34. 実践
アデリンは早速、薬草採取をしに魔の森へ行きたいとアイザックへ願い出た。渋い顔をしていたが、護衛をつけること、ワイバーンで行く場所であれば刺客に狙われることは少ないだろうと許可をもらえた。
「ありがとう、お父様」
ぎゅっと抱きつき、弾けんばかりの笑顔を向ける。
「誰に似たのやら……」
アイザックは苦笑していたが、ふと真顔に戻るとビクターとの鍛錬の状況を尋ねてきた。
「今、風魔術の弓で光魔術の矢を複数本射ることができるように練習中なんです」
「2属性の複合型か?」
「はい。以前テウメッソスの群れに出会った時に、一度に対応できる術が欲しいなと思っていまして……」
「ははは……本当にアディにはいつも驚かされるな。今はどんな具合なんだい?」
「初めは光魔術の矢が1本だけ作れたのですが複数本だと難しくて、ビクターから光の剣を作る練習を勧められたんです。おかげで今は複数本の光魔法の矢が作れるようになりました。あとは、命中する精度を上げるだけです」
「なるほど、対魔獣であれば、かなり有効な技だな。さすがだな、アディ」
「ありがとうございます!」
「ただ、くれぐれも無茶をするなよ」
「はい、分かりました。お父様」
無茶をしすぎて、何度か魔力を回復させる薬を飲んだことはお父様には絶対に内緒にしなきゃ、と改めて思ったアデリンだった。
部屋に戻ると、ミリーとベスがランタン祭のアデリンのドレスについて案を練っていた。
「姫様、ドレスの案が出ましたので見てくださいますか?」
ベスが頬を上気させ、アデリンにデザイン画を渡した。そこには、たっぷりとした袖、襟ぐりは広いけれども鎖骨が見えるか見えないかくらいの上品な開き具合、絞ったウエストから軽やかにドレープが広がり背中で腰紐を大きなリボン結びにしたドレスが描いてあった。
「素晴らしいわ、ベス。とっても素敵。後ろで腰紐をリボン結びするのも可愛らしいわね」
「ありがとうございます。今回はミリーさんと相談して、生成りの生地一色で作ります。華やかさは背中側の腰のリボンで出したいと思います。あと……差し色をドレスに入れない代わりに……ヘッドドレスに色味を入れたいと思うのですが……」
ベスがおずおずとヘッドドレスを差し出した。
「これは試作ですが……」
ベスが差し出してきたヘッドドレスは、黒のレースの上に黄橙色のレースが重ねられている。
「まぁ……」
思わず、ヘッドドレスを受け取ったアデリンはうっとりと見入る。
「綺麗だわ、素敵ね。夜空にランタンの灯の色だわ」
ベスが言いにくそうに言葉を繋げる。
「姫様、この2色でお作りしてよろしいでしょうか?」
──2色……黒と黄橙……ノアの色だわ
認識をした途端、一気に顔が赤くなるのがわかる。素敵だわ、素敵だけど、いいのかしら。
どうしよう……しかも当日は、ノアのお父様がいる可能性もある。
不安気な瞳をミリーに向けると、ミリーがアデリンの代わりに質問をしてくれた。
「このヘッドドレスは、材料費はかかりますか?」
「いえ、あまり。これも端切れのレースを使っているので材料費はほとんどかかっていないです」
「そうですか……まだ端切れのレースの残りはありますか?」
「この色味のレースだとあと20点くらいは作れます。他の色味でよければ、もう幾つかできると思います」
「そうですか……これも星祭の時のコサージュのように皆につけてもらいましょうか。お嬢様、同じ色味のものを他の方がつけても大丈夫ですか?」
「ええ……」
「それでは、お嬢様の色味は、ベスが試作してくれたものでいいですね。奥様やオリビア様へはヘッドドレスではなく、リボンで使用していただいた方が落ち着いていいかと思われます。当日の髪型で使用して頂けるよう、お二人の侍女に話を通しておきますね。先ほどお嬢様がおっしゃったように、夜空とランタンの色といえば、つけたくなりますね。お嬢様や奥様、オリビア様付きの侍女たちにも、お嬢様と同じ色をつけてもらいましょう。城の使用人には、また端切れレースを提供して自分で作ってもらうよう談話室に材料を置いてみましょう」
ミリーが案をどんどん出して、まとめてくれる。アデリンがノアの色をつけても「特別」にならないようにしてくれた。
「ミリー……ありがとう……」
「それではお嬢様のは……他の方とは同じにならないよう少し華やかになるよう手を加えますね」
「それはいいわね、ベス。お嬢様のに輝くビーズをつけてもいいかもしれないわね」
「ミリーさん、ビーすですか!いいですね。また試作品を作ったら見てくださいね!」
いつも通り、ミリーとベスはどんどん案を出して盛り上がっている。
二人の温かな気遣いがとても嬉しい。
「二人ともありがとう。今回もよろしくお願いするわね」
「「はい!」」
自分だけではないけれど、ノアの色をまた身につけられるのは嬉しい。
ノアが気づいてくれると嬉しいな
ランタン祭りの後にノアがいなくなってしまうのはわかっていたが、ノアの色を身につけた自分をみてもらうのは少し楽しみだった。
アイザックから許可をもらった薬草採取と言う名のピクニックに出かける日がきた。今日も、料理長にお昼をたくさん用意してもらった。料理が入ったバスケットをミリーがしっかりと持ってくれている。
今回は護衛のコナーとビクターがついてくることになった。
ワイバーンでの移動はアデリンとビクター、ノアとコナー、ミリーと竜騎士というペアだ。
「姫様、俺がワイバーンを通力しますって。一応、俺、竜騎士のところで訓練してるんですから」
「私が操縦したかったのに……でも、そうね、ビクターの手綱捌きを見せてもらうのも面白いわね」
アデリンが先にワイバーンの背に乗り込み、後ろからビクターが手綱を取る。
「姫様、横乗りじゃないんだ。さすがだな」
今日も乗馬用のスカートを履いてきた。たっぷりの生地で作っているので、跨いでも足が見えすぎることがない。今日は爽やかな黄色のドレスだ。今朝はメグが髪の毛を可愛らしくまとめてくれた。
「そっか、初めて一緒にワイバーン乗ったものね。そうなのよ。乗馬も横乗りはしないの。こちらの乗り方の方が安定するから。実戦向けでもあるでしょ」
「確かにな、お転婆姫はどこまでも筋が通ってていいと思うぜ」
「それは……褒められているのかしら?」
「さあな」
笑いながらビクターが手綱を取った。
視線に気づいて横をみると、ノアがこちらをじっとみていた。何かどろっとした光を帯びた琥珀色の瞳だった。アディの視線に気づくと、目元を緩め優しく微笑んでくれる。
後ろからビクターが「俺に怒ってるな、あいつ」と呟いた。
「どうして?」と問いかけてもビクターは笑って教えてくれない。
「さ、姫様、俺らも行くぞ」
そういうと、先に飛び立った竜騎士を追うようにビクターがワイバーンを飛翔させる。下をみると、ノアも飛び立ったのが見えた。
「うわあ、今日は天気が良いから遠くまでよく見えるわね」
ワイバーンの背からの光景を楽しむ。
「ビクターの故郷までは見えないわね……」
「そうだな。流石に遠いな。でも、この景色は俺の故郷によく似ているぞ。山ばっかりのところだからな」
ビクターは隣国イブー国の、火竜の守り手の一族だ。
「そうなのね。……ビクターは故郷に帰りたいとは思わない?」
「う〜ん……特に思わない、かな。たまに懐かしくは思うけれど、帰りたいとは思わないな」
「そうなの?……故郷が恋しくないの? あ、ごめんなさい。詮索するつもりはないの。ただ、どうしてかなと思って」
「別にいいよ。帰りたくなるほど恋しくもない……ってことかな。まだ俺の旅の目的が達成されていないからな。それもあって帰りたいとは思わないな〜」
「早く目的が達成できるといいわね」
「あ〜、それが今はあんまりそう思っていないんだ。この状態もいいかなって」
「そうなの?」
「あ、でも姫様が行きたいっていうなら、いつでもここから攫って連れて帰るけど」
おどけた口調でビクターが笑いながら言ってきた。
「何言ってるのよ」
呆れた口調で返したアデリンは、ビクターが柔らかな瞳で見つめていることに気が付かなかった。
しばらくすると着陸態勢にワイバーンが入る。目的地のクローネ湖が見えてきた。抜群に高い透明度を誇る湖だ。空から眺めると、周りの山や木がまるで鏡のように水面に映っているのがわかる。
「美しいわね……」
思わずつぶやいた言葉にビクターが下を覗き込む。
「うわ、すごいな」
「あのクローネ湖は透明度が高くて、湖底まで見えてしまうほどなのよ」
竜騎士のワイバーンがクローネ湖のほとりに降り立った。ノア、ビクターも続いて降下する。ふわりと優しい着陸だった。
(乗せてくれてありがとう!楽しかったわ)
ワイバーンの背から降りたアデリンはワイバーンの首筋を撫でながら、感謝の気持ちを伝える。
今回、採取したい薬草は、クローネ湖に流れる川沿いの岩肌に張り付いて生えているディオイデスだ。湖畔で竜騎士とミリーと別れ、川の上流へ向かう。
「ね、コナー、ここら辺にいる魔獣はどんなのが多いの?」
「そうですね……ここら辺にはあまり大型の魔獣はいないです。アルミラージなどの小型には会うかもしれませんね。あ、あと川には魔魚がいます」
アルミラージは角が生えた兎の魔獣で野原にいることが多い。
「どうしたの?」
後ろでビクターが笑っている。
「令嬢のくせに、魔獣の話を楽しそうにする姫様が面白くて……」
「だって、興味があるもの。それに、辺境伯の娘だもの。魔獣のことはちゃんと学んでおかないと。それに今日は練習している魔術を実践で使える機会があるかもしれないのよ」
風属性と光属性の複合型の弓矢の魔術は、だいぶコントロールできるようになったとは思う。実践で効果があるか、対応できるかを知っておきたいのだ。光属性の剣は魔力が安定したものが作れるようになった。アデリンの剣の形は刃が細くて長くて、サーベルのようだ。
「コナーとノアが魔獣討伐にいく時は、どんな魔獣と戦っているの?」
「我々が赴く時は、討伐要請が来てから行くことが多いですね。里山に降りてきてしまった魔獣を退治によく行きましたね、ノア様」
「ああ、熊のようなアリシュタが多かったか。あとは猪の魔獣のマントスだったかな。それらにくっついてやってきた、コカトリスが厄介だったな」
「コカトリス……鳥の魔獣だったわね」
「ああ、噂をすれば、だ。何かくるぞ」
気配を感じ、皆で一斉に上を見上げる。アデリンは空を舞う、何匹かの鳥のような姿を捉えた。
「あれは……鳥?」
鶏のようなトサカを持っているが、尾は蛇のようだ。
「アディ、あれがコカトリスだ。尾には猛毒がある。触れると厄介だ」
「群れ? 9匹かしら」
「姫様、訓練の成果を見せる時が来たぞ。コカトリスを射落としてみろ」
アデリンはビクターの言葉にすぐ反応する。
身体中に魔力が行き渡っていることを確かめると、《風弓》で弓を出し、《光矢》で光属性の矢をつがえて構える。命中する精度を上げるために、焦らず呼吸と整え間合いをはかる。
──今だ!
アデリンから、9匹のコカトリスが重ならずに全て見えた瞬間、弓をひいた。
「おおー、姫様、全部命中したぞ! 多分あの当たり方なら、ひとたまりもないだろうな」
魔術の成功に安心して、思わず息を吐く。
「ビクター、鍛錬に付き合ってくれてありがとう。よかったわ。実践で使えそうで」
お礼をいうと、ビクターはアデリンの頭をぐしゃぐしゃと撫でて「よかったな」と笑った。アデリンが思わず頭を抑えて「髪の毛が乱れちゃうわ」とむくれている姿を、ビクターの赤い瞳が柔らかく見つめる。
いきなり、ノアに手を取られ引き寄せられた。
「大丈夫?」
ノアがアデリンの瞳を覗き込みながら優しく聞く。
「う、うん……」
「よし、じゃあ行こうか」
ノアがアデリンの手を握ったまま、歩き始める。ビクターがニヤニヤと笑っているのが目に入った。
「アディ、さっきの魔術は複合型なんだね。威力も命中力もすごくて驚いたよ」
「初めて実践で使ったの。上手くいって安心したわ」
ふわりと笑ったアデリンを、ノアが優しい瞳で見つめる。
「ノア、クローネ湖を上から見た? すごく綺麗でしょ? 透明度がとても高いの。ノアは……ここへ来たことがある?」
ノアはにっこりと笑いながら答えてくれた。
「来たことがないよ。それに来るとしても夜だから……明るい中で眺めたい光景だよね。あんなに透明度が高い湖は見たことがないよ。吸い込まれそうな感覚になったよ」
水竜の姿となって来たことがあるかどうか聞きたかった意向を汲んでくれたらしい。
「ね、素敵でしょう。一度ノアにもこの湖を見て欲しかったの」
「連れてきてくれてありがとう」
口元が緩んでいるノアを見て、アデリンは心の中が温かな気持ちになった。
立ち寄ってくださってありがとうございます。
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