↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/55

36. 家族

ランタン祭の日が近づいてきた。

最近、アデリンはオリビアと過ごすことが多くなった。以前は調子が悪いことが多かったけれど、最近は調子が良いようだ。


「アディちゃんのお薬のおかげで、病になる前のように動けるのよ。感謝しているわ」


「オリビア様とこうやって過ごせるのはすごく嬉しいのですが、あの薬はあくまでも一時的なものです。ご無理はされないでくださいね」


オリビアとアデリンは二人の共通の興味である魔術のことばかり話している。アデリンにとって、元王宮魔術師のオリビアの持つ知識、経験はソーラス城の図書室では得られないものばかりだった。オリビアもアデリンに伝えるのが楽しいらしく、時間が許す限り話をしてくれる。


「ええ、わかっているわ。でも、こんなに毎日気分がいいのは楽しいわね」


「今日のお茶請けに、シナモンクッキーを作ってきました。シナモンは血の巡りがよくなるそうですよ」


「まぁ、アディちゃんが作ってくれたの? 嬉しいわ。ノアにも残しておいてあげないとね。この前アディちゃんが作ってくれたクッキーを残しておかなかったから、むくれていたのよ」


「ええ? 言ってくれればノアにあげたのに……」


「ふふふ」


合間にアデリンの知らないノアのことを聞けるのも実は楽しみだったりする。


「オリビア様、少し立ち入ったことを教えていただいてもいいですか? 侯爵様とのことなんですが……」


「ええ、構わなくてよ。アディちゃんにはなんでも聞いてもらいたいわ」


少し躊躇った後、アデリンはもやもやしていた気持ちを言葉にする。


「オリビア様は……侯爵様と領地に戻ることは怖くないのですか?」


「怖い?」


「もしかしたら、嫌な思いをまたするかも……しれませんよ……」


オリビア様は一口お茶を飲んで、暫く考えた後に口を開いた。


「怖いといえば、怖いわ。でも、それは正妻やお子様達が怖いのではなく、侯爵様に私の気持ちをちゃんと伝えきることができるかが怖いわ」


「伝えきる……?」


「私はね、病で死ぬことは恐れていないのよ。早かれ遅かれ誰にも訪れるものだもの。逝く前に何ができたかの方が大事だと思っているの。ノアは良い子に育ってくれた。きっとあの子なら大丈夫。これから苦しいこともあるかもしれないけれど、ちゃんと乗り越えてくれると信じているの。でも、侯爵様は違うわ。あの人はまだ闇の中を彷徨っている。ようやく出口を見つけて向かっているところなの。私が手を引いてあげないと闇に取り残されちゃうのよ」


「闇の中……」


そういえば、ウィル様もそんなことノアに言っていたわ。


「オリビア様、以前、洞窟の精霊様がノアに『闇に落ちないようにするには、希望の光を常に心に灯して』っておっしゃっていましたよ」


「まぁ……」


オリビアは少し考えた後に、寂しそうに微笑んだ。


「ノアは侯爵家の血が濃いから……でも、あの子は希望の光をもう知っているから、大丈夫よ、きっと」


「闇とはなんですか?」


「闇とは、恐れや悲しみ、怒りが正義になってしまうこと、かしらね」


「アディちゃん、あなた達二人は新しい世界や環境が待ってるわ。今までと同じ二人ではいられないかもしれない。でも、ノアのこと信じてあげてほしいの。ノアにとって、希望の光はあなただから」


オリビアはアデリンの瞳を見つめ、真剣な面持ちで言う。


ノアの希望の光が私? ……よくわからないけれど、ノアを信じることはできる。


「はい、もちろんです」


アデリンもオリビアの瞳を見つめて誓うかのように答えた。




ランタン祭まであと3日となった今日、オルフェー侯爵が王都からソーラス城へ到着した。

アイザック達、オリビア、ノアと共に、ホールでオルフェー侯爵を出迎える。

細身の長身、黒髪で緑色の瞳を持つ侯爵の端正な顔立ちはノアとよく似ていた。


「マーシャル様、こちらまでお越しくださりありがとうございます」


オリビアが進み出てマーシャルへ挨拶をする。


「ああ、オリビア、久しいな。元気そうだ。顔色が良くて安心したぞ」


マーシャルがオリビアを見つめる瞳には喜びの光が溢れているようだ。次にノアに目を向けたが、ノアは黙って一礼をしたのみだった。それでもマーシャルはノアの一礼を満足そうに眺めた。


「マーシャル、よく来たな。ゆっくりしていってくれ」


「いらっしゃい、マーシャル。お元気そうで何よりだわ」


アイザック、レイラが侯爵に挨拶をした。


「オリビア達が世話になっているな。色々感謝している」


「賑やかで楽しかったぞ。こちらが私達の長女のアデリンと長男のオスカーだ」


「アデリンと申します」


カーテシーをして挨拶をする。

オスカーも挨拶をした。


「マーシャル・オルフェーだ。二人のことはオリビアからの手紙によく書かれていた。アデリン嬢、オリビアの薬を開発してくれたそうだな。感謝を述べたい。オスカー君もノアのことを慕ってくれてありがとう」


「感謝なんてとんでもないです。オリビア様には本当によくして頂いています。少しでもお役に立てたのであれば光栄です。ノア様からも学ぶことが多く、お二人がこちらに来てくださったこと感謝しております」


花のように微笑んだアデリンにマーシャルは目を見張っていたが、すぐに微笑んでアイザック達に向かって言う。


「さすがアイザックとレイラの娘だな。二人によく似ている」


想像していた方と違うわ。

オリビアとノアから逃げていたと思えない、陽気な方だった。

そっとノアを見ると、ノアはじっとマーシャルを見ている。その瞳から感情が読み取れなかった。


「積もる話もあるだろう。用意した部屋にテオが案内する。オリビアと晩餐までゆっくり過ごしてくれ」


「ありがとう。アイザック。オリビア、君と話をしたいんだ。一緒にきてくれるかい?」


「ええ、もちろんよ。ノア、あなたはどうする?」


「俺は改めて時間を頂きます」


オリビアは少し困ったように微笑む。家令のテオが一礼をし、用意した部屋へマーシャル達を連れていった。




二人を見送るとアイザック達も執務室へ戻り、ホールに残されたノアとオスカーと3人は顔を見合わせる。


「ノア、よかったら少し散歩しない?」


「ああ、そうしようか」


オスカーは鍛錬があるからと言ったので、二人で精霊からもらったエボディアを見に薬草園へ向かう。並んでゆっくり歩きながら、ノアの様子を伺う。そんなアデリンの様子に気づいたのか、ノアがふっと笑ってアデリンを見た。


「アディ、俺は大丈夫だよ」


「なんだか、想像していた方とは違ったわ。とても明るくて気さくな感じがしたわ」


「……ああ……俺もだ」


「領地にいる時、ノアから見たお父様は違ったの?」


「物心ついてからほとんどあった記憶がない。1年に1度領地に戻られた時に、挨拶をかわす程度だ。正妻達もいたからな、会話らしい会話をしたことがない」


驚いて息を呑む。ノアはアデリンを優しく見つめると、自嘲気味に続けた。


「でも母様(かあさま)から聞く話に出てくる父は、今日会った通りだった。父があんな顔をして、母様と話す姿は初めて見た。あんなに嬉しそうな母様の顔も……。母様はああいう父が好きだったんだな」


アデリンは困惑の色を湛えた琥珀色の瞳をそっと見上げる。


「何だか頭の中が整理できなくて……アディが俺を散歩に連れ出してくれて助かったよ。俺は……父のことを得体のしれない人としか思えないんだ。やはり信用ができない」


苦しそうに言葉を紡ぎ出すノアの手をそっととった。

こんな辛そうなノアが領地へ戻ることを見送ることしかできない。自分の無力さに情けなくなる。言葉で慰めることも、行動で何か救ってあげることもできない。


「ノアが領地に戻ったら、もっと苦しい思いをする? 私ができることはある?」


薬草園のラベンダーの前で立ち止まったアデリンは、ノアの手をとったまま向き合い琥珀色の瞳を見上げる。


「ノアのことが心配なの」


ノアは目を見開いてアデリンを見つめていたが、口元がほころび蕩けるような瞳に変わる。


「アディがいるから俺は生きていけるんだ。アディはすでに俺の救いであり、希望の光なんだよ」


「私が……?」


「そう、アディが。俺の不安はアディのことを近くで守れないことだけ。お願いだから無茶しないでくれ……」


寂しそうな瞳をみると、胸がぎゅっと締め付けられた。


「無茶はしないよう気をつけるよ。でも、言ったでしょ。私は守られたいんじゃない。守りたいんだって。

だから私もノアのことも守りたい。ね、ノア、まだ魔石を身につけている?」


「ああ」といって胸元から魔石のついた首紐を取り出し見せてくれた。


「私、ノアが幸せな気持ちになるようにって術を入れているから。辛い時は魔石を思い出してね」


「ありがとう。俺があげた魔石もずっと身につけていてね」


「うん、もちろんよ」


精一杯の笑顔で微笑んだアデリンを目を細めてノアは見つめた。


「ラベンダーはずっと満開なんだな。香りもいいし。女神様の力はすごいな」


「大きめのサシェを作ったわ。エッセンスオイルと使い方を渡すから、オリビア様の侍女の方に渡してね。ずっとこの香りが楽しめるようにできるから」


「わざわざ作ってくれたのか? ありがとう」


「オリビア様のお薬もあるだけ持っていってね。ジョーがたくさん作ってくれたの」


「何から何まで……アディにもソーラス家の皆にも感謝しかないよ」


「ふふふ、何かできることがあってよかったわ」


「エボデュアもしっかり根付いたんだな」


「ええ、加護があるのか、ラベンダーもエボデュアも強いわ。エボデュアのおかげで新しい薬がどんどんできている。皆のためになることができてよかった」


「ここの薬師たちの頑張りもすごいな。アディもたくさん開発したもんな」


「私はまだまだだわ。王立学院でしっかり勉強しなきゃ」


「一緒に学べるのが楽しみだな」


まるでこれが見納めになるかのように、ノアはラベンダーとエボデュアをしばらく見つめていた。

アデリンもその端正な横顔を記憶に刻み込むように、ノアを見つめた。


立ち寄ってくださってありがとうございます。

感想や評価(下の☆☆☆☆☆)をいただけると今後の励みになります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。