予定通り、アディは1年後の秋に王立学院に入学するんだよ。心配しなくていいから」


背中をぽんぽんと優しく叩かれる。


「護身術は女性騎士のサロメに話をしておくから。気分転換になるなら、ワイバーンに乗って薬草とりに行ってきたらいい。ビクター達を連れてな」


「はい、ありがとうございます、お父様」




部屋に戻ると、ミリーがお茶を入れてくれた。


「ミリー、今まで心配かけたわね。お父様とも話せたわ」


儚げな笑顔を浮かべるアデリンは、心を落ち着かせるかのようにお茶を一口飲むと言葉を続ける。


「まだ夢を見るし、怖いの。部屋の中に閉じこもっていたい気持ちもあるのだけど、それでは絶対に打ち勝てないの。お父様にああは言ったものの、まだ外に出るのが怖いの。わかっているのよ。何かしていた方が、ここでじっとしているよりもいいはずって。でも……また私が何かすることで、悪いことが起きたらどうしようって不安にもなるの」


「お嬢様がいくところ、やること、全て私もついていきますから! 心配せずやりたいことやってくだいませ」


笑顔で答えたミリーの言葉を聞くと、アデリンは瞳を瞬いた。


「ミリーには外に出ること、反対されるかと思ったわ」


「そうですね。お嬢様が普通のご令嬢であれば家に閉じ込めたでしょうね。でも、お転婆姫なお嬢様を家の中に閉じ込めておくなんて、無理なことですよ。お嬢様はお嬢様らしく、思うままに生きるべきです」


「思うままに行動したら、皆に迷惑をかけてしまったわ」


「村のことを言っているのであれば、お嬢様のせいではありません。実際、村の人たちはお嬢様に感謝していると聞いてますよ。お嬢様が浄化してくださっていたおかげで助かったとね。これからは外に行くときは、どんな些細な用事であっても気にせずに私やエイミーを連れていってくれればいいんです」


「ミリー、ありがとう」


泣き笑いのような顔をしたアデリンをそっとミリーは抱きしめる。


「みんな、お転婆様のことが大好きなんですよ。遠慮はいりませんからね」


ミリーの優しさが傷ついたアディの心にゆっくりと染み込んでいく。

アデリンはミリーをぎゅっと抱きしめ返した。



「お嬢様、ノア様からお手紙が届いていますよ。こちらに置いておきますね」


ミリーが気をきかせたのだろう。アデリンを一人にしてくれた。

ノアから初めてもらう手紙だ。

お互いに手紙をやりとりしようね、と話していたのに、アデリンは寝込んでいたこともあって一度もノアに手紙を送っていなかった。

何が書いてあるのだろう。

ノアは村を守るために戦ってくれたと聞く。ノアやオリビアを危険な目に合わせたとしてアデリンのことを怒ってはいないだろうか。


散々ためらってから、ゆっくりとペーパーナイフで封を開けた。

中には、一枚の絵が入っている。



「まぁ……なんて美しいの」


美しい色使いでいきいきと描かれたトルコキキョウの絵は、まるで本物の花のようだ。

封筒の中を改めると、一枚のカードも入っていた。美しく流れるような字で一言書いてある。


「アディに会えなくて寂しい  ノア」


思わず、アデリンはカードを胸に押し当てた。


(ノアの字だ)


一気に寂しさが押し寄せてくる。

ノアに会いたい。

首紐の先に収まっている、ノアの瞳の色の琥珀色の魔石をそっと撫でた。


ミリーにノアから貰った絵を見せて、額縁が欲しいと相談した。

ノアが初めてアデリンに贈ってくれた、水竜と少女の絵はすでに額縁に入れて部屋に飾っている。


「まぁ、ノア様は本当に絵を描くのがお上手ですね。お嬢様、トルコキキョウの花言葉はご存じですか?」


「ええ、“希望”よね」


「きっとノア様はお嬢様のその言葉を贈りたかったのかもしれませんね。それにしても生花を送れない代わりに、ご自身で筆をとられて絵を送るなんてロマンチックですね」


“希望”を贈ってくれたってことは、ノアは私を許してくれているのかしら。


「さ、お嬢様も返事を書かれますでしょう? いくつか便箋と封筒を用意してありますよ。お選びくださいな」


「……やっぱり返事書かないとだめよね……」


「どうされました? お手紙書くのを躊躇っていらっしゃいますか?」


「何を書けばいいのかわからないの。ノアが怒ってるんじゃないかと思っていたの。伝えたいことはたくさんあるけれど、何を書けばいいかわからないの」


元気でいるかしら、とか、嫌な思いはしていないかしら、とか……聞きたいことはたくさんあるのに……

ミリーは私の横にそっと座って、背中を撫でてくれる。


「それでは、お嬢様も言葉ではなく、違うものを贈られてはいかがですか?」


「……違うもの?」


「例えば……そうですね、押し花とかはいかがですか? 押し花で栞を作られてはどうでしょう」


「栞……」


「はい、ノア様、本を読まれますよね。きっと使ってくださいますよ」


「そうね、良い考えだわ。お花はどうしましょう」


「うふふ……『一緒にいたい』という花言葉の花を知ってますか? アングレカムがちょうど咲き始めの時期ですよ。旦那様から薬草採取は了承が取れていらっしゃるのであれば、ついでに採りに行っちゃいましょう」


「ついでって……。それに『一緒にいたい』って……」


瞳を瞬かせているアデリンを見て、ミリーがしみじみと言う。


「やっぱりお嬢様、ご自覚ないんですね」


首を傾げたアデリンを見て「お嬢様はそのままでいいですよ」と目を細めながら呟いた。




お父様がすぐに女性騎士のサロメに話を通してくれたようだ。


「アデリン様、お初にお目にかかります。ソーラス家騎士団騎士隊長のサロメでございます。どうぞ、サロメとお呼びください。アイザック様より、お嬢様へ護身術をお伝えする役目を頂きました。どうぞよろしくお願いいたします」


サロメは訓練場へやってきたアデリンににっこりと微笑んで挨拶をすると、胸に手を当てて一礼する。騎士服で長身で引き締まった長い四肢を包み、藍色の髪の毛を後ろで高く一つに結んでいる。凛々しい様子とは逆に、大きな垂れ気味の緑色の瞳と小さめの形の整った唇が柔らかな印象を出している可愛らしい顔立ちだ。


凛々しくて素敵だわ。思わず見惚れてしまう。


「アデリンと申します。鍛錬でお忙しい中、お時間を割いてくださることを感謝します。よろしくお願いしますね」


「それでは、早速ですが、護身術とはどういうものかアデリン様はいかがお考えですか?」


「そうね……襲ってきた相手から身を守るための術……かしら」


サロメがきりっとした騎士の顔になって話を続ける。


「そうですね。身を守るためのものですが、一番重要なのは相手に勝つ必要がない、と言うことです」


「勝つ必要はない?」


「はい、護身術の定義は様々あるのですが、今回私がアデリン様に教える護身術は武術とは似て異なるものとなります。私が考える護身術は、何者かに突然襲われたり、暴力を奮われたりした場合に、使える身体の全てで抵抗し、危険を逃れるために必要であれば攻撃を行うものです。つまりは、目的は逃げるための術です。そして、相手が複数だったり不意に襲われたり、自分には不利な状況からのスタートとなる術です」


「はい、わかります」


襲われたことを思い出して、身体がすくむ。

サロメはアデリンの様子に気付いたのだろう、拐かされたことも聞いているはずだ。

緑色の瞳が優しい光を湛えてアデリンを見た。


「サロメ、私はこの間3人の男達に拐われました。武術には自信があったのに全く役に立ちませんでした。それが悔しくて……。もし私が拐われなかったら、領境の村も魔獣に襲われることがなかったかもしれません。もう2度と私のせいで誰かが悲しむことになるのは嫌なのです。だから、今回サロメに護身術を教えてもらいたいのです」


アデリンは蒼白な顔をしたまま、真っ直ぐにサロメを見て気持ちを伝えた。


「お話は伺っております。さぞ怖い思いをされたことでしょう。よく頑張りましたね。魔獣討伐後の復興支援でその村に私も行きました。村人達はアデリン様が浄化してくださったおかげで助かったと感謝していらっしゃいましたよ。誰も怪我はありませんでした。あれだけの魔獣の数がいたにもかかわらず、です。アデリン様のおかげですよ」


サロメは少し苦笑して続ける。


「しかし、アデリン様はご自分のことではなく、相手のことを優先されるのですね。ご自身をもっと大切にしてくださいね」


ミリーからも言われていることをサロメにも言われてしまった。思わずミリーを見ると大きく頷いている。


「私は領地の皆を守る存在でないといけないのです」


ポツリと零した言葉は自分の心に落ちていく。


──みんなを守らなきゃ。守れるくらい強くならなきゃいけない。


少し困った顔をしていたサロメだったが、騎士の顔に戻った。


「わかりました。繰り返しますが、護身術はご自分が逃げる目的の術ですからね。そこは忘れずにいてくださいね。それでは早速、襲われる状況別に一つ一つやっていきましょう。日常のドレス姿の時にどう動くかを練習したいので、そのドレスのままで初めても大丈夫ですか?」


「ええ、汚れても大丈夫なドレスを着てきたわ」


今日アデリンが着ているのは、町へ出るときに着るような生成りのワンピースドレスだ。


「わかりました。それでは、手首を掴まれたときや手首を引っ張られたときに外す方法からいきますね」


パドメの教え方は、説明が簡潔でわかりやすかった。


「サロメ、ありがとう。だいぶ、コツがわかった気がします」


木陰でミリーが入れてくれたお茶を飲みながらパドメと休憩する。


「そう言ってくださると嬉しいです」


「その若さで騎士隊長だもの、サロメは優秀なのですね」


「優秀かはわかりませんが、そうでありたいと思っています。私の苗字はホークなのです」


「ホーク? ……ホーク騎士団長のご親族なの?」


ホーク家はソーラス家騎士団の団長を過去の多く輩出している、武家の名門だ。


「はい、ホーク騎士団長は私の父です。兄は竜騎士団にいます」


「まぁそうだったのね……」


強面だけれど、笑うと人の良さそうな顔をするホーク騎士団長を思い浮かべた。


「私の入団に関して、父は面と向かっては反対はしませんでしたが、やはり騎士は男の世界です。女は非力だとの思い込みで悔しい思いをしたことは数知れずあります」


思わずサロメの横顔をみる。前を向いた強い視線で淡々と言葉を紡ぐ。


「好きで入った世界です。確かに名門家の出身ということで色眼鏡で見られることもありますし、重圧を感じる時もあります。でも、女を理由に何かを諦めるのは嫌だったのです。だから考えました。どうしたら努力では追いつけない、生まれ持った男女の体格や力の差を覆すことができるのだろうと」


そこでサロメはアデリンを見て、にこりと微笑む。


「柔軟さです」


「柔軟さ……」


「女性の身軽さ、柔軟さを武器にしたんです。護身術も同じですよ。弱い側、不利側でも損することはないんです」


サロメはきっと弱くてもいいって、強くなくてもいいって、遠回しに教えてくれてるんだろうな。


「私、相手が3人とはいえ男性にいとも簡単に連れさられたことが本当に悔しくて……でもそうですね。弱い側にも強みは何かありますのもの。私の強みを探さなくてはね。でも、まず私が強くするべきは、心ですね」


アデリンは遠くに視線をやりながらいう。その瞳には生気が戻ったようだった。


「サロメのおかげで吹っ切れました。ありがとう」


清々しい微笑みをサロメに向けた。


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