38. ランタン祭
ランタン祭当日にアデリン達が準備で動くことはない。簡単に早めの昼食を済ませたら、身だしなみの準備に追われる。
ミリーとメグに、体を清められ、腰まである銀髪にはたっぷりの香油をつけて艶が出るまで梳かれる。それだけでいつもアデリンはぐったりとしてしまう。でも、今日は自分が着飾った姿をノアに見てもらいたい気持ちが強いからか気にならない。
ベスが今夜のためのドレスを持ってきた。
「姫様、お着替えをしてもらいますね」
ベスとメグが手際よくドレスをアデリンに着せていく。
「姫様、女神様みたいです!」
頬を上気させたメグが興奮したように言う。白いドレスを見下ろすと、手首まであるたっぷりとした袖、襟ぐりは広いけれども鎖骨が見えるか見えないかくらいの上品な開き方、裾に向かって軽やかにドレープが広がっている。絞ったウエストの腰紐は背中で大きなリボンで結ばれている。
「さ、お嬢様、髪結いとお化粧を済ませてしまいましょう」
ミリーがアデリンを促した。
「ベス」とミリーが声をかけると、ベスがヘッドドレスをアデリンへ差し出した。
黒のレースの上に黄橙色のレースが重ねられているのは試作品の通りであった。
「まぁ!!」
アデリンは言葉をのむ。
「領内の鉱山で取れる、商品にできない宝石の小さなかけらを譲ってもらいました」
黄橙色のレースを上に、小さな宝石のかけらが散りばめられている。光に当たると、キラキラと光を反射して美しい。
「ベス、ありがとう。美しすぎて言葉が出ないわ」
ベスは頬を真っ赤に染めて嬉しそうに笑った。
「宝石のかけらは姫様のヘッドドレス、奥様とオリビア様のリボンにつけました。お色も姫様と一緒です。お付きの侍女の方達には、同じ色のレースですが、宝石がないヘッドドレスやリボンを渡してあります」
そういうと、ミリーやメグが自分達のヘッドドレスを見せてくれた。
「まぁ、みんなとお揃いなのね。嬉しいわ」
アデリンはベスの気遣いが嬉しい。侯爵が参加する祭で、堂々と自分だけノアの色を身につけるのは避けたかったからだ。
──私は正式なパートナーじゃないから……
貴族として自分達もいつかは婚約者ができるとわかっていても、今は考えたくなかった。
ミリーがベスの作ったヘッドドレスをつけてくれた。
「今回は髪の毛をおろしたままにしました。お嬢様、お美しいです」
姿見を持ってきて、見せてくれた。
鏡には、陶器のような白い肌に桃色の頬、艶やかな唇、そして豊かなまつ毛に縁取られた切れ長の大きな目をもつ少女が映っている。癖のない銀髪は艶やかな光沢を放ち、黒と黄橙のヘッドドレスが頭の上から両耳の後ろを通ってうなじで結ばれていて華やかな光を放っている。
「素晴らしいわ、ベス。ヘッドドレスもドレスもとっても素敵」
ヘッドドレスは夜空にランタンの灯の色。そして、ノアの色。
きっと素敵な祭の夜になるに違いない。アデリンは鏡の少女ににっこりと微笑みかけた。
ランタン祭は湖畔で行われる。皆でホールに集まってから湖畔へ一緒に行くため、用意が終わったアデリンも下へ降りていく。もう皆集まっているようだ。
一斉に階段を降りてくるアデリンに視線が集まった。
アイザックとレイラ、マーシャルとオリビアがそれぞれ腕を組んで並んでいる。仲むつまじい様子が伝わる。にっこりと見守ってくれているレイラとオリビアはお揃いのレースのリボンを使っている。二人の仲の良さが形として現れているようで、素敵だった。
目を見開いて固まったようにアデリンを見つめているノアに気付いた。
──ヘッドドレスの色に気づいてくれるかしら。
「お待たせいたしました」
アデリンが挨拶をすると、お父様とお母様がふんわりと抱きしめてくれた。
「まぁアディ、美しいわ。ドレスも素敵ね」
「女神のように見えたぞ、さすが我らの娘だな」
「ありがとうございます。お父様、お母様も素敵なお召し物ですね。お母様、オリビア様と一緒のリボンをつけてくださったんですね」
「ええ、オリビアとお揃いにするなんて学生以来だわ。嬉しいわ。アディのヘッドドレスも素敵ね。アディの案なんでしょう? 美しいリボンをありがとうね」
「いえ、ベスの案なんです。お気に召していただけて嬉しいです」
「アディちゃん、私にも綺麗なリボンをありがとう。本当に女神様のようで美しいわ」
「オリビア様も素敵です。リボンをつけてくださってありがとうございます」
「アデリン嬢の美しさに女神もお喜びなられるだろう」
「まぁ、侯爵様、ありがとうございます」
一通り挨拶が終わり、ノアとオスカーの方へ向こうとした時、オスカーが飛びついてきた。
「お姉様、女神様みたいです! とってもお綺麗です」
「オスカー、ありがとう。あなたもとっても素敵だわ」
腰回りにぎゅっと腕を回して抱きついているオスカーの頭を撫でる。そのまま、顔をあげると、まだ目を見開いているノアと視線が絡む。
「ノアも素敵ね」
ふわりとした白のスタンドカラーシャツが痩身の体によく似合っている。ノアは瞳を瞬かせたあと、「ありがとう」と小さな声でつぶやいた。
「アディも……すごく綺麗だ」
絞り出すような声でそれだけ言うと、目を片手で抑えた。ノアの耳が赤くなっているのがわかる。アデリンも思わず頬が上気して、両手で抑える。
そんな二人をオリビア達が温かい目で見ていた。
アデリンの腰に抱きついてるオスカーをそっと撫でながら、レイラが「そろそろ行きましょうか」と促した。アイザックとレイラが先頭になり、ホールを越えて玄関の扉へ向かう。
アデリンの横にきたノアが「女神様が降りてきたかと思った」とそっと囁いた。
熱さを持った頬に手を添えたまま下から見上げたアデリンは、ノアの熱っぽい琥珀色の瞳を捉える。
「……ありがとう」
それだけ囁くのが精一杯だった。
オスカーと手を繋ぎながら、ノアと並んで湖畔へ向かう。夕陽に照らされた湖は琥珀色に染まって見えた。
「ノアの色に染まっているわね。とても綺麗だわ」
思わず横のノアを見上げて伝える。
「ああ、この景色は絶対に忘れないよ。」
琥珀色の光に照らされたノアは、何かを決意するように強い視線を湖へ向けていた。
陽が落ちるまでしばらく待つ。
護衛のためにビクターたちも合流した。ビクターはアデリンを見ると、口元を緩め「姫様、綺麗だな」と告げた。
「ありがとう」
アデリンが微笑んで返すと、ノアがアデリンをまるで隠すかのようにビクターとの間に立つ。ビクターから「狭量な男だな」と揶揄われていた。
アデリンは二人のやりとりに気づかず、町からくる人たちを眺めていた。
人混みに混じって、子供達が多くいる一団を見つける。子供達もアデリンに気づいたようで「お嬢様!」と手をふってきた。孤児院の子供達だ。神官、シスターのマギーと一緒にやってきたのだ。
「マギーさん、久しぶりね。みんな元気していた?」
「元気だよ」「女神様みたい」「綺麗」と腰の周りに抱きついた子たちが次々と話しかけてくる。
「ええ、なかなかアデリン様と会えずに皆寂しがっていましたよ」
みんなの頭をアデリンは撫でた。
「少し会わないうちに皆の背が伸びたいみたいね」
警護の都合からなかなか孤児院へ行けず、メグを遣いを出していた。
「アデリン様から頂いたクッキーは子供達が喜んで食べていました。お気遣いありがとうございます」
「喜んでもらえてよかったわ」
アデリンは最近孤児院行けず様子が気になっていたので、子供達の笑顔を見ることができて安心する。
「神官様、今日はご祈祷をよろしくお願いいたします」
子供たちより遅れて到着した神官へ挨拶をした。
「アデリン様、今日は一段とお美しいですな。女神様へ祈祷をささげられる光栄をありがとうございます」
「神官様、祭壇はあちらですわ。案内させますね。マギーさんや子供達の席も用意してあるわ。神官様と一緒にどうぞ」
アデリン達も祭壇近くに設けられた貴賓席へ向かう。
夜の帷が降りると、祭壇を魔術の灯が幻想的に浮かび上がらせる。
神官が女神祝詞を唱え始めた。
アデリンも瞳を閉じ、心の中で感謝と祈りをささげる。
(この地に平和と豊穣をもたらしてくださりありがとうございます。そして、ノアがこの地を離れても女神様のご加護を受けられますように)
神官の祈祷が終わると、楽師が女神讃美の曲を演奏する。広い空、広い大地にどこまでも響き渡るような美しい調べにアデリンは身を委ねる。
楽師による演奏が終わると、ランタン祭の一番の見どころが始まる。ランタンを夜空にあげるのだ。
「オスカー、ノア、私達もランタンをあげに行きましょう」
ランタンは蔓で作った骨組みの周りを草を漉いて作った紙が覆っている。内側に火魔術で作ったの火の玉を入れるとふわふわと浮き上がる。火の玉に込められた魔力が小さくなるとランタンは徐々に下降していき、火の玉が消えるとランタンは湖へ落下する事になる。
騎士達はランタンが魔の森など湖以外の場所に落ちないよう見張っているのだ。
ミリーが人数分のランタンを持ってきてくれた。
ランタンは大人の頭くらいの大きさだ。護衛のハリーがオスカーのランタンの準備を手伝ってくれている。
ノアとアデリンはそれぞれのランタンの準備をする。
「少ない魔力でいいから火の玉を作ってね。その火の玉をランタンの内側にある蔦の台にそっと載せてね」
火魔術を使って小さな火の玉を作る。蔦の台に載せ、熱気がランタン内に充満するまで待つ。
「ランタンの中の空気が熱くなってきたのがわかったら、願いを込めたあと、そっとランタンから手を離してみて」
アデリンは祈った。
(どうかノアが幸せになれますように)
手を離したランタンはふわふわとゆっくり上昇する。見上げるといくつものランタンが湖の上をゆっくり上昇しながら漂っている。夜なのに、無数のランタンの灯で眩いほどの明るさが湖面を照らしている。
ランタンの灯りは、温かみがあるぼんやりとした灯りだ。幻想的な光景に心が奪われてしまう。
アデリンはノアの端正な横顔を見上げる。
ノアは無数のランタンが登っていく様子に心奪われたようで、一心に見つめていた。
アデリンは黙ってノアの手を握って、同じように夜空を見上げた。
ほぼ全てのランタンが上がり、半分くらいが湖へ落ちてしまってから、ノアがようやくアデリンを見て、「戻ろうか」と呟いた。
「うん、戻ろう」
オスカーやビクター達も一緒に城へ戻る。オスカーは城につくまで、ノアにまとわりついていたが、ホールに入るとノアの腰にぎゅっと抱きつき動かなくなった。
「オスカー、ノアが困っているわ」
アデリンが宥めても顔をノアのお腹に埋めたまま動かない。
ノアがいなくなることが寂しいのだ。
気持ちがわかるだけに、オスカーに強く言えない。
ノアが困ったように笑いながら、オスカーの頭を撫でる。そして、前に屈むとオスカーの耳元に口を寄せ、何かを呟いた。オスカーが顔をあげ、ノアの顔を見上げる。
「本当に?」
「ああ」
「約束ですよ」
真顔でノアに伝えると、背を向けてすたすたと歩き出した。
「何を言ったの?」
オスカーの小さな背を見送りながら、声をひそめてノアに尋ねる。
「俺たち二人の秘密の約束のこと」
ノアはいたずらっ子のような笑顔を見せた。
「お姫様、お部屋までエスコートさせてください」
ノアが柔らかな微笑みで手を差し出してきた。
「よろしくお願いします」
満面の笑みで、差し出された手の上にアデリンの手を重ねる。
「ランタン祭はどうだった?」
「想像以上に幻想的で美しかった。ここには美しいものがたくさんあるね」
ノアが目を細めてアデリンを見る。
「今日も俺の色をつけてくれているね。嬉しいよ」
ヘッドドレスのことを言われていると気づき、アデリンの頬は一気に熱をもつ。
「ベスがまた作ってくれたの。夜の色とランタンの灯の色。……ノアの色でもあるから嬉しくてつけちゃった……」
言葉が尻つぼみになって消えてしまう。
「つけてくれて嬉しい。すごく綺麗だ。ありがとう」
ノアをそっと見上げると、熱をもった琥珀色の瞳がアデリンを見つめていた。
「アデリン、最後に……今夜抜け出せないだろうか」
瞳を瞬かせ、アデリンはノアを見つめる。琥珀色の瞳に不安や懇願する色が見える。
「ええ、待ってるわね」
アデリンがそっと微笑むと、ほっとしたような表情を浮かべた。
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