35. 約束
道中に何頭かのアルミラージに出会ったが、先頭のコナーとアディの後方にいるビクターが難なく討伐してしまう。
「私もアルミラージを倒してみたいわ。《光剣》を接近戦で使ってみたいの」
「お嬢様は守られてくださいよ。全部お嬢様が討伐してしまったら、こっちが怒られます」
コナーが苦笑しながら言う。
「姫様、こっちにこれるか?」
後方のビクターが何かに気付いたようで、アデリンを呼ぶ。
「さっき射落としたコカトリスがいた。もう絶命しているから大丈夫だ。魔石を取る前に見てみるか?」
「ええ、みてみたいわ」
地面に横たわっているコカトリスを見に行く。鳥の頭に鶏のようなトサカと持ち、嘴は鋭く長い。翼はかなり大きいのが見てわかる。全体に鱗のようなもので覆われ、尾は蛇のように細長かった。
「思ったよりも大きいのね」
「ああ、そうだな。この尾の先に猛毒を出す器官があるから、触るなよ」
「ノア様とコカトリスに会った時は、この鱗が硬くて難儀しましたよ。今回お嬢様の矢は光属性だったから、この鱗の硬さは問題にならなかったんですね」
光属性には浄化作用がある。対魔獣であれば当たれば浄化作用が働き、鱗や表皮の硬さは問題にならないと言うことだろうか。
「ノア、魔石を取り出すのお願いしてもいいか?」
ビクターがノアに声をかける。
「ああ」
ノアは手のひらをコカトリスに向けると、魔術でコカトリスから魔石を取り出した。水属性の魔術で解体すると、汚れをとりながら魔獣から魔石を取り出せる。魔石を取り出すと、ノアは用意してあった袋に魔石を入れ、胸元にしまった。コナーが魔術で掘った穴に魔石を取り出したコカトリスを埋める。
「お嬢様が倒したコカトリスがまだ見つかるかもしれませんね。探しながら向かいましょう」
コナーの案内で再び薬草が自生している場所へ向かう。
途中で、絶命した5匹のコカトリスを見つけ、それぞれから魔石を採取した。
水の流れる音が聞こえてきた。
「もうすぐですよ。今回の薬草は川近くの岩肌に生えています」
林を抜けると大きな石がごろごろと転がっている川が見えた。山側は大きな切り立った岩になっていて、そこの岩肌にディオイデスが張り付いて生えていた。
「あったわ。あそこね」
紫色の小さな花が咲いている。今回は葉も花も必要だ。
川の水深は、アデリンの膝くらいだろう。流れも緩やかだ。アデリンはおもむろにスカートの裾をあげ、川の中へ一歩入ろうとした瞬間、ノアに腕を掴まれた。
「え? ノア?」
「え?じゃないよ。なんでアディが入ろうとしているんだ?」
ほんのり頬を赤くさせたノアが慌てている。
「だって、あそこに薬草があるもの」
「川にアディが入らなくてもいいだろ。俺が取りに行くよ」
「あら、私が泳げるのは知ってるでしょ? 川で水泳訓練もしたことがあるわ」
「いや……そうじゃなくて……」
「あ、ドレスのこと? 風魔法で乾かせばいいから大丈夫よ。水深も膝下くらいだし流れも速くないわ」
「いや、そういう問題じゃ……とりあえず、アディ、足隠して」
ついに耳まで真っ赤になったノアに言われ、自分の足元をみる。
「え、でも一緒に泳いだり……」
「いいから!!」
「はい!!」
慌ててスカートの裾を下ろす。アデリンの主張は途中で切られてしまった。
湖で一緒に泳いだりしていたじゃない。
確かに泳ぐときの服は足首まで裾があるけれども……
勢いを削がれてしまったアデリンには目もくれず、3人はテキパキと靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくっている。
「えっと、私は?」
「アディはここで待ってて。俺達が取ってくるから」
「お嬢様、魔魚がくる可能性があります。見張っててもらっていいですか?」
「姫様、薬草を入れる袋を頂戴。じゃ、待ってろ」
3人がじゃぶじゃぶと浅瀬に入るのを呆然と見送る。ひょいと身軽に大きな岩の上を飛びうつりながら、3人は反対側の川岸に辿り着く。
3人は岩肌に張り付いて生えているディオイデスを次々に採取している。手持ちぶたさになったアデリンは、上流を見つめ見張りをすることにした。
ふっと目線を上に向けると、澄み切った青空に薄雲が見える。ソーラス領地の短い夏が終わる合図だ。
──もうすぐ、ノアがいなくなる。
視線をノアに戻すと、3人で楽しそうに笑っている姿が見えた。
──よかった。今日も楽しい思い出を作れたかしら。
ノアが動くたび、薄いシャツ越しに肩甲骨が上下するのがわかる。
──やっぱり翼があるみたいだわ。
このままどこかにノアが飛んでいってしまいそうな不安がよぎる。
アデリンの視線に気がついて、振り向いたノアの琥珀色の瞳が蕩けたように細くなった。アデリンは不意をつかれて胸が早鐘のように打つ。思わず、ノアから目を逸らしてしまった。
視線を戻すと、ディオイデスの採取が終わった3人が飛ぶように岩を渡って戻ってくるのが見えた。
その姿を見守っていると、上流から魔獣の気配を感じた。
魔魚? 1、2・・・10匹以上いるわ。
アデリンは気配を探りながら浅瀬に入り、そのまま岸辺に近い大きな岩の上へ風魔術で飛び乗った。気配に気付いたノア達も、川の大きな岩の上で上流を睨みつけ剣の柄に手をかけている。
また《光矢》を使って射る? でも、水の中で魔獣の姿が見えないわ。
アデリンはじっと上流に目を凝らす。瞬間的に光る魚影を捉えた。
──群れでやってきているから、この術が使えるかもしれない!
考える間も無く体が動く。
風魔術で《竜巻》を起こし、一気に川の水と魚を空に巻き上げる。
──捉えた!
すぐに《風弓》を構え《光矢》をつがえて射る。
──やったわ!
光矢が魔魚に当たるのが見えたと当時に、巻き上げられていた水が一気に落ちる。どんっと空に巻き上げられていた水が川面に叩きつけられた鈍い音がしたかと思うと、大量の水飛沫が岩の上のアデリンを襲った。
あっと思う間もなく、すっかり水飛沫を浴びて濡れてしまったアデリンの耳には、まだ空中に残っていた水飛沫がパラパラと川に落ちている音が聞こえた。恐る恐る横をみると、同じように頭から水飛沫を浴びて、びっしょりとなり唖然と口を開けている3人の姿が見えた。
「ふふふふふ……」
3人の姿が可笑しくて、堪えきれずに笑い声が漏れてしまう。ぎょっとしたようにアデリンを見た3人も、互いの姿を確認すると口を大きく開けて笑い出した。
──笑いすぎてお腹が痛いわ。
アデリンはなかなか笑いがおさまらない。
ノアをみると、屈託のない笑顔で笑っている。
──あの笑顔が見れたから、私は大丈夫。
心の中で、その光景を切り取って保存した。
「姫様、すごい案を出したなぁ」
「うふふ、結局みんなびしょ濡れになってしまったわね。ごめんなさいね」
「アディ、おいで」
いつの間にか、私の横まできていたノアが私の腰をそっと引き寄せ、そのまま岩を飛び降りた。風魔術でゆっくりと岸に着陸をすると、体を離したノアの琥珀色の瞳が私を優しく包み込む。
「アディ、無事だった?」
「うん、怪我も何もないよ。びしょ濡れにしちゃってごめんね」
「ははは、天気もよくて汗もかいていたから、気持ちよかったよ」
「あ、ちょっと待ってて!」
アデリンは岸辺にしゃがみ込み、手を川の中へ入れる。《浄化》と心で唱えると水面に淡い光が立ち上った。
「アディ? 何をした?」
ノアが慌ててアディを抱えて立ち上がらせる。
「残っている魔魚がいるといけないから川の水を浄化したの。これで弱体化すると思うわ」
ふんわりと笑ったアデリンに、ノアが苦笑しながら言った。
「無茶をしないで、今ので魔力をだいぶ消費したね?」
顔色が悪いと言いながら、風魔術で私の髪の毛や服を乾かす。
「ありがとう。ノアのも乾かして」
ノアが自分の体を乾かしている間に、ビクターとコナーも岸辺に到着して体を乾かす。
「姫様といると本当に飽きないな。さっき川面から光が立ち上ったぞ。姫様が何かやったのか?」
「お嬢様、魔魚の取りこぼしはなさそうです」
「まぁよかった」
「今回で、だいぶいい実地訓練ができたな。姫様、顔色が悪いぞ。今日は魔力をもう使うなよ」
「え、まだ《光剣》の練習をしていないわ」
「だめだ、姫様が倒れたら困るからな」とビクターに言われ、その通りだと納得する。魔獣討伐に行って気をつかわせてしまうのは本意ではない。
「ミリーのが魔力回復のお薬を持ってきているから、後で飲むわね」
「お嬢様、薬草は沢山採れましたので、もう帰りましょう」
コナーがしっかりと薬草の入った袋を持っていてくれたようだ。
「コナーありがとう。そうね、戻りましょうか。ミリー達が待っているわね」
行きと同じようにコナーが先頭で、ビクターが後ろからきてくれる。そして、アデリンはノアに手を握られていた。
そんな心配しなくても大丈夫なのに。でも、嬉しいからこのままでいようと思うアデリンであった。
ミリー達はクローネ湖畔で敷物を敷いて待っていた。
「ミリー!! 素敵なところに場所を作ってくれたのね!ありがとう」
ミリーの手を取って、報告をする。
「今日ね、魔術鍛錬の成果が出せたのよ。ミリーはコカトリスを見たことがある? コカトリスと魔魚を倒せたのよ。すごく嬉しい」
興奮して話が止まらないアデリンを、そっとミリーは敷物の近くへ先導する。
「お嬢様、お手が冷たいですよ。まずは敷物に座って、温かいお茶を飲みましょうか」
「あ、そうだわ。ミリー、魔力を回復するお薬を飲みたいの」
「魔力切れを起こしそうな程、術を使ったのですか?」
ミリーは困ったように眉を下げて言った。
「起こすほどではないけれど、結構使ったのは確かね。まだまだ魔力量が十分ではないわ。鍛錬して増やさないと……」
ミリーから手渡された水と薬を受け取る。
「姫様の魔力量は決して少なくはないぞ。姫様が無茶をしすぎるのと、理想が高すぎるだけだ」
「あら、ビクターありがとう。でも、理想が高ければ高いほど、自分が頑張る張り合いにもなるでしょ。すぐに叶えられるものだとつまらなくない?」
笑いながら答える。
「お転婆姫は一体どこまでやる気なんだ?」
ビクターが呆れたように言うのを、ふふふと笑って流す。
「さ、ミリー達がせっかく用意してくれたんだもの、みんな座ってご飯にしましょうよ。ね」
皆を促して、敷物の上でミリーと食事の準備をする。
「まぁ 美味しそうね」
「料理長が今回も腕を奮って作ったそうですよ。お嬢様とノア様の好物ばかりを詰めたと聞いています」
「そうなのか。後でお礼を言わないとな」
食後、ミリーが火魔法で温めてくれたお茶を飲みながら、景色を堪能する。
「こんなに綺麗な景色を皆と見れてよかったわ」
「本当に素晴しい光景ですよね。城の横のグレン湖も澄んで綺麗ですが、クローネ湖の透明度はまた違うものがありますね。こんなに澄み切った湖は美しくも怖くもありますね」
お嬢様の侍女だからみれる光景ですね、とミリーは笑った。
「さぁ、私が片付けますので、お嬢様は食後の散歩を楽しまれてくださいませ。ここから少し歩いたところの湖畔に綺麗なお花畑がありましたよ。奥様やオリビア様への手土産によろしいかもしれません」
「ミリー、ありがとう。お言葉に甘えて、お花畑を見てくるわね」
立ち上がったアデリンをさりげなくノアが支える。
「俺も一緒に行くよ」
ノアは柔らかく微笑んだ。
ノアに手を引かれて散歩をする。
「顔色が少し戻ってはいるけど、大丈夫?」
不安そうな琥珀色の瞳がアデリンを覗き込む。近づいたノアの端正な顔に一瞬見惚れる。
「う、うん、お薬も飲んだし、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
早くなる鼓動を隠すかのように早口で答えた。
ミリーが言ったように湖畔近くにリンドウの群生地が広がっていた。一面、青紫色だ。
「リンドウだわ!」
優しくふわりと風が吹き、アデリンの銀色の髪が風になびいて陽の光を受けてきらきらと輝く。花の香りを身体中に取り込むかのように、アデリンは大きく息を吸った。
アデリンの凛とした横顔をノアは心を奪われたように見つめる。
「リンドウの花畑なんて初めてだわ。これも薬草なのよ! 詰んで帰りましょうよ」
嬉しくて弾けたような笑顔のアデリンをノアは眩しそうに見つめて、頷いた。
「もう夏が終わるのね」
リンドウは秋の花だ。
夏が終わる……領地に秋を告げるランタン祭はもうすぐだ。
もうすぐ、ノアがいなくなってしまう。
思わずぎゅっとノアの手を握りしめる。
ノアがアデリンの気持ちを読んだかのように、静かな声で話し出す。
「父が来る日が決まったんだ。今朝手紙が届いた」
「……そう」
声が掠れてうまく言葉にならない。
「ランタン祭が終わったら、俺と母様は領地に戻るよ。領地に帰ったら……王立学院に入学するまでの1年間は父について領地経営のことを学ぶつもりだ」
「……ノアにはお兄様がいるのではなかった?」
「父は……俺の先祖返りができる濃い血に価値を見出しているんだ」
「侯爵家を継ぐってこと?」
「どうなるかわからないけれど……手に入れたいものの為にやれることをやりたいんだ」
ノアはひっそりと笑う。
「ノアには手に入れたいものが……あるの?」
思わずノアを見上げ尋ねる。
「ああ、あるんだ。見つけたよ」
熱を持ったノアの琥珀色の瞳がアデリンの翠色の瞳を真っ直ぐ見つめて告げる。
「俺がいない間……無茶するなよ。アディは一人でばれないように無茶するから……心配なんだ」
「わかった、気をつけるわ。心配してくれてありがとう。私もノアに同じことを心配しているわ。無茶しないでね」
アディは柔らかい眼差しをノアに返す。
「ああ、じゃあ約束だな。来年の王立学院で会える日まで……」
「ええ、会える日まで……」
まるで重大な秘密を共有するかのように、顔を見合わせて笑った。
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